第128話 リタの過去
集落に近づくと、ぽつぽつと人影が見えはじめ、やがて集落の大人たちがファラのもとへと集まってきた。
「珍しいな、こんな時期に里帰りとは」
「あぁ、会わせたい奴がいたからな」
その返事に、周囲の視線が自然と私に集まる。
「こんにちは……」
「はい、こんにちは」
一人の女性が優しく挨拶を返すと、それに続いて、他の大人たちも微笑みながら応じてくれた。
「ファラ、その子は?」
「あっ、ラミナです」
ファラが名前を口にしたところで、彼女はすっと手を挙げて自分の口を覆い、私の紹介を制するようにした。
「まぁいいじゃねぇか、先にロウ爺に挨拶させてやってくれないか?」
「あぁ、そうだな。長老なら家にいるはずだ」
「そうか、じゃあ先にそっちに行こうか」
どうやら、私の素性を説明する前に“筋”を通す必要があるようだ。村に根付いたしきたりだろうか?
『ロウ爺と呼ばれる方が、リタの祖父にあたる方なんですよ』
『せやで、リタに薬の作り方を教えた、最初の師匠やねん』
「へぇ……」
ロウからリタへ、そしておばあちゃんを経て、私にまで受け継がれてきた知識……。精霊の説明を聞きながら、自然と背筋が伸びた。
「なんだ?」
「精霊さんが、ロウ爺と呼ばれる人がリタのおじいさんで、薬の師匠だったって」
「そうだな。昔から薬の知識をみんなに教えてるからな。ただ、ここ2~3年は体調を崩すことが多くてな」
「そうなんですか?」
「あぁ。エルフの中でも750を越えるやつなんて、そうそういないからな。もう身体もあちこちガタがきてる」
なにか、力になれることはあるだろうか……。
そんな思いを胸に、私はファラの後を静かに追った。
案内されたのは、集落でひときわ大きな家だった。
ファラが扉をノックして、大きな声で叫ぶ。
「じじぃ~、客人連れてきたぞ~!」
しばらくして、重々しい足音が近づいてくると、杖をついた白髪の男性がゆっくりと現れた。
その顔色は、どこか冴えない。
「なんじゃ、こんな時期に何の用だ……」
ファラをにらむように見たあと、彼は私へと視線を向けて目を見開いた。
「こんにちは……」
「やっぱり、似てるんだな」
ファラが、ぽつりとつぶやく。
「こんにちは。お嬢ちゃんは?」
「ラミナです。リタは私のひいひいおばあちゃんになります」
「そうか……、よう似とる。わしはロウ。リタの爺だ。中に入ると良い」
案内された室内には、乾かされた薬草が壁や棚に丁寧に並べられていた。
「ファラ先輩が錬金科に進んだのって……」
「あぁ、爺の影響だな。自分で薬が作れた方がいいしな」
拳聖という戦闘職のイメージが強かったファラが、錬金を選んだ理由……ようやく腑に落ちた気がした。
客間に通され、私は麦わらで編まれた座布団に腰を下ろす。隣にファラも腰を下ろした。
しばらくして、ロウはお茶を用意し、自らも目の前に座る。
「里に、何しに来たのだ?」
その問いは、ファラに向けられていた。
「こいつが、リタの子孫だって聞いたのと、こいつ自身がリタの昔話を聞きたがってたからな」
ロウが、私へと視線を移す。
「そうか……。何を知りたい?」
その目に、どこか疲れがにじんでいるように見えた。
「えっと……、リタが里を出るまでのこととか……どんな人だったのかなと……」
「そうじゃな……リタが生まれた時のことを、昨日のことのように思い出せる」
◇◇◇◇◇
ロウ視点
一人目の夫を亡くしたのち、娘のレイナは人族の旦那と共に我が家で同居をしていた。
リタはそんな二人の間に生まれ、気の強い母親と、優しい父親の元ですくすくと育っていた。
リタは動き回れるようになってからというもの、たいそう活発だった。少しでも目を離すと、すぐどこかへと姿を消しては、何かしらの騒ぎを持ち帰ってきた。
ある日は、隣家の鶏小屋に入り込んで、卵を三つも抱えて戻ってきた。本人いわく、「鶏が困ってたから手伝った」のだそうだ。もちろん、あとで謝りに行ったのは、婿殿とワシだった。
またある日は、村の子どもたちを引き連れて、「精霊探しの遠征」とやらを企て、麦畑の真ん中に大きな落とし穴を掘ってしまった。夜になっても帰らず、大人たち総出で探しまわった末に、彼女は小さな焚き火のそばで、満足そうにパンをかじっていた。
叱っても、泣くのはほんの数秒で、すぐに鼻をこすりながら笑う。そんな子だった。
けれど、今思えば――あの夏のある一日だけは、少し様子が違ったかもしれない。
その日、彼女は朝から「ゆすらの花を探しにいく」と言って、いつになく真剣な顔で出かけていった。あの花は村の子どもたちのあいだで、願いを叶えてくれると噂されていたのだ。
昼すぎになっても戻らず、空に雲が出始めたころ、私は胸騒ぎを覚えて、手を止めて斜面の方へと足を向けた。
見つけたのは、転んで泥だらけになったリタだった。けれど泣くでもなく、片手にしっかりと“ゆすらの花”を握りしめ、私の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
「じいじ、これ持って帰ったら、みんな幸せになれるでしょ?」
そのときの彼女の笑顔は、今でも私の胸に残っている。
子どもは、時にとんでもない騒動を起こすものだ。けれど、そんな日々こそが、わしにとっては宝のように思える。
――あの頃のリタは、まるで風のようだった。どこまでも自由で、強くて、そしてまっすぐだった。
精霊使いを授かってからは、すぐに魔法を覚え、さらに行動範囲が広がり、手がかかるようになっていた。
気づけば魔物を狩に一人で山に入り戻ってきたりしていた。
森の中で火魔法を使い、山火事を引き起こしていたこともあった。
そして、事件が起きた。
◇◇◇
初夏のある日。空はよく晴れていたが、麦畑の様子は明らかに例年とは異なっていた。
「ふむ、今年は麦の収穫量が少ないな……」
今日は領主の使いが、年貢として麦を受け取りに来る日だった。私は婿殿と並んで、集落全体の収量を確認していた。
「そうですね。おそらく里全部合わせても足りないでしょうな」
「ふむ……」
重く沈んだ思考の中で、どうすべきかを考えていた。その時、ふと違和感が浮かんだ。
「しかし、他のところは豊作なのに、うちの集落だけ不作か……」
「婿殿、今何と言った?」
「ぇ? ほかの村やハーヴァーは豊作なのにと……」
「ハーヴァーもか?」
「はい、豊作だったとキャラバンの商人が……」
ハーヴァー。ここから馬で2〜3時間の距離にある領都だ。地理的にも気候的にも、そう大きな差はない。
(それなのに、なぜうちの集落だけが不作なのか?)
違和感が確信に近づき始めていた時、ふと思い出した。
「そういえばリタが……」
春先に、精霊から何か聞かされていたと話していたことがあった。
ちょうどそのとき、リタが部屋に入ってきた。
「じいじ?」
私と婿殿が険しい表情をしていたからだろう。リタが心配そうにこちらを見ていた。
「リタか。春先に、精霊様が麦畑について何か言ってなかったか?」
「うん、魔法で土をいじられてるって、ミドリが言ってた」
「……魔法、か」
そうか、やはり原因は自然ではない。人為的な干渉……誰かが意図して、うちの畑を枯れさせたということか。
「今年の不作は、それが原因か?」
「そうだって言ってるよ」
「どこの誰がやったのかわかるか?」
リタは、ワシには見えぬ精霊と会話し始めた。
「ハーヴァーに入ったところまではわかってるって。それ以降は追えてないって」
ハーヴァーか。やはりあそこに繋がってくる。あの地は、この一帯を統治する領主の本拠地。そこに魔法を使う者が入ったとすれば──
(領主の手の者……?)
「そうか。リタ、レイナのところに行ってなさい」
「うん」
リタが出ていったのを確認してから、私は婿殿と再び向き合った。
「お義父さん……」
「……何かあるかもしれん、婿殿」
「なんですか?」
「リタと共に隠れておれ。離れた場所から、代理人の様子を見てほしい。お前の読唇が必要になるかもしれん」
婿殿には、相手の口元から会話を読み取る“読唇”のスキルがある。
「……この不作が、領主の手の者によるものだった場合……?」
「あくまで可能性の話だ。しかし、領主の狙いがリタであるなら──」
精霊使いのスキルは、非常に希少だ。欲深いことで知られる領主が目をつけていても不思議ではない。
洗礼の儀を行った神父の口から情報が漏れたとすれば、もう既に知られている可能性すらある。
「……わかりました。もし、お義父さんの読み通りだった場合は?」
「そのときは、帝都近くの村にいるノアのもとへ向かえ。しばらく戻ってきてはならん、リタだけでも逃がせ」
「……わかりました」
こうして、我々は静かに“その時”を迎える準備を整えた。
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