二ページ目 少年は暗黒の中、ただ一人となる
少年は泣き叫ぶ。幼い子供には、辛く、耐え難い現実だろうか。しかし泣き叫んだところで、何かが変わるとは思えない。いやそれは、少年のクリアな頭の部分がそう訴えかけてはいた。しかし泣き叫ぶしかなかった。幼き精神が、その現実に対して、涙を、叫び声を上げるしかなかったのだ。
少年に今ある現実は、想像し難い程に恐ろしいものだった。理解出来ない現実という代物が、視界に映っている。帰れないというだけなら、まだ少年の精神性は保たれていただろう。
しかし最早、そのようなものではなかった。現実性とは乖離した、奇妙な現実として映っている不可思議な現象が、それが異常性を認識させてしまっている。
今目の前にある建物や外壁、電柱、草木にすら至って、少年にとって恐ろしいものとなっている。それが本当に、本物であるという確証がないからだ。
自身の帰るべき家に帰れず、ただ少年は同じ場所をループしていた。その事実が発狂という形で、少年の精神を壊れそうになっていた。
少年は公園の隅で蹲りながら、ただただ涙を流していた。そんな事をしてもどうしようもないし、解決しないというのを少年は理解しているのに、この非現実が少年に恐怖という形で涙を流させていた。
夕暮れの日が落ちていく。それにつられて光が少年の周りから、暗黒を生み出していく。少年の周囲が段々と暗くなる。まるで少年ただ一人を孤立させるかのように、橙色の夕暮れが光を連れていってしまう。
ただ少年はより体を震わせてしまい、恐怖心を掻き出していく。それでも少年は動けない。悲しいや恐怖からではない、もう動く事すら、少年の本能が拒絶の意志を示しているからだ。
動いたら何かあるんじゃないかと。もう帰れないんじゃないか。何か自分が悪い事をしたから、神様が天罰を下したんじゃないか。そんな妄想と悲壮が頭の中で、延々とぐるぐると回っている。
暗くなっていくというのに、少年の近くにある電柱は未だ光を灯す事はない。電気がそのものが通っていないのだろう。普通ならいつも通りに灯る光が、そこにはない。少年にとって輝かしいまでの、頼もしい電柱の光がそこにはないのだ。
ただ少年は、公園で蹲る事しかしなかった。体を震わしながら、夏の蒸し暑さを感じながら、少年は孤独を理解しながら、一人だけで暗闇の公園のベンチで座っていた。
「ひっ………………ぐ………………俺が何をしたって言うんだよ…………もう帰れないのかな」
涙で眼を腫らしている幼き顔を上げる。服は既に涙で濡らしており、それが少年の絶望を表しているかのようである。少年は自身を極限まで心の中で罰しながら、悲痛の中でただ暗闇ある空を眺める。
いつも少年が見る夜空には、光る星があった。星座とも言うべき代物であり、少年にとって星は憧れで尊いものである。夏であるということで、本来ならくっきりと星が見える筈なのに、目の前に広がる空には何もなかった。
光る星が一つすらなく、そこには広がる闇があっただけである。それが少年に一つの嫌な可能性を思い浮かべてさせていく。ここは既に少年の知っている現実とは違い、完全に異世界に迷い込んだようなものなのだと。
周りを見渡しても、冷たい風が肌に当たるだけだった。建物には光が灯っていなく、本来なら住宅街ということもあり、外の暗闇を照らす明るい光がそこにはある筈なのだ。ただ公園と周囲にいるであろう住宅街は闇に包み込んでいかれていた。
その風に少年は身震いする。夏の暑さを感じてはいるものの、ひんやりとした風が少年の体を冷やしていく。
少年はずっとこんな何もないところに居なきゃいけないのか。腹が空腹を訴えかけているのか、音を奏でていく。そういえば本来なら、もう既に夕食のいい香りが立ち込めている頃だろうか。
今日は母がハンバーグを作ってくれている筈だった。母の作るハンバーグは、とても少年にとって大好物なものだった。しかしそれすら少年は、もう二度と匂いを嗅ぐ事も、口に入れる事すら叶わないのだろう。
このまま数週間が経てば、少年の身は餓死する道を歩んでいくだろう。帰れない恐怖、死ぬという恐怖、未知という名の恐怖、あらゆる恐怖が少年を恐ろしくなるまでに体を覆う。
「ははは、それって夢だよね。そうじゃなきゃ、おかしいもん。こんな事、現実じゃないよね」
誰かに問い掛ける事もなく、一人っきりの中、そのように大声で呟く。現実逃避するしか、少年には既に可能性がなかった。心が壊れてしまいかねない少年は、もうすでに目の前に映っている視界を否定し始める。
そうする事でしか少年の精神は持たないからだ。あらゆる自らの身に降り掛かっていく恐怖を跳ね除けるには、現実を現実として受け入れる事を辞める事だった。そうした方が、そうしなきゃ、少年は駄目になるからだ。
だってこれは幻覚なんだ。幻であり、夢だからだ。自分は恐らく学校で疲れて、家でリビングのふかふかのソファでぐっすりと寝ているんだ。
いつ覚めるんだろうな。こんな怖い夢から、そろそろおさらばしたいな。友達から借りた本も、そろそろ読み進めたいんだけどな。
それにお母さんが今日作ってくれるハンバーグを早く食べたいな。そろそろ腹が減ってきてしまっているからね。お腹空いたな。夢なのに、お腹って空くもんなんだなぁ。
もうリアルのある夢の中だよね。不思議なもんだよね。変にリアルあるから怖く感じるんだよね。夢から覚めた時、夜寝られるか心配になってくるよ。
少年は既に、現実を受け入れる事をやめていた。非現実性があるからではない。ただもう少年の精神が、これを現実として受け入れるという事自体を、脳が拒否という形で防衛反応として発生していたからだ。
少年はウキウキとしながら、このような状況の中、夢が覚める事だけを待っていた。周囲が闇に包まれ、恐ろしいまでの世界の中、少年は楽しげに座っていた。だって夢から覚めた時、きっと楽しい事が待っているからである。
こんな恐怖体験なんて、ありもしない事であり、少年が夢で思い描いている事象に過ぎないのだから。現実逃避した方が、少年は幸せになれるようだった。いや幸せになるしか、精神を安定させる事が出来なくなってしまう。
精神は、心だけは壊す事を本能が否定している。間違いしかない、こんな世界は頭がおかしいだけだ。
しかしクリアな脳は、きちんとそれを現実として許容している。分かりきっている筈なのに、分かっているからこそ、もう少年は耐えきれなくなっている。耐える事を辞めて、逃げる思考回路にシフトしている。
そうしても何も変わらないのに、そんな思考回路になっても何も解決しないのに。夢から覚めるなんて方が、幻想的なのだと理解しているのに。
全ての極限までの恐怖は、全て妄想と空想で夢から覚めた時の楽しみに全て変わっていく。現実から覚めた時、夕食を食べて、寝る前まで本を読んだり、動画見たり、アニメ見たり、星空を眺めたり、ゲームしたり、何をやろうかなと楽しくなっていた。
だっておかしいもん。俺は何も悪い事をしていないし、こんな目に遭う理由なんて心当たりがないんだから、理解できないし、意味が分からないもん。
そして少年はそのような思考変換を行い、ようやく一つの行動を起こそうとする。これが夢の世界だとすると、寝ればどうにかなるんじゃないかと。
「ベンチで固いけど、夢から覚めるためには仕方ないよね」
少年はそう思い、寝転がるようにしてベンチに横になる。現実逃避をした先が、寝る事で夢から覚めるという行動を起こしていた。
少年はそのまま疲れた脳の中、眼を閉じて眠る事をした。もう既に限界な少年は、そのまま意識を手放そうとする。
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