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第14話 帝都グリーサと聖女リタの伝説

 先祖との思い出話を聞いたり、川の景色を楽しんだりしているうちに、空が少しずつ赤く染まりはじめた。


 日が傾き、前方に大きな影のようなものが浮かび上がってくる。


「見えてきたな。——あれが、帝都グリーサだ」


「……わぁ、城壁が、すごく高い……ハーヴァとは比べものにならないですね」


「そりゃそうさ。ここはこの国の中心、すべての始まりであり、すべての交わる場所だからね」


 やがて船は、ゆっくりと帝都の港に着岸した。


「降りようか」


「はいっ」


 船を降りて、港の検問所で身分証を提示する。緊張しながらも無事に通過し、いよいよ帝都グリーサの中へ足を踏み入れた。


---


 目の前に広がるのは、圧倒されるほどの光景だった。


 石造りの建物がずらりと並び、そのほとんどが三階建て以上。中には四階建て、もっと高そうな建物まで見える。


「この通りは、帝都を南北に貫く大通りだよ。アカデミーで使う道具や日用品は、だいたいここで揃えられる」


「なるほど……しっかり覚えておきます」


 道の両側には、帽子専門店、カバン店、文具店と、さまざまな専門店が立ち並び、ショーウィンドウには色とりどりの商品が丁寧に飾られていた。


「正面の大きな建物、見えるかい?」


「はい……あれは……?」


「あれが、ルマーン国立アカデミーさ」


 ひときわ巨大なその建物は、周囲の建物とは一線を画していた。重厚で美しく、まるでそれ自体が一つの城のようだった。


 (……ここで、私も学ぶんだなぁ)


 そんなことを考えながら進むと、道はさらに開け、左右に大きな通りが交差する地点へと出た。


 その中央にあるのは、美しく彫られた噴水と、旗を掲げた女性の石像。水音が心地よく耳に届く。


「ここが帝都の中央広場。右に進めば、皇帝の城、貴族街、闘技場があるよ」


「……すごい、人がいっぱい……」


 まわりを歩く人々の速さと数に、思わずたじろぐ。みんな迷いなく、自分の目的地へ向かっているように見えた。


「この広場はね、露店も多いんだ。美味しいものを探すなら、この通りを歩けばきっと何か見つかるよ」


 ボッシュさんの言葉どおり、風にのっていろんな匂いが鼻をくすぐる。香ばしいパン、甘い果物、スパイスの効いた肉の焼ける匂い——。


「もう、お腹空いてきそう……」


「ふふ、そうだろう? ——そして、ここがランフォール商会の本部だ」


---


 ボッシュさんが指さした先、中央広場に面してそびえ立つ立派な建物が目に入った。


 彫刻の施された門と、高く掲げられた旗。まさに「本部」と呼ぶにふさわしい風格だった。


「……大きいですね」


「ここが商会の本部だからね。生活用品から交易品まで、いろんなものを扱っているよ。さ、入ろうか」


「はい」


 扉をくぐると、そこには多種多様な生活雑貨が所狭しと並んでいた。


「1階は生活用品、2階は旅の道具、3階は香辛料や薬草なんかの交易品が中心だ。ポーションを作ったら、そこのカウンターに持っていくといい。瓶や道具も揃えてあるからね」


 そう言って、ボッシュは1階のカウンターを指さした。


「わかりました」


「ちょっと上に用事があるから、ここで少し待っていてくれ」


 ボッシュはそう言い残して、階段を登っていった。


 私は、手持ち無沙汰のまま店内をふらりと見て回ることにした。


『これ、かわええなぁ〜』


 視線を向けると、ミントが目を輝かせながら緑色のふかふかしたタオルを見ていた。


『私は、こっちが好きですね』


 アクアの方を見ると、水色の小物入れの側に立っていた。繊細な刺繍がほどこされていて、確かに可愛らしい。


 (……もしかして、二人とも自分の色のものが好きなのかな?)


 ミントが見ていた緑のタオルをそっと手に取ってみる。ふわふわで、今まで使っていたものとはまるで別物だった。


 (わ、肌触り……すっごくいい)


 次にアクアの選んだ小物入れを手に取ってみる。しっかりした作りで、見た目以上に収納力がありそうだった。


 (どっちも欲しくなっちゃうなぁ……)


 そんなふうに思っていた頃、ちょうどボッシュが階段から降りてきた。


「待たせたね。……何か気に入ったものでもあったかい?」


「はい。このタオルと、小物入れが気に入りました」


「ふむ、君はお金を商会に預けていたね」


「はい。村にいた間は、あまりお金を持たないようにしていたので、イアンさんに預けていました」


「そうだったね。じゃあ手間だけど、今後お金が必要なときは、4階にある私の部屋まで来るといい。……今日のところは、私からの歓迎の気持ちとして、これらはプレゼントしよう」


「えっ、本当ですか? ありがとうございます!」


 ボッシュは笑いながらタオルと小物入れを手に取り、レジカウンターで軽やかに清算を済ませて戻ってきた。


---


「さあ、それじゃあ次は——帝都での君の新しい住まいを案内しようか」


「はいっ、お願いします!」


 商会の本部を出ると、中央広場を横切って、真ん中の噴水のあたりまで歩いていく。昼の喧騒が少し落ち着いてきたのか、広場の空気は穏やかだった。


「ラミナ君、この像、誰だか分かるかい?」


 噴水の中央には、旗を掲げた凛々しい女性の像が立っていた。その顔立ちは若々しくも威厳があり、見る人の目を引く存在感があった。


「いえ……誰ですか?」


「これは、聖女リタの像だよ。ルマーン革命を主導した人物さ」


「……えっ!?」


 あまりに突然すぎて、思わず間の抜けた声が出てしまった。


『せやせや。あれはうちらのリタや。ちなみに、痴話喧嘩から始まった革命やねん』


「……え?」


 思わず聞き返してしまった。どう聞いても、革命と結びつかない言葉だった。


「当時は、今よりもずっと重い税が課されていたんだ。特に、革命の年は麦が不作でね。それでも貴族たちは農民から無理やり麦を取り立てていた」


「そんなことをしたら、農家の人たちが生きていけなくなりますよね……」


「そう。だから、立ち上がったのが聖女リタだったんだよ」


「でも……どうして"聖女"って呼ばれるようになったんですか?」


「彼女はね、アカデミーが長期休暇に入るたび、国内の村々を回って、ほぼ無償で治療をしていたんだ」


「ほぼ無償……?」


「ああ。貧しい人たちにとっての治療費の代わりは、きれいな貝殻や、一本の落ち穂でも良かったそうだよ」


「……ほとんど無料ってことですね」


「そうだ。どんなに貧しくても、どんな病でも、決して見捨てなかった。その姿勢が村人や町人の心を打った。だから、誰ともなく"聖女"と呼び始めたんだ」


『ただし、貴族からはえげつない金額ふっかけとったけどなぁ~』


『ええ、でも実際、リタにも治せない病はありましたから』


「そうなんだ……」


 まるで物語の中の人物のような話だけど、それが自分の血につながる人だと思うと、胸が熱くなった。


 その後も、ボッシュとミント、アクアが、それぞれの視点でリタと革命のことを語ってくれた。


 私の知らなかった祖先の姿が、少しずつ心の中に形を持ち始めていく——。

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