不思議な青年
「…………はぁ、死にたい」
ある平日の昼下がり。
アーチ橋の上で、快晴の空に何とも似つかわしくない暗鬱とした呟きを洩らす僕。視界には、僕の心とは対照的に陽光を反射しキラキラと輝く水面。ほんと、嫌になるほど綺麗だな。……今、ここから落ちたら……いや、止めよ。それで中途半端に怪我だけ負って死ねなかったらそれが最悪だし。
……いや、これも所詮は言い訳……畢竟、僕には勇気がないだけだ。死にたいくせに、自分で命を絶つ勇気もない臆病者……いっそ、あの中の誰かが本当に僕を殺してくれたら――
「――よう、元気にしてるか真昼」
「…………へっ?」
すると、不意に届いた柔らかな声。聞いた覚えのない――それでいて、どうしてか少し親しみを覚える声。ただ、そうは言っても――
「……元気なように、見えますか?」
振り返り、声を尖らせ尋ねる。いや、僕なんかが尖らせたところで怖くも何ともないのだろうけど……ともあれ、背中越しとはいえ今の僕が元気に見えたのなら是非とも眼科にでも――
「ははっ、そうだな。悪い悪い」
すると、朗らかな微笑でそう口にする青年。少しクセのある黒髪、そして透き通る綺麗な瞳を備える端整な男性。歳は、恐らく僕の少し上くらい――
「――さて、自己紹介が遅れたが……俺は彩氷。宜しくな、真昼」
そんな思考の最中、ニコッと晴れやかな笑顔で自己紹介をする青年。……彩氷……うん、やっぱり知らない。まあ、そもそも外見からしてまるで見覚えがないわけだし。……だけど、どこかで聞いた覚えもないわけじゃない。それに――
「…………どうして、僕の名前を……?」
そう、逡巡しつつ尋ねる。知らない、とは思うのだけど……万が一にも、僕が忘れているだけの可能性もあると思ってしまうのは、彼が僕の名前を知っているからで――
「――まあ、それはおいおい話すよ。その時が来たら」
「……いや、その時って……」
「――それより、なにか悩みがあるんじゃないのか? いや、悩みなんてもんじゃない――本気で死にたいなんて思うほどの、耐え難いほどの苦痛が」
そう、僕の目をじっと見つめ尋ねる彩氷さん。仄かに微笑を浮かべてはいるものの、その表情は真剣そのもの――僕のことを気に掛けてくれていることがひしひしと伝わって。……やっぱり、知り合いなのかな? いや、でも仮にそうだったとしても心配してもらえるような間柄ではないはず――
「……いやなら、無理に話せとは言わない。でも、どうせ死ぬつもりだったんなら話してみてもいいんじゃないか? それに、身近な相手より俺みたいな知らない人間の方が話しやすいこともあると思う」
すると、僕の心中を知ってか知らずかそんなこと言う彩氷さん。そして、やはりその表情は……分からない。どうして、こんなことを言ってくれるのか。でも、彼の言うことに一理あるのもまた事実。なので――
「……たぶん、察してるとは思うけど……全然、楽しい話じゃないよ?」
そう、控えめに尋ねる。すると、彼は柔らかに微笑み頷いた。