第146話 出航
昨夜の騒動が過ぎ去り、朝を迎えた私たちは朝食を済ませ、大使邸を後にして港へ向かった。港はすでにざわついており、昨晩の事件の話題でもちきりだった。
どうやら、一隻の船が魔物に襲われ、乗っていた者たちは皆、海に落ちて食われたらしい。しかも船そのものまで跡形もなく消えていたという。……まぁ、丸ごと消えてしまえば、そう言われるよね。
「ラミナさん、私のために尽くしてくださり、心より感謝申し上げますわ」
ミッシェルが私の方を向き、深々と頭を下げる。
「ん〜ん……」
「大丈夫ですの?」
「大丈夫」
そう答えたけれど、心のどこかでは“本当にあれで良かったのか?”という疑念が消えずにいた。
「それでは、船に乗りますわよ」
「うん」
五人で乗船すると、甲板から威勢の良い声が聞こえてきた。
「おっ、姫さん、やっと来たか!」
「エル、お久しぶりですわね」
「ああ。しかし……すまなかったな」
「なにがですの?」
「俺の船にトロランディアの奴らが紛れてたって話だ。昨夜、アルマから聞いた」
視線を送ると、アルマが軽く会釈していた。――もしかして、船長と水夫たちを別の場所に避難させたのは、彼女だったのかもしれない。
「そうだったのですのね」
「ああ。少し人手が足りねぇが、このくらいなら問題ねぇ。港町ルビレックへ出航してもいいか?」
「ええ、お願いしますわ」
「よっしゃ! やろーども! 碇を上げろ! 出港だ!」
「「「「おーーーっ!」」」」
船長の号令に、水夫たちが威勢よく応じる。手際よくロープが巻かれ、碇が引き上げられ、船がゆっくりと動き出した。
しばらく沖へと進んだところで、再び号令が飛ぶ。
「帆を下ろせ! 風を捕まえろ!」
「「「「おーーーっ!」」」」
帆が勢いよく広がり、風を受けた船は一気に速度を増した。
「これって、風魔法が使えたらもっと便利だよね?」
「そうですわね。でも、大きな船を長時間動かすには、かなりの魔素が必要ですわよ」
「あっ、私やるよ!」
そういえば、ミアンは風魔法の使い手だった。
『ラミナが風使いやったら余裕やで』
『そうですね。ちょっと面白いことを試してみましょうか』
「うん? ミアン、ちょっと待って」
「ん?」
とりあえずミアンを制止した。アクアの言う“面白いこと”とは一体……?
『水を勢いよく射出する魔法を使ってみてください』
「ウォータージェットだっけ?」
『はい。詠唱は覚えていますか?』
「うん」
――たしかあれ、反動が強くて自分が吹っ飛ぶんだったよね。でも、それを逆に利用するってこと?
『では、船の後方へ行きましょう』
「うん。ちょっと離れるね」
「私も行きますよ」
「私も行きますわ」
ミアンが当然のようについてくる。ミッシェルもついてきた。
ツキとアルマも加わり、結局、皆で船尾デッキへと移動することになった。
「何をするんですの?」
「水の勢いで、船の速度を補助してみようかなって」
「水でそんなことできるのですか?」
「多分?」
――あの反動があれば、たぶんいけるはず。
『ここで良いでしょう。近くの海面ではなく、少し離れた地点を狙ってください』
「うん」
私は目を閉じて集中し、魔力を練る。そして――。
「集え、水の精霊たち。その力を一つに結集せよ。高まれ、水圧の嵐。すべてを貫く勢いで、今ここに――その激流を解き放て! ウォータージェット!」
水の精霊たちが集い、海面へと向かって強烈な水流を放った。その瞬間、反動で体が後方へ引かれたが――
「っ……!」
アルマが即座に背後から支えてくれた。
「あっ……ありがとうございます」
「いえ」
船は急激に加速し、海を切り裂くように進んでいく。前方が浮き上がりそうな勢いに、思わず息を呑む。
「ラミナにできるなら――ホープ!」
ミアンの声に応じて、ホープも同じ魔法を放った。空中に浮かぶホープでも反動はあるのだろうか……?
「なんというか、すごいですわね……。帆が足を引っ張っておりますわ」
帆が風を受けて膨らむのではなく、逆に後方へと引かれていた。推進力があまりに強すぎるのだ。
「アルマさん、大丈夫ですか?」
「ええ、これくらいなら問題ありません」
「アルマの魔道具には、不動効果があるのですわ」
「あ、なるほど……」
気がつけば、ミッシェルもアルマに寄りかかっていた。頼もしさがにじみ出ている。
「ラミナ様、そろそろ止めた方がよろしいかと」
アルマが海の流れを見ながら促す。
『そうですね。もうすぐ海流を抜けますし、終わりにしましょう』
「うん」
意識を向けると魔法は静かに止まり、ホープも続けて術を解除した。
「ふぅ……。立っているのもつらいくらいでしたわね」
「お嬢様は、最初から私に寄りかかっておられましたが……」
「ふふ、さすがアルマですわ」
「はぁ……まあ、いいです。ラミナ様は大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」
ふと見回すと、ミアンとツキの姿が見えない。
「あれ? ミアンとツキは?」
「柱の影にいらっしゃいますわ」
マストの向こうから、二人がひょこっと顔を出した。
「すごい勢いだったね!」
「そうですわね。この分なら、帝都から直接来ても問題なかったかもしれませんわ」
「うん。出航して一時間も経ってないのに、もう着いちゃうなんて」
「ええ、昨夜の遅れが帳消しですわね」
『ラミナ、ローブを纏ってください。フードは被らないように』
「うん」
アクアに言われた通りローブを身につける。フードは上げずに、そのまま船は静かに――港町ルビレックの桟橋に接岸した。
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