最高の思い出
「…………そんな」
しばし、茫然とする僕。流産とは、妊娠から22週未満で出産してしまうこと。そして、22週未満とは胎児が子宮外では生存できない期間に当たるため、その子はこの世で生を享けられないことになってしまう。……そんなの、考えたこともなかった。普通にこの世に生を享けられることが、普通じゃなかったなんて……今まで、想像もしたことなかった。
「…………あ」
ふと、声を洩らす。そうだ、彼の――彩氷の名前、知らないはずなのに、どこかで聞いた覚えもないわけじゃなかった。……そうだ、両親だ。僕がまだ、幼い頃――幼稚園に行っていた頃、父さんと母さんが寝言で口にしていたんだ。ごめん、彩氷……ごめん、って。すごく苦しそうな……言葉の通り、すごく申し訳なさそうな表情で。……みんな、みんな辛かったんだ。父さんも、母さんも……そして、彩氷も。僕だけが、何も知らずにのうのうと――
「――だから、ありがとな真昼」
「…………へっ?」
そんな自己嫌悪の最中、不意に届いた彩氷の言葉。だけど……えっと、なんで? なんで、彩氷が感謝なんて――
「……まあ、さっきも言ったが……俺は、どうしてもお前に会いたかった。そして、遊びたかった。難しいことなんて何も考えずに、ただただ遊びたかった。たぶん、実際に生きていてもきょうだい――それも、弟か妹がほしいと思ってたんだろうな。たぶん、兄貴気質だから、俺」
「……うん、そうだね」
そんな彩氷の言葉に、クスッと微笑み同意を示す。うん、そうだと思う。それは、僕に対してもだけど、あの子達に対する面倒見の良さからもすごく伝わって。きっと、保育士さんとか学校の先生とかすっごく向いてると思う。
「……今日は、全部できた。俺のしたかったことが――可愛い弟としたかったことが、全部できた。一緒に自転車で走ったり、野菜を採ったり、缶蹴りしたり、綺麗な夜空を眺めたり」
「…………彩氷」
そう、続けて話す彩氷。……まあ、全部ではないのだろうけど。それが全部なら、随分と欲が少ない。……でも、そういうことではないのだろうし……流石に、そんな無粋なツッコミをするほど野暮にはなりたくない。
ただ、いずれにせよ感謝するのは僕の方。彩氷がいなければ……今日、彼と出逢えなければ、僕は死んでいたかもしれない。誇張でなく、本当に死んでいたかもしれない。だから、今ここにいるのは彩氷のお陰。そして、これからも――
「……だから、ほんとにありがとな、真昼……最後に、最高の思い出ができたよ」
「…………へっ?」
すると、ふとそう口にする彩氷。……えっ、いま、なんていったの? 聞き間違い、だよね? だって、僕らはこれからも――
「――さて、そろそろお別れだ、真昼」
「…………へっ?」
動転した思考の最中、続けて届く柔らかな声。だけど、声音とは対照的にその言葉は僕の心を鋭く突き刺す。……お別れ? ……嘘、だよね? ねえ、嘘だよね彩――
「――悪いな、真昼。父さんと母さんに宜しくな。そして、真昼――どうか、幸せになってくれ」
「待って、彩氷! お別れなんて言わないでよ! 僕はこれからも彩氷と、兄さんといっ――」
ふと、言葉が途切れる。と言うのも――視界一面……いや、四方全てがパッと光に包まれたから。そして、彩氷へ――今日一番の優しい笑顔を浮かべる兄さんへと必死に手を伸ばす。だけど、届くはずもなく、兄さんはそのまま光の向こうへと――