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神様と呼ばれた精霊医 ~その癒しは奇跡か、祝福か~ 【原作完結済】  作者: 川原 源明
第9章 継がれる想い

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第129話 幕間 憎しみの炎

 植物の大精霊ミドリ(ミント)視点



 その朝から、雨はひとときも止まず、集落を叩きつけるように降り続いておった。


 昼頃や。領主の代理人と手下どもがやって来て、今年の取り分やという麦を、無言で荷車に積み始めたんや。


 その少し前から、リタと父親は、集落の外れにある農具小屋で息を潜めとった。


「おとうさん?」


 事情もわからずついてきたリタが、濡れた肩をすぼめながら首を傾げる。


「なんで、隠れるの?」


「リタを……悪い奴らから守るためさ」


「わるいやつ……?」


 リタは、腑に落ちん顔で父親を見上げとった。


 うちは知ってた。


 父親とリタの母ちゃん——レイナが、どれだけ悩んで、どんな決断を下したか。二人がなにを手放して、何を守ろうとしてるのか。


「ミドリ、なんか知ってる?」


 問いかけられて、うちは少しだけ葉を揺らした。


 精霊はな、嘘つかれへんのや。たとえ真実が、胸を引き裂くもんでもな。


『知っとる。ほんまや。お父ちゃんの言うこと、全部ほんまやで』


「ん~……ミドリがそういうなら、そうなんだね」


 リタは、まだわかってへん。けど、精霊の言葉は信じる。それがこの子の、真っ直ぐなところや。


 ほんまは、両親の願いはひとつだけやった。


 “リタの命を守ること”、それだけ。生きて、逃げて、未来にたどり着かせること。


 その瞬間、集落の方角から、誰かのがなり声が雨音を突き破って響いたんや。


「……まずいな」


 父親の顔が強ばった。集落の方で騒がしくなってな、何が始まったかを悟ったんや。


 領主の狙いは最初から、麦やあらへん。リタやった。


 うちは子どもらを通して、集落の中心で何が起きてるか、はっきり聞いてた。


 ロウはリタの両肩を強くつかみ、正面から目を見据えた。


「いいかいリタ。何があっても、数年はこの村に戻ってきちゃだめだよ」


「え? なんで?」


「リタの命を狙うやつらがいる。そいつらがいる間は、ここに戻っちゃいけない。わかるね?」


「どうして……」


『なあ、リタ。いまな、領主の手下らが集落で叫いどん。“リタを出せ”ってな』


「……え?」


「精霊様から、集落の様子を聞いたんだね」


「私を……?」


「そうだ。麦が足りないから、その代わりにリタをよこせって言ってる。人の命を、年貢の代わりにしようって、言ってるんだ」


「え……そんな……」


「だけどな。お父さんもお母さんも、そんな理屈には絶対に従わない。……ノアおばさんの家、わかるね?」


「うん。でも……お母さんは……お父さんは……?」


「こっちが落ち着いたら、必ず会いに行く。だから、先に行って。わかった?」


「……うん……」


 その時や。


 小屋の外、遠くの集落から——女の悲鳴が突き刺さるように響いた。


 次の瞬間、父娘の視線が集落の方へ向いた。


 剣が、振り下ろされて。


 リタの母ちゃんが、血の中に崩れ落ちとった。


「レイナ!」


「お母さん!」


 二人の叫びが、雨を裂いた。


「精霊様……リタを……!」


『まかしとき、すぐ連れてく……!』


 父親には聞こえないだろうけど、思わず反応した。


「よくもお母さんを……! 炎の精よ、刃となりて穿て——」


『あかんって!』


 こんなとこで魔法を撃ったら、全部終わりや!


「喰らえ……我が魔素を纏いし炎槍よ……」


 詠唱の最後を口にしかけた、その瞬間。


 “パチン!”


 小屋に、鋭い音が鳴り響いた。


 父親が、迷いなくリタの頬を打ったんや。


「リタ! みんなを殺す気かい!?」


「でも……!」


「魔法を放てば、領主に逆らった証拠になる。そしたら、明日にはハーヴァーの騎士たちが、村ごと焼き払う……!」


『お父ちゃんの言うとおりや! ここで刃向かえば、村も誰も助からへん!』


「っく……!」


 リタの胸の奥で、炎が燃えとった。


 怒りや。憎しみや。涙と一緒に、燃えさかっとったんや。


「……わかった」


 その声に背中を押されるようにして、リタは父ちゃんを振り返らず、小屋を飛び出した。



「精霊様、リタのことをどうか、どうかお願いします」


 去り際に父親の想いを受け取ったんや。


 マントのフードが外れとるのも気にすることもなく、全力で雨の中を駆けていく。


 あの時の顔。——うちは、今もはっきり覚えとる。


 涙でぐしゃぐしゃになりながらも、目の奥には、怒りが宿っとった。


 悲しみと、憎しみが、絡まり合うてな。


 あの子は、未来へ向けて、里を出たんや——。


 ……うちは、ただ見守ることしかできへんかった。


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