第127話 ラマンサの里
深い森を抜けると、ふいに視界が開けた。
前方には整備された街道が、左右に真っ直ぐ延びている。
「ここは……?」
「左だ。右へ行くと渡し船の桟橋に出る」
「へぇ~」
しばらく街道を進むと、やがて視界の先に、巨大な塀に囲まれた集落――ラマンサの里が姿を現した。
「……想像以上に、大きな町なんですね」
目の前にそびえる城壁は、帝都のそれと比べても遜色がない。むしろ、高さだけなら帝都以上だ。以前訪れたハーヴァーと比べれば、その差は歴然としていた。
「実際、規模だけ見れば帝都より広いな。ただし、あの城壁で囲っているのは、複数の村や集落をまとめて囲んでるな」
「え?」
『帝都の十倍くらいの広さじゃなかったか?』
『そうですね、ラマンサの里は元々小さな集落の集まりだったのですが、周辺の集落すべてをまとめて囲んだのが目の前の城壁なんですよ』
『そうそう。リタが帰ってきたとき、ボクと一緒にあの城壁を建てたんだ~』
「……やっぱり」
リタの故郷――ラマンサの里。その名を聞いた瞬間から、なんとなく“まん丸”が関わっている気はしていた。高い城壁を目にした今、その確信が強まった。
それにしても不思議だった。ラマンサは麦をはじめとする様々な生産物の収穫で知られる農耕地帯のはずなのに、外から見える範囲には畑らしい風景がまったくない。
「もしかして、畑も城壁の中にあるんですか?」
「そうだ。ハーヴァー周辺も穀倉地帯だが、ラマンサは城壁内部に畑が広がってる。安全性を最優先した設計だな」
「へぇ、そうなんですね……」
一般的には、住居が城壁の内側、畑は外側に配置される。だがここでは逆転している。人と作物、どちらが優先されているかが、この町の在り方を物語っているようだった。
やがて門にたどり着く。そこでは軽装の衛兵――エルフの青年が見張りをしていた。帝都の重装備な近衛兵とは明らかに雰囲気が異なる。
「おっ、ファラじゃないか!」
「よう」
「その子は?」
「今年の一年だ。それと……」
ファラがこちらを見る。何を言いかけたのかはわからないが、私はとっさに言葉を継いだ。
「こんにちは……」
青年は少し驚いた様子を見せたあと、優しく笑って答えた。
「あぁ、こんにちは。通っていいぞ」
帝都やハーヴァーで求められた身分証の提示はここでは不要だった。ファラの顔が効くというのもあるのだろう。
「行こうぜ」
「うん」
門を抜けるとすぐ、広場の周囲に多くの露店が並び、人々で賑わっていた。市場のような活気のなかで、ふと、あることに気づく。
「なんだか、エルフの方が多いような……?」
「当然だろ。もともとはエルフだけの里だからな。今は門前町にいろんな種族が住んでるけど、奥の方はエルフかハーフエルフばっかだ」
「へぇ……知らなかったです」
広場を抜けると、景色が一変する。見渡すかぎりの農耕地帯が広がっていた。
「うわぁ……すごい広さ……!」
ルヴァ村の畑と比べても桁違いの規模だった。それに、地と植物の精霊たちがこれほどまでに密集しているのは初めて見る。
「だろ? 帝都周辺で一番安全に作物を育てられるのはここだけだ。だから作物の種類も多い。全部、あの城壁のおかげだよ」
畑の中をまっすぐ貫く通りを歩いていくと、やがて再び住宅地が見えてきた。
『懐かしい場所に来たなぁ……』
『……ええ、本当に』
精霊達がそういうという事は、あの集落が、きっとリタの生まれ故郷なのだろう。
近づくにつれて、通りを行き交う人々が増えていく。そしてもう一つ、気になる変化があった。
――視線。
城門近くでは誰も私に注意を払っていなかったのに、今ではすれ違う大人たちの視線が、どこか無言のまま私に注がれていた。
すれ違いざまに振り返る者がいた。
「……見られてる?」
『せやなぁ。ラミナはリタによう似とるからなぁ。あの頃のリタを覚えてる大人らからしたら、まるで本人がちっちゃなって戻ってきたみたいやろな』
そういえば、以前ヴィッシュが「目つき以外はほとんど同じだ」って言ってたっけ。
「ん? なんか言ったか?」
「ううん……ただ、視線を感じてて」
「ああ、それな。ここはリタが育った集落だからな。……ちなみに、今日泊まるのもここだ」
「え……そうなんですね」
リタの生まれ育った土地。偶然にしてはできすぎている。
けれど、なぜか――胸の奥に小さな懐かしさが灯っていた。
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