第13話 幕間 リタとアオイの出会い
翌朝、宿の前。
「それじゃあ、イアン君。あとは頼んだよ」
「はい! では僕は、キャラバンを連れてラマンサの里に向かいます」
「ああ、気をつけてな」
イアンは元気よく手を振ると、キャラバンの先頭に立って出発していった。
「さて、ラミナ君。我々は船で帝都グリーサを目指そう」
「はい!」
ボッシュさんの後について、ハーヴァの町を歩くことおよそ10分。
やがて視界の先に、大きな川と立派な港が広がってきた。停泊している船も想像以上に大きく、川を渡る風が肌に心地よい。
「すごい……本当に大きい船……」
「外海を航行する船は、これよりももっと大きいぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。何ヶ月も海の上にいるからな。それに嵐にも耐えねばならん、自然と造りも大きく頑丈になるのさ」
「へぇ~……」
感心しながら港に降りると、目前に見える船の大きさが、さっきまでよりもさらに迫力を増して感じられた。
甲板へと渡る木の板がかけられていたが——それが思いのほか細く、しなる。
「……あの板、折れたりしませんか?」
「ん?」
「なんか、今にもポキッといきそうな……」
私が不安げに板を見ていると、ミントがにこにこと言った。
『大丈夫やで~、あの木は"バルックス"っていう特別な木や。丈夫やけど、しなりやすいんや』
「ああ、そうだね。見た目は頼りなく見えるが、実際はかなりの強度を持っている。問題ないよ」
「そうなんですね……精霊さんが言うなら、安心かな……」
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そして、いよいよ私たちの乗船の番がやってきた。
受付にいたのは、オオカミ耳のついた獣人の女性。制服姿の彼女がにこやかに声をかけてくる。
「乗船券を確認いたします~」
「ああ、こちらだ。後ろの彼女も一緒だよ」
ボッシュさんが懐から2枚の乗船券を取り出す。いつの間に準備していたんだろう。
「はい、確認しました~ どうぞ、ご乗船くださいませ~」
しなりまくる板を渡って甲板へと上がる。見ているより実際に歩く方が余計に不安になる。
『な? 大丈夫やったやろ?』
「……私が心配してたの、そういう意味じゃないんだけど……」
苦笑しつつも、無事に乗船を終える。
甲板には、旅人らしき人々や、忙しそうに動き回る船の職員たちの姿があった。
「人、多いですね」
「今日はまだ少ない方だよ。混むときは、身動きが取りづらいほどになるからな」
「えっ……これで少ないんですか……」
雑談していると、上の方から"カランカラン"と鐘の音が鳴り響いた。
「出航するぞ~~~!」
誰かが叫ぶ声が聞こえ、ほどなくして渡し板が外された。
「錨を上げろ~~~!」
甲板に緊張感が走り、ゆっくりと、そして確かな勢いで船が動き出す。
流れに乗った船はスムーズに加速し、あっという間にハーヴァの町が視界の彼方に遠ざかっていった。
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私は手すりにもたれ、川の流れをぼうっと眺める。
すると——
『ふっふふ……』
急にアクアが笑い出した。
『あのときのこと思い出したんやな?』
『ええ、懐かしいですね』
ニヤニヤと楽しげな気配に、私は少し気になって尋ねた。
「……何かあったの?」
『いえね、あそこ見えます?』
アクアが指差した先には、二つの川が合流している地点が見えた。
「……あの辺り?」
『そうです。私とリタは、ちょうどあの場所で初めて出会ったんですよ』
「えっ? 川の真ん中……船の上とかじゃなくて?」
『いえいえ。リタはね、流されてたんですよ。木にしがみついて』
『あの時の顔、今でも思い出すと笑い止まらへんわぁ』
ミントがケタケタと笑い出す。
「ちょ、何それ……何があったの……?」
『うちが止めたのに、忠告無視して川にザッパーンや!』
「……まさかとは思うけど、それで出会ったの?」
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植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
『なぁ、やめとき?』
「大丈夫よ。いざって時はミドリがなんとかしてくれるでしょ?」
リタの魔素がほとんど尽きかけていて、魔物から逃げまわった結果、森の奥に迷い込んでしまったんや。しかも日が暮れてもうて、どうしようもない状況やった。
そんな中で、リタが選んだ寝床が——魔除け効果があるっていう、川にせり出した木の枝の上やった。
『せやけどな、限度ってもんがあるやろ……』
「それならこの枝が折れないように、強化しちゃえばいいじゃない」
遭難中にも何度か魔物に襲われてて、魔素はすっからかんに近い状態やったのに、まだ使う気かいな……。
『そないなことしたら、今度こそ寝落ちやで?』
「これから寝るんだから、問題ないでしょ?」
『いやいやいや、あかんって! 寝てる最中に川にドボーンとかシャレならんで!』
「それくらい、ミドリがなんとかしてくれるでしょ? ほら、強化するよ」
『無茶言わんといてぇ……』
「ほ〜ら♪」
聞いとるふりして、聞いとらんやないか……。
『ほんま知らんで……』
そう言いつつも、結局うちが折れてもうた。
『ほな……しゃあない、やったるわ』
「よろしくっ」
こういうときだけ素直やねん……。
枝が折れんように最低限の強化はしたけど——十分に魔素がない。案の定、強化の途中で、リタはすーっと寝息を立て始めた。
「Zzz……」
『ああ、言わんこっちゃない……どないすんねん、これ……』
夜の森、リタが寝返りを打つたびに、"ミシッ""ミシィ……"って枝の根元から嫌な音が響く。
『こわ……ほんま、大丈夫かいな……』
ウチの感覚やと、枝がもってあと数時間。リタが先に起きるか、枝が先に折れるか——まさに時間との勝負やった。
——そして、数時間後。夜が明けかけてきた頃には、枝の根元はもう限界ギリギリ。
『頼むで……ほんま頼むで、あとちょっとでええから……』
うちの祈りもむなしく——
"バキンッ!"
乾いた音とともに、リタは枝ごと川へまっ逆さまにダイブした。
『……ほらぁ、言わんこっちゃない……! どないしよ……!?』
慌てて見守っていると、枝に抱きついたままリタが川面に浮上してきた。
「ぷはっ! ちょ、冷たいんだけど!?」
『……起きたみたいやな。良かったわ〜』
「最っ悪の目覚めよ……!」
そりゃそうや。春先でまだ冷たい川に、寝起きで全身ダイブ——うん、そら文句も出るわな。
『せやから言うたやんか』
「そうだけど! で、助けてほしいんだけど?」
『そう言われてもなぁ……ウチ、水の精霊ちゃうし、なんもできへんよ……』
そんなことしてる間にも、リタはどんどん川岸から離れてってた。
「ミドリ、まずいと思うのよ」
『せやなぁ……』
「あなた、のんきね……」
『このまま流されたら、目的地の帝都グリーサに着くんちゃう?』
「私が凍え死ぬのと、どっちが先かしら?」
『十中八九、凍え死ぬやろなぁ……』
「でしょうね!」
気づけば、水の下位や中位の精霊たちが周りに集まってきてた。
『水の精霊に頼んでみたらどや?』
「そうね……。そこのあんた達、悪いんだけどこの状況をなんとかしてくれる子、呼んできてくれない?」
けど、集まってきた精霊たちは、あわあわ〜って感じで飛び回るばっかりで、状況はちっとも変わらんかった。
「通じてる? ねぇ、私の言葉……」
『通じてるはずやけどなぁ』
「何も変わらないのは、私の気のせい?」
『いや、気のせいちゃうな』
しばらくしたら、どこからか"ピリッ"とした、強い気配が流れてきた。
『おっ、来たで』
「えっ?」
どうやら、下位精霊たちが呼んだらしい。水の大精霊が現れた。
『あのぉ……何かお困りだって聞いたんですけど……』
「見ての通りよ。この冷たい水から出たいんだけど、助けてくれない?」
『えっと、それは……』
『リタ、契約せな助けてくれへんわ』
「そっか、じゃあ契約しましょ。あなたの名前、アオイでどうかしら?」
『え、ありがとうございます。それでは、魔素をいただきますね』
「えぇ、よろしく」
その瞬間、リタの目の前に、でっかい氷の船が出現した。
『この氷、しばらくは溶けませんので……その上に乗っていただければ』
「うーん……水の中に居るよりはマシよね……」
リタはなんとか滑る氷の船によじ登って、寒さに身を震わせながら腰を下ろした。
「うぅ……つっべたい……」
『そらそうやろ、でも水から出られてよかったやん』
「そうね……でも、さむ……」
『火魔法は絶対使ったらあかんで!』
なんか嫌な予感がして、ウチは先に釘を刺した。
「えぇ……」
……あれ、やっぱり使うつもりやったんやな。
『せや、ウチ"ミドリ"言うんや。よろしゅうな』
『えぇ、よろしくお願いします』
——これが、ウチらの出会いやったんや。
---
ラミナ視点
『——ってな事があったんや』
「へぇ……川って、魔物とか居なかったの?」
どう考えても、魔物に襲われてもおかしくない状況なのに……。
『ぎょうさんおったで? けど、あの木が魔除けやったから助かったんや』
「じゃあ、あの枝の上で寝たのが結果的に正解だったんだね」
『ん〜、そう言われたら……そうかもしれへんな?』
なんというか——。
私のひいひいおばあちゃんは、すごく破天荒で、だけど信じられないくらい運が良くて、精霊たちにも恵まれてて。
(うん、やっぱり……すごい人だったんだなぁ)
私は静かに川の流れを見つめながら、そう思った。
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