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罪深き名前

 ――それから、数分経て。



「…………」

「…………」



 再び、沈黙が支配する。少し、お話ししない――そんな少女の言葉に応じ、こうして二人並んで座っているのだけども……うん、言葉が出てこない。そもそも僕はコミュ障だし、きっと彼女も僕ほどでなくとも話すのは苦手なのだろう。……どうしてか、彩氷あやひとはわりと普通に話せるのだけども。


 とは言え、このまま何も話さないわけにもいかない。まあ、僕はそれでもいいんだけど、彼女の方は話すために僕を呼び止めたわけだし。まあ、その理由に関しては定かでないけれど、それはともあれ――


「……えっと、僕は羽山はやま真昼まひるっていうんだ。君は?」

「……私は、祈里いのり。……よろしく、真昼」

「……うん、よろしくね祈里ちゃん」


 そう伝えると、控えめながら僕の目を見て答えてくれる祈里ちゃん。うん、よくよく考えれば最初からこうしておけばよかったね。




「ところで、祈里ちゃんは読書が好きなの?」

「へっ? どうし……あっ」


 その後、ほどなくして。

 そう尋ねてみると、きょとんとした表情かおを浮かべる祈里ちゃん。だけど、すぐに僕の質問の理由に気がついたようで本を手に取る。彼女のすぐ傍に置いていた、読みかけであろう一冊の本を。



「……昔から、お話を読むのが好きで……」

「そっか。うん、僕も好きなんだ。物語の世界に没頭していると……束の間でも、現実を忘れられるから」

「…………真昼」

「……あっ、ごめん祈里ちゃん! 聞かれてもいないのに、こんな暗い話を……」


 ハッと我に返り、慌てて謝意を口にする。……しまった、僕はいったい何を――



「……ねえ、真昼。私……生きてる価値ないのかな」


「…………へ?」



 すると、不意に届いた思い掛けない言葉。……いったい、急にどうし――


「……私、他の子みたいに出来ないの。他の子と同じことで笑えないし、怒れない。同じことで喜べないし、悲しめない。それでも、以前まえは頑張って馴染もうとしたんだけど……でも、そんな私を冷ややかな目で見てる私がいて……それで、皆が私を悪く言っている気がして、それで……」

「……祈里ちゃん」

「……これが、私の一番好きな本。毎日、毎日読んでるの」


 すると、顔を俯かせ話す祈里ちゃん。そして、僕の前に差し出したのは小説『人間失格』――明治から昭和に生きた日本を代表する文豪、太宰だざいおさむにより書かれた日本のみならず世界においても極めて評価の高い名作だ。なの、だけども……恐らくは小学生であろう子が、一番好きな本に挙げる類の作品ものではないかなと。もちろん、駄目なわけはないのだけども……それでも、日々に相当な生きづらさを抱えているのは今の話も含め間違いないようで。それこそ、あんな悲しいことを口にしてしまうくらいに。だから――



「……ねえ、祈里ちゃん。僕が……実は、人殺しだったらどうする?」


「…………へっ?」



 随分と唐突であろう僕の発言に、ポカンを目を丸くする祈里ちゃん。この一瞬だけかもしれないけど、さっきの表情から変わったことに少し安堵を覚える。

 だけど、言わずもがな安心してる場合じゃない。そんな彼女に対し、僕は再び口を開いて――


「……それで、祈里ちゃん。人ひとりの尊い命を奪った罪深い僕は……やっぱり、死んだ方が良いよね?」

「……っ!! そ、そんなことない!」


 すると、僕の言葉を真っ向から否定する祈里ちゃん。そして――


「……私は、真昼のことをよく知らない。それでも、真昼がそんなことをしたなんて信じられない。だけど……仮に、本当に仮に本当だとしても、死んだ方が良いわけなんてない」

「……祈里ちゃん」


 そう、真っ直ぐに見つめ伝えてくれる。僕も、当然のこと彼女のことをほとんど知らない。そもそも、さっき会ったばかりだし。それでも……彼女なら、こう言ってくれるという不思議な確信があって。なので――


「……そっか、ありがとう……まあ、嘘なんだけどね」


「…………へっ?」


 そう、少し微笑み告げる。すると、再びポカンと目を丸くする祈里ちゃん。そして――


「…………どういう、つもり?」


 そう、ジトッと僕を見つめ尋ねる。まあ、そうなるよね。我ながら、何ともタチの悪い……と言うか、間違っても冗談で言ってことじゃない。嫌われても軽蔑されても当然のこと。だけど、僕とて悪戯のために言ったわけじゃない。


「……うん、ごめんね祈里ちゃん。だけど、僕がみんなからそう思われてるのはほんとなんだ」

「…………へっ?」

「まあ、そうなるよね。でも、ここにしょう……あっ、そっか。今、携帯持ってる? 祈里ちゃん」

「……へっ? あ、うん、一応……」


 すると、困惑の様子でポケットからスマホを取り出す祈里ちゃん。……そうだ、家に置いてきたんだった。いつもあるのが当たり前すぎてすっかり忘れてた。ともあれ、戸惑う彼女に対し再び口を開いて――



「……それで、ちょっと検索にかけてくれないかな――羽山真昼という、罪深き名前を」



 


 







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