第132話 キラベル大災害
キラベルでのサバイバル学習初日が終わり、夜も深まった頃。ふと目を覚ました私は、屋根の上に出た。そこには、空を見上げるジョーイの姿があった。
「眠れないの?」
声をかけると、ジョーイは一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を空へ戻した。
「ラミナか。何か、嫌な感じが強くなっててな」
火山の噴火や地震が、いつ起きてもおかしくないと言っていた。その影響かもしれない。
「そっか」
私も空を仰いでみる。キラベル火山の頂上付近が、うっすらと赤く染まっていた。
「ねぇ、これもう噴火するんじゃないかな……?」
どう見ても、普通の状態とは思えなかった。
『どうだろうな。まだ噴火する段階にはなってないが、ラミナが見ている赤は、子ども達が集まっているからなんだぞ』
「あっ、そうなんだ」
『オーク達が森から姿を消してん』
『彼らも危険を察知して、離れたってことでしょうね』
「それって、この実習意味ないのでは……?」
サバイバル学習の主目的は、たしかオークの討伐だった。
『そうなりますね』
『オークだけやないで。キラベルディアとか、他の魔物も姿を消してんで』
オークどころか、他の魔物までいなくなっているのなら、もはや訓練になっていない。
「何のためにここにいるの……」
『クロエをはじめ、先生たちも異変を察知して、今調査に向かっているみたいですよ』
……この実習、もう“普通の実習”ではなくなっているのかもしれない。
私は一度寝室に戻ったものの、なかなか眠れなかった。時間がもったいないと思い、ポーション作りを始めた。
そして午前3時を過ぎた頃、不意に、私にも分かるほどの異様な感覚が身体を走った。
『そろそろ地震が来るよ~』
まん丸の声が静かに響いた。
……とりあえず、寝ているみんなを起こすべきだろう。
私はミアンとミッシェルを揺り起こした。その直後だった。
“ドーン”という大きな地鳴りのあと、立っていられないほどの激しい揺れが襲ってきた。
「うわぁ!」
膝をつき、両手でなんとか体を支える。
「大きいですわね」
「建物大丈夫?」
『それは大丈夫だよ~』
まん丸の、いつも通りののんびりした声が聞こえる。
「大丈夫だって」
「キラベルの町の方が心配ですわね」
『実際に多くの建物が倒壊していますからね』
「ぇ……」
今の時間は午前3時過ぎ。多くの人が寝ているはずだ。建物の下敷きになっている人がいるかもしれない。
「キラベルに行かないと!」
私はカバンを手に持ち、実習拠点を飛び出して丘を駆け下り、キラベルの町を目指した。
道中、町の中にはすでにいくつかの明かりが灯っており、月明かりの下でも崩れた建物がはっきりと見えた。
何人もの人が倒壊した家屋の下敷きになっているはず。
助け出すにはどうすればいいか──真っ先に浮かんだのは、地の精霊たちのゴーレムだった。
「まん丸、ゴーレムになって助けられないかな?」
『いけるよ~。子ども達も呼ぶね~』
まん丸の言葉に応じて、周辺の地の精霊たちが私の元へ集まってきた。
「魔素、持ってっていいよ! 早く皆を助けてあげて!」
『それじゃ~、魔素をもらった子から散開~!』
魔素を受け取った精霊たちは、次々とキラベルの町の方へ消えていった。
『ラミナ、マジックポーションを飲んでください』
アクアの指示に従い、私はカバンからハイマジックポーションを3本取り出し、一気に飲み干した。
すると、魔素の供給をためらっていた精霊たちも、再び魔素を受け取り、町へと向かっていった。
「大丈夫そうかな?」
『えぇ、おそらくは』
ハイマジックポーションを十本飲み終えた頃には、私の元に集まった地の子達がいなくなっていた。
町に入ると、城壁や門には亀裂や崩落の跡が見え、家々も1階部分が潰れていたり、大きく傾いていたりと、居住できる状態ではなかった。
それでも予想していたより多くの人が外に避難しており、精霊たちと協力して救助活動をしていた。
「まん丸達、瓦礫を利用してゴーレムになっているの?」
『そうみたいですね』
私は周囲を見渡し、まず何をすべきかを考える。
ヒールポーションもあるし、回復魔法も使える。今できるのは、怪我人の治療だろうか。
「やっぱり嬢ちゃんか」
不意に背後から声がした。振り返ると、以前この町で会ったゾッフの姿があった。
「お久しぶりです」
「あぁ、久しいな。さっきから町の中でゴーレムが現れたって聞いたが、嬢ちゃんのだろ?」
「私のっていうより、地の精霊達ですね」
「助かるよ。動ける冒険者たちを救助に回してるが、救助中にまた倒壊して埋まるなんてこともあるからな」
「あの、ヒールポーションとか水魔法が使えるんですけど、怪我人の治療はどこで!?」
「町の中央広場を使っているが、埋まりそうでな。東西の門の外に新たに設営するよう指示を出してる」
「中央広場には、回復魔法使える人はいるんですか?」
「あぁ、冒険者の中のヒーラーや、町の薬師がいるから問題ない」
それなら、私は西門で治療にあたろう。
「じゃあ私が西門で治療にあたります!」
「頼む、じきに怪我人が運ばれてくるだろう」
「分かりました」
西門の外では、数名の冒険者と兵士たちがテントの設営に取りかかっていた。
「まん丸、戻って来られないかな?」
どうせなら、まん丸に地震に耐えられる建物を建ててもらった方がいい。
そう考えていると、大きなゴーレムが西門までやって来た。
「まん丸?」
『だよ~』
「ここに治療拠点つくるんだって、地震に耐えられる建物と塀建ててくれない?」
『いいよ~』
まん丸は設営中の人たちを囲むようにして土で塀を築き、その内側に3階建ての大きな建物を素早く作り上げた。
……ちょっと大きすぎる気もするけど。
そう思いながらも、私は担ぎ込まれる怪我人の治療に集中した。
午前4時を過ぎ、空が少しずつ明るくなる頃には、多くの負傷者が次々と西門に運ばれてきた。
軽傷ならヒールポーションで間に合うが、失血が多い場合はポーションで止血し、ブラッドポーションで補う。
脱臼にはミント入りのウッドゴーレムが対応し、開放骨折は元に戻してからヒールポーションで傷を閉じて固定。
ただ、骨折専用の薬を持っていないことに気づいた。
「骨折の薬ってどうやって作るの?」
『ホーンラビットの角、ヒール草を使ったものが一般的ですね』
『せやなぁ、一本あれば十人分くらい作れんで』
スペルン遺跡で予備にもらっていた角が3本、カバンにあったのを思い出し、取り出した。
ヒールポーションは手持ちの分をすべて出し、治療にあたる人がすぐ使えるように整えてある。
私は少し離れて、骨折用の薬の調合に入った。
角一本で十人分作るのに意外と時間がかかり、その間にサバイバル学習の教師陣や先輩たち、同級生たちが丘を下りてきて、クロエ先生の指示のもとに動き始めていた。
回復魔法の適性を持つ人は治療班に、調合に詳しい者はポーション作りに、体力に自信のある者は薬草採取や炊き出しの支援へ。
ミアンに付いているホープは、大量の子ども精霊を使って即時回復支援にあたっていた。
『噴火するな』
グレンの言葉と同時に、大地が再び揺れ、大きな爆発音が鳴り響いた。
キラベル火山が――ついに、噴火した。
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