第二章(全四章)
「そう云えば・・現在、御仕事のほうは?」
少年達とサッカーを始めて二日目の事だった。和加沢が倉本に尋ねている。
「ハッキリ云わして貰うと今はプーだよ・・まぁ、財産が収入代わりだねーー」
倉本は辺りに少年達が居ないかどうか確認をしながら、さらりと声を押し殺しつつ、答えておいた。
「生活のほうは、たいへんなんですか?」
気配りしながら和加沢も小声で倉本に問うた。
「いや、そんな事はない。
現にホテルに駐留してるくらいだから・・」
「うらやましいです」
和加沢は知佳と同じ事を口走った。
安定している様で公務員の生活にも、不満があるようだ。
倉本は和加沢に素直さを感じた。それまでの公務員の知人は皆 "要領の人" だったが為だ。
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「よかったら聞かせてくれませんか・・」
倉本の財産の増幅の仕方を和加沢は尋ねてきた。
「たまたま上手くいったんだよ、コーチ!」
「ーーですから・・どんな方法で?」
倉本は云い難い内容を、彼に漏らし始めた。まず土地を買いスーパーをその半分の敷地に建て繁盛したら残りの半分を売る。ある程度、軌道に乗ったらスーパーも土地付きで売って、また次の土地で同じ事を行うという形だった。
「そんな事、都内で百件位、やったかな」
タバコを吸いながら倉本はあっさり告げていた。サッカーをし終えた公園には、もう少年達の姿はなく、暮れかけている夕陽だけが二名を照らし続けている。
「ひとり・百だから・・ふたりでやったし。近県の分もあるから結構、相当な数だねーー」
倉本の追伸は和加沢を黙らせた。
(手堅く生きるのがバカらしい!)
和加沢は自身の真面目さを初めて悔やんでいた。
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「時流に乗ったんだね。バブルでなきゃ、こんな方法論、通じる訳・無ェもん」
遠くを見ながら発する倉本の姿は、少し淋しさを漂わせていた。
「ーーしかし、よく辞めれましたね、景気が悪くなる前に・・」
和加沢の問いは的を射ていた。
「別当ーーって、あの車に居たカタブツ野郎、アイツの判断が良かったんだろ・・」
倉本はさり気無く建一郎を褒め讃えた。
「儲かったら辞めるーーそれが別当の考えでね・・まぁ一生分、食える位・有りゃ、まぁ、辞めとくべきだなーーと、オレも同感したよ」
倉本の話し方は何か峠を越えた旅人であるかのような雰囲気を保っていた。
元々、相続していた僅かな土地や畑を元手に始めたビジネスらしい。
自身が若過ぎて世の中の多くをまだまだ知り得ていない現実を和加沢は肌で感じた。
辺りは暗くなり街灯が二名を照らし始める。
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「しかし、どうしてスーパーなんですか?」
思い出すかの様に和加沢は新しい質問をした。
「いやいや、コンビニ。時代がそうでしょ。ーーでも、オレ達、コンビニなんて全然、愛しちゃいなかった。これ本音、インディアン・嘘つかない」
そこで笑いが起った。倉本の返答は、その場をやわらげてゆく。
土地問屋として生きてきた彼達が本来は割と普通の人なんだと気付けて和加沢は安堵した。
「結局、金なんだよね。
金が全てだと思ってた。これ、本当・真剣ね。行く着つまで、やっぱ真剣に、そう思ってた」
倉本のコメントはまるで居酒屋で労働者が、一杯ひっかけながら述べてるモノに近かった。
和加沢は、なぜか心ひかれた。
倉本が自然体であるが為か・・
金に到達できた人間はこうなるものなのかと和加沢は彼を見て、そのデータを心の中に、ひとり速やかに仕舞い込んでいった。
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「ロード・ムービー気取ってさ・・旅行に出る事で、大金の利用価値や人生の意味を、判ろうなんて話になっちゃう訳よ!」
車に乗り込んで運転席の窓を全て開け終えた倉本が和加沢に少し笑いながら伝えていた。
「ーーそしたら仲間(建一郎)は仙人みたくなっちゃうし、この生活もマンネリ化するしーーでさぁ・・人生って、どこまで行っても悩みが耐えないんだなーーって判ったりして」
倉本はひとり、グチを云い放っていた。
「いいですね、そんな次元がうらやましい」
再び和加沢はその生活にあこがれた。
「まぁ、女も抱けるだけ抱いたし酒も朝から飲みほうだいだしな・・」
倉本は再びタバコを斜に咥え、答えていた。
「もう、何も不満など無かったでしょう!」
「まぁ、最初のうちは、ね」
主婦が二名の近くを自転車で擦り抜けた為、これ以上、話の進展はさせなかった。
確かに品の無い話ではある。
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「でもよォ、問題なのは判っていない時に限って、判ってると思ってるし・・
悟っていない奴に限って悟ってるーーなんて平然と感じちゃうからね、人間は」
倉本は自分の浅はかさを省みて和加沢の胸に問うていた。
何を隠そう、旅に出るまで人生は、割と行き当たりばったりをポリシーに掲げ生きていた。もし、建一郎と出会わなければ彼の人生は、もっと堕落したモノになっていたであろう。
「要は金持ちになって人生、空しくなった。その到達感を取り払う為に、オレ達は現在、奮闘中なんだよね」
エンジンをかけ始め、倉本は指針を述べた。
「本当の自分ですが・・」
「そう、本当の魂」
えらそうに倉本は答えてやった。
「あら、どうも」
そこへ今度は知佳が自転車で、通り過ぎた。倉本の頭から彼女が離れない。
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「実はさ、知佳は学生時代、オレの連れの別当建一郎の事が好きでさ・・で、もって、当のオレは知佳の事が好きでさぁ」
倉本は行き過ぎた彼女をサイド・ミラーを、利用しながら目で追い、和加沢に打ち明けていた。
(何で、オレ、こんな事、話してんだろ?)
いつの間にか知り合ったばかりの和加沢を、信頼し過ぎている倉本がいた。
要は自身が孤独なのだと、気付けてもいる。
「じゃぁ、建一郎さんはダレを好いてたんスか?」
和加沢もおもしろがって尋ねた。
「さぁ・・それが未だに判んねェんだよ・・」
倉本は腕組みまでしている。
「南(知佳)さんですかね?」
「違うと思うけどな」
倉本は自分のキューピット時代の話をした。
「ダレなんですかね?」
建一郎の理想の相手は常に謎であった。
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「取り敢えず、今日はぐっすり、眠れそうだよ、コーチ」
倉本は割とさわやかに告げた。
「何か不眠の要因でも?」
「まぁ、オレ達の金儲け手段が、それかなァ」
少し照れながら彼は和加沢に返答していた。合法なのに強盗でもしてきた気分に、なっている。
ダレも傷付けていないのに、なぜか、後ろめたい心地に倉本はなり続けていた。
「もしかしたら、どこか、勤めたほうが、よろしいんじゃないですか?」
慣れも出てか和加沢は核心を突いた。
「それが嫌だから、貯めたんでしょ、お金」
倉本は自身が最近、余計な出費さえ押さえている事も、付け加えた。
「それでは、失礼します」
「うん、明日も来るよ」
そう云って二名は明るく別れた。
ホテルでは独り建一郎が待つ状態にある。
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「チームを手伝って貰えませんか?」
三日目の休憩時に和加沢は真剣に依頼してきた。
何と無く何時かは、この主題につき、話し合うひと時が来るんではないかーーと倉本には、そう予測がついていた。
確かに情が湧いてきている。
ここ数日の充実ぶりが手に取るように判る。
冷静だが、倉本の心は躍っていた。
久々のエクスタシーでもある。
「しかし上手くいく保障は、ないよ・・」
楽しいハズなのに倉本は、敢えて否定的な、コメントをする。
どうみても、和加沢より倉本のほうが技術や経験の面をみても上と云えた。
しかし問題は子供と接するという事にある。コンピューター・ゲームでサッカーをするのとは訳が違う。
人間だ!人間を動かす業務なのだ。まさに、この段階での彼は冷静であったと云えよう。
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「それでも御願いします」
和加沢は再び頭を下げた。
「オレがやるなら、全権監督になってしまう」
酷なのだが、倉本はハッキリとした姿勢で、オファーに臨んだ。
約束事は最初が肝心である。
後で、あゝでもない、こうでもないと、会議ばかりやるのは日本人の悪いクセだ。
倉本はそれを熟知していた。
結局、自由で責任を取る形が一番である、と。
「まぁ・・迷っていると思う」
倉本が和加沢に告げた。
和加沢が黙ってしまったが為だ。
逆に和加沢のほうがチームの将来の選択を、迫られているとも云えなくもない。
「取り敢えず、試合を見せてくれ」
倉本は中道を取った。
若い和加沢が下せる内容ではない。
(オレが決める)
倉本の胸中は躍動感で満ちあふれていた。
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「まず、バック・ラインの手直しだな・・」
あの依頼後、初の練習試合をし、その終了間際の倉本の言葉だった。
「では・・引き受けて預けると?」
和加沢は確認していた。
「一定期間、任せて欲しい。
その後の事は、また話し合えばいい」
倉本は了承した。
チームは大敗だったが、新しい方位磁石を、少年達は得たと云えよう。
「選手の起用に関して、もっと規制を無くして欲しい」
試合会場を離れて一緒に昼食をファミリー・レストランで取り始めた時の、倉本の発言であった。
「学年などの問題ですか・・」
和加沢は難しいテーマだが受け入れるーーと返事をした。
例えば六年生の試合に五年生を使うというケースが、それだ。
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「もうひとつ、受け入れて欲しい事がある」
右の人差し指を一本立てながら倉本は要求をしていた。
それは建一郎をスタッフに入れるとの進言で、しかも彼を監督に・・というモノだった。
「実はオレはディフェンスの事はよく判っていない。考えてみてくれ・・
サッカーのプレイの半分以上は繋ぎと守りだ。それをオレより判ってるのは奴しかいない」
倉本は和加沢を説得に入った。
「判りました」
和加沢はもう、ためらわなかった。
自身が指揮して未だ一度も勝った事が無いという事実は、この作業が、いくら福祉的なモノと云えども悔しさの連続であった。
一方で、練習試合は全員が出場して、全てのポジションも経験させる、という条約も通ったので、尚、任せるに到った。
今まで独りで背負い込んだ苦難の道は出会いという名のもとに幕を閉じようとしている。
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「ダメだ! 叱るな」
試合明け、初の練習を小学校のグランドで行っている時、倉本が和加沢に耳打ちした。
「楽しく、やらせろ」
早い話、選手達が義務感だけを使命にプレーしているーーと云うのだ。
「書道の授業じゃねェんだからさ・・
失敗しても、やり直せばいいんだよ」
子供の目線に立って教えるよう倉本は促した。積極さが欠けると試合は決まって負けるモノなのだ。
「知佳ちゃん」
彼女が、そのナイター練習に見学に来ていた。
「悪いんだが、協力して欲しい事がある・・」
現場を和加沢に任せて倉本が彼女に近づいた。
建一郎の件である。
「知佳ちゃんのほうから云って貰えないかな」
「いいわよ」
タダで教えて貰っている以上、知佳は断れなかった。
倉本はチームの交渉人を依頼するまでの立場を取った。
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「それからーー出来るだけPTAを黙らせるんだ」
休憩中、大人・三人になった段階で、倉本が発していた。
少しダーディーな云い方だったが、そこに居合わせた全員の腹の底は、ほぼ同様であった。試合となると、いつも "どうして、ウチの子だけ・・" というクレームが多すぎるのだ。元来、ボランティアで教えている関係上、この際、方針に従って貰う他に方法は無い。
「これだけ、土台を作っていれば、奴は、必ず監督を引き受けるよ」
倉本はそう云って知佳を見つめた。
少し強引だが、今のチームにはこれぐらいの改革が必要だ。
知佳は技術的に上手くない我が子に少しでも余裕のある楽しい一瞬を与えてやりたかった。
(ここは従うしかない)
知佳は倉本に賭ける事にした。
それしか、今は道が無いと思えたが故だ。
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「ねェ、別当君ってホモなの?」
ナイター練習の後、夕食を取りに、集まったレストランで知佳は建一郎に尋ねてみた。
「違うけど、どうして?」
「なんかさァ・・いっつも恋人が居ないみたいだしーー」
彼女はさり気無く、そう問い掛けている。
出不精になっている彼でさえ、食事ぐらいは外で取るだろうーーそう睨んでのシチュエイションであった。
「なんで、そんな事云うの?」
建一郎は笑って知佳を見つめた。
「別に。でも、女性には興味あるんでしょ?」
知佳の問いに彼は止めてくれよ・・と云っただけだった。
「ねェ、ホモじゃなかったら監督やってよ!」
建一郎は唖然とした。
知佳は、そんなセリフで人に依頼するタイプの女じゃなかったし、声があまりにも大き過ぎて、彼には世間体を気にさせた事も要因となった。
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「ねェ、上手くいった?」
トイレの入口のところで擦れ違った倉本が、知佳に尋ねた。
「OKよ。仕方無しだけど了承したわ・・」
彼女は小声でニヤリと笑いながら返答をした。敢えて倉本とタカヒロがトイレに立った時を見計らって知佳が建一郎を口説く作戦にでた。
「結局、オレひとりじゃ、何も出来ねェって事かな・・」
そう云って倉本は食堂へ戻っていった。
「風の噂ではな、知佳ちゃん別居中らしいよ・・」
卓に戻った倉本が建一郎に、そう告知した。
一方、タカヒロの方は本当に催してるらしい。
「あ、そうなんだ」
チラッと見ただけで建一郎は彼の眼を見ずに、そう答えたまでだった。
(だから、何なんだ)
倉本も建一郎も内心、そう叫んでいる。二名は敢えて、それ以上、その話をしない終いにしておくのがベストだと判断して止まなかった。
(続)