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第147話 イスコへの出発

 港町ルビレックの桟橋に、船が静かに横付けされた。木製のタラップが軋む音と共に下ろされると、潮風に混じって、街の活気が微かに漂ってくる。


「それじゃあ、降りますわよ。エル、今回もお世話になりましたわ」


 甲板の先に立つミッシェルが、船長に礼を述べる。対するエルは、腕組みしたまま眉をひそめた。


「あぁ。……だが、今は気をつけろ。先月に比べて、この街の空気が違う」


「えぇ、心得ておりますわ」


 警告じみた言葉ではあったが、私にはまだその“違和感”を感じ取ることはできなかった。初めて訪れたこの港町は、陽光の下で賑やかに見えた。


 私たちは順にタラップを降りていく。アルマ、ミッシェル、ツキ、ミアン、そして最後に私。


 港の入り口近くには、黒塗りの美しい馬車が待機していた。ひと目で高貴な身分の持ち物だと分かる代物だ。


「迎えの馬車が来ていますね」


「そのようですわね」


 ミッシェルが馬車に歩み寄ろうとした瞬間、ふと足を止め、こちらを振り返った。


「そうですわね……ちょっと待っていてくださる?」


 彼女は首元に手を伸ばし、身につけていたペンダントを外す。そして、まっすぐ私の前に立つと、それを手渡してきた。


「お嬢様、それは……」


 隣でアルマが慌てて止めようとするが、ミッシェルはかぶりを振る。


「大丈夫ですわ。ラミナさんに預けておけば、盗まれる心配もありませんわ」


「ですが――」


「くどいですわ」


 きっぱりとした声に、アルマもそれ以上は言えなくなったようだった。


「ラミナさん、これは絶対に身につけず、カバンの中におしまいくださいまし。王都の城門で門番に見せて、『私の友人です』とお伝えください」


「うん、わかった」


 ペンダントのチェーンの先には、中央に十字のシンボルを刻んだ、小さな円形の装飾が揺れている。


『これは――この国の王家の証だな』


 グレンの声が、思考に冷たい波紋を落とした。


「ぇ!? これって……」


 驚いて口にしかけた瞬間、ミッシェルが人差し指を唇に当てて、静かに制した。言葉にするべきではない。そう伝えているようだった。


「いいんですの。私からの信頼の証と思っていただければ」


「うん……。必ず返しに行くから」


「えぇ、お待ちしておりますわ。それでは、行きましょう」


「はい」


 アルマが黙って頷き、ミッシェルと並んで馬車へ向かう。


「ラミナ、待っているからね!」


 ミアンがくるりと振り返って手を振り、ツキも続いて馬車へ向かった。ミッシェルが一度も振り返らなかったのとは対照的に、ミアンは何度も名残惜しげにこちらを見返していた。


『……ペンダントの効果、すごいですね』


『あぁ。ラミナが要注意人物として“意図的に”マークされたな』


「ぇ……?」


 意図的に?


「それって、ミッシェルが考えたの?」


『いえ、アルマのようですよ。あの動き、完全に計算づくですね』


 アルマが“止める演技”をしていた……? ミッシェルを引き立てながら、こちらの守りも固める、緻密な采配。


「そうなんだ……」


『予定通り、北の国境へ向かおうぜ』


『付いてくる奴らは、うちがチェックするわ』


『まずは北門に向かいましょう』


「うん」


『冒険者活動もやっとけば~?』


『配達があれば受けてもいいかもしれませんね』


「ギルドって、どこにあるの?」


『北門の近くにありますよ』


 精霊たちの案内に従い、私はルビレック北部にある冒険者ギルドへと足を運んだ。受付前の掲示板を眺めてみたものの、配達系の依頼は一件も見当たらず、代わりに討伐依頼ばかりが並んでいた。


『イスコのレジェンドブラッディベア討伐ええんちゃう?』


「イスコ?」


『ここから北へ、二日ほどの距離にある町です』


「じゃあ、道中にあるってこと?」


『えぇ。走れば今日の夕方には着きますよ』


「うん、それなら――」


 言いかけたとき、アクアとミントが揃って人差し指を唇に当てた。


 ……追って来てる?


『その通りです。目線が一つ、ラミナに向かっています。そのまま外へ出て、イスコへ向かいましょう』


 声に出さず、私は小さく頷いた。


 ギルドを後にすると、すぐ先に馬車の乗り合い広場が広がり、その向こうには重厚な北門が見えてくる。


「ここか~」


『えぇ、門を抜けたら走っていただいて構いませんよ』


「ん」


 街を出入りする馬車の間を縫うように、私は人目を避けつつ北門を通過した。そしてそのまま、イスコの町を目指して走り出す。


『5人やな』


『伝達役もこちらに来ましたね』


『ミッシェル達の方は2人なのにね~』


 ミッシェルよりも私をマーク?


「このペンダントって王家の証以外にもなにかあるの?」


『これは“アーティファクト”と呼ばれるものだ』


「普通の魔道具とは違うの?」


『普通の魔道具は魔法陣がどこかしらに刻まれているのですが、それは刻まれていないんですよ』


「じゃあ、付与魔法ってこと?」


『そう言っても良いんだが、そいつは付与魔法じゃ絶対に出来ない効果がついてるんだよ』


「ん?」


『身につけることで、ほとんどの光魔法が使えるんです』


「……そんなの、普通は無理じゃないの?」


『だからこそ、人は“アーティファクト”と呼んでいるんです』


「どうやって作るの?」


『作るのは空間のやつらだな、あいつらが自分のダンジョンで作って、それをたまたまダンジョンに潜って居た奴らが手に入れたってとこだ、あとはそうだな、神が作った物もそう呼ばれるな』


「クゥなら作りそうだね……」


『身につけるな、と言われた理由もそれだ。アーティファクトは“使用回数”で壊れる可能性があるんだよ』


「回数……?」


『アーティファクトのような物は基本的に特定の回数使うと壊れるんです』


「なるほど……。でもそれをミッシェルが持ち歩いてたの?」


『毒を盛られた場合など、即座に“浄化”できるよう備えていたのだろう』


 それなら、なおさら返さないといけない。大切すぎるものを託されたのだから。


「追ってきてるのはいいとして、このローブ……大丈夫?」


 認識阻害や隠密の効果があるなら、逆に敵に気づかせられないのでは?


『そのために“フードを外して”着るように指示したんだ』


「フードで認識されなくなっちゃうってこと?」


『そういうことだ』


 理解した私は、風を切って北へと走る。道はまだ長い――。


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