第15話 幕間 リタとルマーン革命
植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
卒業年度の四月頭。場所は学園の食堂。
リタの目の前には、彼女の大好物、山盛りのドーナツが積まれとった。
『お~、めっちゃ美味しそうやん』
「でしょ! 私これのために生きてると言っても過言じゃない!」
『いやいや、それはちょっと言いすぎやろ……』
『ずいぶん安上がりな命ですね』
「いいのよ、久々に帝都に戻ってきたんだもん、自分へのご褒美ってやつよ」
『ま、今回はほんま長旅やったしなぁ』
「うん、いろんな村回って、ほんっと大変だった」
『しっかし、麦が病気になっとった村の多さには驚いたわ』
「そうね……あのままだと、またいくつかの村が消えちゃうかもね」
『ウチの方でも何かできんか考えてみるわ』
「うん、お願い。できることは全部やりたいよね」
『そうやな……』
最初はテンション高かったリタも、麦の不作を思い出して沈んでしもた。
そんで、ひとつドーナツをつまんで口に運んだ頃——
「なんだ、君はまたそんなものを食べているのか?」
顔を上げると、声の主はあの皇子やった。次期皇帝って言われとる、まぁ真面目な青年や。
「こんなもの? あんたにとっては『そんなもの』かもしれないけど、私にはごちそうなの」
「君はこの国で一番金を持ってるだろうに、もっといい物を食べたらどうだ?」
リタの治療の腕はホンマすごい。貴族からは法外な金額ふっかけとるけど、貧しい人らにはほぼ無償や。おかげで、財布は常にパンパンやのに、本人はドーナツでご満悦ってわけや。
「余計なお世話! あんたみたいなのがいるから、世の中おかしくなるのよ!」
『リタ、一応その人、リタの身体を心配してくれてるんやで?』
ウチらは知ってる。この皇子、入学当初からずっとリタに片想いしとるんよなぁ。せやけど、声かければかけるほど嫌われて、なんとも哀れや……。
『そうですよ、悪気ないんですし……』
『ほんま、可哀想な男やな。好意が全部逆効果って』
『だな……』
火の大精霊・シュウ(イフリート)と、地の大精霊・ジャガイモ(ノーム)も同情してた。
『あんたら、ちょっとうるさいわよ』
『『『『はい……』』』』
「そうか……すまん……」
皇子はしょんぼりして、静かに去っていった。
「お金あるし、使わなきゃね!」
『何に使う気なん?』
「麦を買って、困ってる人たちに配る!」
『ええけど……ほんまにええの?』
「いいの! 私一人が使う分なんて限られてるし、それなら困ってる人に分けたほうがいいでしょ」
『それなら賛成や』
『ぼくもいいと思います~』
「じゃあ、明日さっそく麦を買いに行きましょ! バッグに入るかしら?」
『バッグの心配て……いったいどれだけ買う気なん?』
「全部よ、全部!」
『それやと町の人らが困るんとちゃう?』
「大丈夫。麦なんてすぐ隣の国からでも手に入るでしょ」
『いや、それはさすがに……』
「ついでに、あんたたちも働きなさい! ジャガイモは土を改良して、来年いい麦がとれるように。アオイとミドリも、麦のために土壌整えて!」
『OK~』『まかしとき』『了解!』
『俺は……?』
「麦作りには火の力はいらないでしょ?」
『そうだが……』
しょんぼりするシュウにちょっと笑いそうになった。
「よし! 決まったら行動あるのみ!」
その翌日、リタは帝都とその周辺の町にある麦を、片っ端から買い占めて回ったんや——。
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一ヶ月が経って、うちらはとある村まで足を運んどった。
『学校行かんでええん?』
「学校より農民の方が大事でしょ」
『せやけど……』
村に入ると、ちょうど麦を収めてる最中やった。
「お待ちください、全部持っていかれたら我々は……!」
農民の一人が、年貢の取り立てに来た男にしがみついとる。
「知らん! 貴様らがちゃんとやらなかったから、我々も少ない量で勘弁してやっているんだろうが!」
「そんな……!」
思った通りの状況や。取り立てる側は、村の麦を全部回収する気やった。
『こりゃ、他の村も同じ状況やろな……』
「でしょうね、あの男殺せば麦取り戻せるかな?」
『あかんて! そないなことしたら、領主を敵に回すことになるで!』
「それもいいわね、農民たちも立ち上がるべきだと思うのよ」
『そうですけど……』
リタが動く前に、ひとりの農民が鍬を振り下ろそうとしていた。
「その麦は、おらたちのもんだ!」
そのまま鍬を振り下ろし、取り立てに来た男の一人を殺してもうた。
『あっ……』
誰かが息を呑んだ。
「十分! 農民たちを守りなさい!」
『OK!』『わかりましたっ』『おう!』『はい!』
殺された男の仲間らが、剣を抜いて斬りかかってきた。でも大精霊たちの動きが間に合わず、男のひとりが腕を斬られてしもた。
「うわぁぁぁぁぁ~っ!」
農民たちは殺されまいと、近くの農具を手にして、取り立ての連中に立ち向かっていった。
リタは斬られた男のもとに駆け寄って、ポーションで治療していた。
「聖女様……」
「大丈夫?」
「おらは、大変なことをしてしまっただ……」
「そうね、でも誰かがやらなきゃならなかった。じゃなかったらあなた達は飢えていたでしょ」
「んだ……」
「だからいいのよ。声を上げなさい、行動を起こしなさい! じゃないと、あなた達が辛い事は誰も知る事ができないんだから」
「聖女様……!」
多勢に無勢。装備もたいしたことない取り立ての連中は、農民たちの手でみんな倒された。
「殺してしまったものはしょうがない……、これからどうするかだ……」
村長や村の者たちが集まって、真剣に話し合いをしてた。
「いいじゃない、麦をすべて取られた村の人達をこの村に集めましょ」
「集めてどうするんじゃ?」
「一緒になって領主と戦うのよ」
「聖女様や……なぜ我々の味方を……? あなた様にとって、こちら側につく理由はないはずじゃ」
「そうね。私の母は、年貢が納められずに、見せしめとして殺されたわ……」
「もしや……ラマンサの里の……」
リタが貴族嫌いになったきっかけを知ってる村人がいた。
「そうよ。だから私は、貴族を許さない! 私たちから食料を奪って、領民を守ろうともせず、のうのうと生活しているやつらを!」
「おらは、聖女様についていきます!」
最初に鍬を振った男がそう言うと、
「俺もついていく!」
「私も!」
次々と賛同の声が上がり、最終的には村の全員がリタと行動を共にすることになった。
その後、リタのもとには、圧政に苦しむ者らが次々と集まってきた。
1つの村での出来事が引き金になって、ほかの村でも似たような動きが起き、帝国全体へと飛び火していった。
こうして、帝国全土において、領民対領主・貴族という構図が生まれた。
そして——最初の事件から半年後の十二月までには、多くの領地で革命側の手によって領主が処刑されるという事態になっていた。
リタのもとには、帝都で騎士をしていた者、町で兵士をしていた者、商人など、さまざまな背景を持つ者が集まった。
話を聞けば、親に剣を向けなければならなかった者、理不尽な命令から逃げてきた者、賃金が低く生活が成り立たなくなった者、理不尽な理由で財産を奪われた商人等、さまざまな理由で彼女のもとに来ていた——。
---
最初の事件から七カ月後。
『ルワイライト領も、領主が捕まって処刑されたらしいで』
「そう……これで、だいたい揃ったわね」
『残るは帝都と、ピルマ領だけやな』
「ええ、いよいよ大詰めね」
リタの目の前には、帝都を囲む高くそびえる城壁が広がっていた。確かに、これまでのどの領地とも違う威圧感があった。
「アオイ」
『はい、なんでしょう?』
「城内で、降伏案は出ていないの?」
『出ていますよ。皇帝は強く反対していますけど、皇子は賛成。しかも、ほとんどの家臣も降伏を勧めてるみたいですね』
「……そう。なら、代表者三人で直接向かいましょう」
「聖女様、本当に行かれるんですか?」
そう口にしたのは、リタのすぐ隣に立っていた男——革命の最初期から行動を共にしてきた、農民代表のヲルグだった。
「構わないわ。騎士や兵士の戦意はとうに潰えてる。実質、敵なんて残ってないもの」
「すると、あとは皇帝一族と貴族らだけですか……」
「ええ、心配しないで。私とアリアの身は精霊たちが守ってくれるわ」
こうして、聖女リタ、農民代表ヲルグ、商人代表アリアの三人は、交渉のため帝都城へと向かうことになった。
帝都の門前まで来ると、警護の兵士たちは一言も発さず、深く頭を下げて門を開いた。
街の中を進むと、通りすがる市民たちが口々にリタの名を呼び、歓声を上げる。圧政からの解放者——その象徴として、民は彼女を讃えていた。
「……こういうの、悪くないわね」
「聖女様、こういう時が一番危険なんですよ」
「分かってるわよ」
やがて、中央広場に差しかかると、そこには皇子と数名の文官らしき者たちの姿があった。
「リタ。久しぶりだね」
「……あなたが出てくるとは思わなかったわ。何しに来たの?」
「交渉のためだ。我々は降伏する。それにあたって、これからの方針を聞いておきたい」
「……いいわ。こちらからもいくつか条件があるの」
「もちろん。可能な範囲で応じるつもりだ」
中央の噴水前——多くの民が見守る中で、代表者同士の交渉が始まった。
**【革命軍からの要求】**
1. すべての職種に対し、80〜90%の重税を撤廃し、税率を30%以下に。増税時には必ず領民の説明と同意を得ること。
2. 年貢は畑の面積ではなく、実際の収穫量の30%以下とすること。また、年貢の納め先は領主ではなく皇帝の城とする。
3. 領主は常に領民の暮らしを第一に考えること。
4. 帝国内のすべての関所を廃止すること。
5. 種族による差別を禁止し、すべての者が平等に働ける制度を整えること。
6. 革命の責任を明確にするため、現皇帝の処刑を行うこと。
「……分かった。すべてを飲もう」
皇子は一瞬の迷いも見せず、そう答えた。
「……私たち、あなたのお父上の命を差し出せと言ってるのよ?」
「分かってる。我々は敗者だ。敗者にはけじめが必要だろう?」
「……そう」
その横顔には、悔しさでも怒りでもなく、ただ静かな決意が浮かんでいた。
「この戦の敗因は——君が敵に回ったことだろうな」
「……そうかもね」
「じゃあ、これで合意ということでいいかい?」
「ええ」
「では、明日の朝。城前の広場で現皇帝の処刑を執り行う」
「そのあとは……あなたが継ぐの?」
「ああ。そのつもりだ」
「そう……敵にならないことを祈ってるわ」
「それはこちらの台詞でもある」
そう言って、皇子は右手を差し出した。
「和解の証だ」
一瞬、リタは渋い顔をしたが——
『これで終わりなんや、ええんちゃう?』
「……そうね」
リタは少しだけ表情を緩め、皇子とその手を強く握り合った。
——こうして、後に"ルマーン革命"と呼ばれる一連の戦いは、静かに幕を閉じた。
「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、
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