第三章(全四章)
「コーチ、練習時間が長過ぎる」
倉本はその日のスケジュールを変更するよう、和加沢に要求した。
試合より長く練習しては体の毒になる。
「しかし・・最初が肝心かとーー」
「焦っちゃいかん」
倉本は少年達の立場を考えて反論した。
「ゼッケンを使う」
倉本は半分の少年達にそれを着せ試合形式の練習を行った。
それを建一郎が見て次の試合のメンバーを決めるーーという状況だ。
「ベスト・メンバーで試合をさせてくれ!」
建一郎は和加沢に申し出た。
次の試合は公式のトーナメント戦で、負けたら、終わりというシチュエイションである。
和加沢には了承する以外に、道は無かった。
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「対戦相手の視察に行きたいんだが・・」
建一郎は、その日の休憩中、和加沢に彼らの練習場所を尋ねていた。
「そんな事まで、するんですか?」
「出来れば彼達の試合が見れるといいんだが」
建一郎は、やる気になっていた。
やるからこそ、勝たなければ意味がない。
和加沢はキョトンとしながら、地図を記したメモを手渡した。
この緻密さが建一郎の持ち味でもある。
「すいませんが・・これに水を半分、足して下さい」
建一郎はスポーツ飲料水を差し入れた父兄にクレームをつけた。
要するに味が濃すぎて体に悪いというのだ。
「ーー」
その担当をしてくれた女性は少し苛立って、嫌々、水道水を加えている。
倉本が気になって、その光景を一部始終、見ていた。
何やら気まずい様相だ。
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「あの・・次回の試合は選ばれた子達で、戦うと聞きましたけどーー」
早速、PTA側の抗議を受けた。
束なった父兄達が組合の様に結束して建一郎達を取り囲んだ。
「もし、反論があるなら我々は、退きます」
倉本はしっかりと伝えた。
今度のトーナメントは参加費用が高く、全額、彼が負担していた。
腕試しがしたいーーそう訴えて答えを待った。
「出れない子達はどうなりますか?」
PTAは一番・気になる問い掛けをしてきた。
練習試合で補償しますと和加沢が返答し創設依頼、一度も勝っていない事実を現実として受け止めて欲しいーーとも付け加えた。
「納得・出来ません」
PTAの、その応答に建一郎は ”撤退します” そのひと言だけをあっさり告げて、荷造りを始め、帰る仕度を整えた。遂に誰も何も発せない空間が辺り一面に、広がってしまった。
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「ーーしかし、中止も反対です」
PTAは已むに已まれず答えをまとめ、声を張り上げていた。
倉本は内心、にやついた。
「では、一試合だけ我々にチャンスを下さい」
建一郎はシュミレーションどうりのセリフを述べた。
PTAは、これなら了解するしかなく、この提案を受け入れた。
彼達が頼れるのは和加沢達だけなのだ。
「結局、いつまでも子供を、自分の内臓のように考えてる」
この間、利用したレストランで、身内だけになった事を確認した倉本は、こう発していた。
「スポーツは学歴の付録では、ないからな」
建一郎も自分なりの見解を述べた。
知佳はそうねーーとだけ告げて笑っている。
タカヒロを先に帰し、彼女は夕食を取って来たのでコーヒーだけを頼んだ。
取り敢えず今回の作戦も成功したと云えよう。
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「でも、こんなやり方、偽善なのかな?」
倉本は食事を終えた後、そのレストランのテーブルの上に肘をつきながら、そう呟いた。
「自由競争にした事か?」
建一郎に問われている。
「いや・・本来は有料にして経営努力をしていく様な方法のほうが、本当かなと思えてね」
倉本はFCの在り方について、問うていた。
「でも元から存在してたんだから仕方が無い」
建一郎は結論づけた。
「本来は同じ志であるーーという理念から、人は集まると思うんだが・・
日本の地域サッカーは近所にあるからーーという理由が第一で、結局その多数欠に勝った人々の意見のみが全てーーという集団だもんなァ・・」
倉本は嘆いた。
「判りきってる事じゃないか」
建一郎は冷めている。
社会的な話は知佳と和加沢を黙らせた。
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「ボランティアには限界がある」
建一郎は、このスタッフ業を辞めてもいいと付け足した。
「そこまで云う事はねェんじゃねェのか!」
倉本は笑いながら反論した。
究極を云えば建一郎の意見が総てだが倉本にとって、今回は少し角度が違った。
「ーー自分の納得・出来るラインまでで、いいんじゃないか?」
倉本は約束を交わすかの様に纏めてしまった。
「アタシにも、云わせてくれる?」
申し訳無さそうに知佳が割って入った。
「ウチの子は御覧のとうり、けっして上手い子供じゃないって判ってる・・でもね、何て云うか、下手でも上手くなる権利はあると思うし、色んなコーチと出会えた方が子供の為だと考えてるのよねーー」
彼女は少し涙目だった。
倉本とサッカーをやってから、なぜか、タカヒロが元気になった為だ。
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「子供達の意見、聞こうじゃないか」
倉本は和加沢にアンケートを取るよう促した。
この場合、中立的な和加沢が、この役を果たす以外、方法が無かった。
(選手ひとり、ひとりの内面は、どうか?)
一番、重要な事を忘れていた。
(取り敢えず、ここはオレのチームではない。オレの携わってるチームに過ぎないんだ・・)
倉本は内心、そう確認して、その店を出た。
もう時は、23時を回ろうとしていた。
「半々ぐらいでしたね、例の件は」
和加沢は平日の仕事帰り、いつもの公園に立ち寄った・その時にアンケートの結果を報告した。
「ごくろうさん」
倉本と建一郎は労を犒った。
「再度、話し合いたいーーと云ってきました」
PTAの意向も和加沢は伝えた。
「受けて立とう」
倉本は公民館の会議室で、やろうと付け足した。
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ーー認めないーー話し合い当日、公民館の会議室では、いつまでも話が平行線を辿り、今後の方針について歩み寄る気配が無かった。
倉本側の意見は練習試合は全員出場で楽しみながら行っていき、公式戦はベストな布陣で戦うモノと主張した。
一方、PTAサイドは全て順番で出場し、尚も倉本と建一郎の技術は無料で伝授するよう、要求してきている。
このままでは時間の無駄だ。
「では、次の試合で勝てたら半年間・試しに我々の方法論で、やらせて頂くというのは、どうでしょう」
倉本は腹を決めた。
もう、ひと試合だけで充分だ。
そのかわり、メンバーはこちらで選出させて頂くーーそう云い足してPTAの面々の首を縦に振らせた。
(負けたら、いさぎよく去ろうじゃないか)
建一郎と目を合わせ彼は、そう心に誓っていた。
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「結局、オレ達、同じ場所に戻って来たんだよなァ・・」
話し合いの翌朝、駐留してるホテルの建一郎名義の部屋でコーヒーを飲みながら、倉本は、そう発していた。
「ーー心の傷から逃げるな・・と云ったのはオマエの方だろ!」
建一郎は監督業を引き受ける寸前に、倉本に突かれた・ひと言を云い返してやった。
ふたりきりになっても再度、言葉を交わし続けている。
「辞める気か?」
建一郎が冷静に尋ねた。
「辞めるーーって?」
「だから・・対戦相手を視察して来たんだがーー力は五分五分というところだぞ」
建一郎は科学的に説いてやった。
「ーーそん時はそん時だ!」
「しょうがねェな・・」
建一郎は呆れるしかなかった。相変わらずの計画性の無さに白けるしか手段が無かったが故だ。
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「ーーでも、こんな、真剣に討論したのは久しぶりだ」
ベッドに寝そべって、天井を見上げながら、建一郎は呟いた。
「久しぶりーーじゃなくて、初めて・・だろ」
倉本は笑って答えた。
考えてみれば半生、今まで ”正しい” という事について、ぶつかってでも相手に理解を、求めた過去など無かった様に思う。
ふたりは収入の為だけに歩んだ時を生き過ぎてしまった様だ。
「しかし、知佳のヤツ、何・考えてんだ?」
建一郎は彼女のブラウスの胸元から覗ける、白い肌を脳裏に描きながら、そのセリフを力一杯、吐いていた。
この時、倉本は建一郎が彼女を愛しているという段階まで到達はしていないが意識をし始めてる、という状況だと察知する事が出来ていた。
「判らん」
倉本は、そう返しておいた。
想像するだけならば何人も自由なのだから・・・
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「しかし、これが原因でサッカーを辞める事になるとは夢にも思わなかった」
話を変えた倉本は指先に挟んだタバコの火をじっくり見つめながら、そっと呟いた。
未だ、ふたりはホテルの一室にて、語り合っている。
高校時代、倉本はハーフ・タイムになる度、トイレに隠れ独り喫煙を始めた。
ある日、それを教員に摘発され口論した挙げ句、退部に致ってしまう。
「でも、試合に勝つ為には掛け引きが必要なんだよなァ」
倉本は嘆いた。
試合中のストレスをタバコで紛らせてるだけなのだ。
「しかしMFやDFはダレも吸わなかったぜ」
建一郎は彼を否定した。ボールを追う、他のメンバーの実情を伝えたまでである。
要は体力温存の為、皆は吸わなかったのだ。
CFの倉本は独り違う思想を保ち続けていた。
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「まぁ、でも辞めさせるべきではなかった」
今回の建一郎は弁護を述べる。
タバコぐらいで退部にしてたら日本の政治家は汚職によって大半の人間が国会から去って、罪人として後生を生なければなるまい。
「立て前だろ」
倉本は判っていた。決められたルールは何人であろうとも、守らなければならない事など・・
しかし、それは飽くまでも頭の中だけの話。
心に銘記など、全くしていなかった。
「オマエが去ってチームにファンタジックなプレーが欠けたのは事実だよ」
建一郎はその後、負けや引き分けが増えた現実も加えて述べておいた。
「そんな事、教師に云ってもムダだ!」
倉本は結論を叫んだ。彼達が共産寄りに営むのを、全く計算・出来ずに生きていた。
その失策だけが今も胸に、溢れ続けている。
それを若さとでも云うのだろうか?
まさに煮え繰り返るとは、この事であろう。
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「一回、学校体育というヤツを、ぶっとばさなきゃなるめェな」
倉本はいきり立って、ほざき始めた。
「紳士的にやれよ。さもないと、今度は本格的に牢屋行きだ!」
一方、建一郎の方は軽く笑って、その主題を聞き流すかの様に返している。
しかし、よくよく考えると今回の手助けは、日本人全体に染み込んだスポーツに関する共産主義との対決になるとふたりは睨んでいた。
「結論を述べよう!
ズバリ、我々の目指しているサッカーは、このFCには当て填まらない」
コップ水を右手に高く掲げ、建一郎は演説を続ける革命家のように、そのセリフを吐いた。
「よッ! 大統領」
倉本は相の手を打った。
報われない可能性のある自身達を予測して、彼達はパロッってみせた。
ふざけてなけりゃぁ、やりきれない時もある。
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「じゃあ、何の為にやる?」
建一郎は問うた。
己の胸にも尋ねてみる。
「勝った場合、半年間、主導権を握れるからだろう!」
倉本は実直に述べた。
「違うな。少なくとも自分は違う」
「ケッ、詩人ぶってんじゃねェよ」
倉本はベッドの上であぐらをかいた。
舞台劇じゃあるましーーと野次ってもいる。
「ーーなら、知佳ちゃんにホモだと思われたくない為か?」
倉本は真意を聞きたかった。
「正直、それが切っ掛けだが、そんな事ではない」
建一郎は悠然と答えた。
「じゃあ、出来ない人間を見捨てない・実力社会を実現させるーーチャンスと捕らえてか?」
「違う」
建一郎は嫌らしい笑みを浮かべ、そう返した。
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「自分が何でサッカーを辞めたか、覚えているだろう?」
建一郎の問いに倉本が ”あっ” と閃き、頷いた。
「あの八百長の数々、自分は白けるにも程があった・・」
諸先輩にいい顔をしようと、チーム内の同輩が組織だって企てた、それがそうだった。
例えば三年生対二年生の紅白戦を行うと必ず二年生が負けるように、仕立ててゆくのだ。
国内で割と頻繁に起きている事案でもあるだろう。
「要は、そんな人間をひとりでも、増やさない組織を作り、指揮をする事により自身の無気力・脱出へのカギを得れるとも判断をした」
建一郎は八百長・撲滅のコメントを通して、このFCに対する手助けの意議を唱えた。
「なるほどね、それで重い腰が上ったーーと云う訳か・・」
倉本はそう返し、納得していた。
(今度は指揮る側で世に係わってやる)
ふたりの心には良い意味で野心が芽生えていた。
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「いつの間にか充実してたな」
倉本は和やかな気持ちで問い掛けていた。
なにしろ、もう三時間も、話し込んでいる。
「旅に出て良かったろ?」
再度、建一郎に尋ねてみた。
まぁねーーと笑って仕方無さそうに建一郎は答えた。
金が入って、何だか判らなくなっていた人生に暁が見えてきている。
窓を開けると昔より清らかな風が入り込んでいた。
「人間、金じゃねェーーって云うけど本当、難しいね」
倉本が立ち上がって人生を問うた。
「いや、やっぱり金なんだよ。
金から入って心に到るんだろ、おそらくな」
建一郎は座ったまま、そう答えた。
じゃあな、と云って倉本が、その部屋を去ると建一郎は窓から溢れる陽射しを見つめた。
立ち上がって太陽そのモノを見た時、いつもより金色に輝てる様に見えて仕方が無かった。
(続)
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