ネタバレ探偵
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「完敗だよ。探偵さん」
事件の犯人である林田哲雄は、項垂れながらそう呟いた。
「そりゃどうも」
それに対し、黒髪短髪の若い男──毛利光は事もなげに返した。なんてことはない。朝飯前だとでも言わんばかりの表情だった。哲雄の顔が苦いものになる。
「一体どうやって俺が犯人だと突き止めたんだ?確かにアンタの助手は優秀に見えたが、それでも俺のトリックは完璧だった筈だ。だから、犯行に及んだんだ」
警察に連行される直前、彼は光に問いかけた。せめて、自分がどんなミスを犯したのかくらいかは知っておきたかったのだろう。
しかし光は、
「超能力ですよ」
これまた、当然ですよと言いたげな顔をして答えた。
「……ハッ、そりゃ全部お見通しなわけだ」
乾いた笑いを溢す哲雄。連れていかれる彼の背中を見届けながら、光は思う。
──本当なのにな。
バタンとパトカーのドアが閉められ、彼は連れていかれた。
光の言葉が嘘偽りのない真実であると、知ることもなく。
そう。巷で噂の名探偵こと、毛利光には本当に超能力があった。
それも「事件の犯人が誰なのか、容疑者の目を直に見れば分かってしまう」という、前代未聞で空前絶後の超能力が。
写真や動画では能力が発揮できないとはいえ、証拠も推理もへったくれもない、とんでもないチートであった。
この能力を光が自覚したのは、小学校三年生の頃だ。
給食の目玉であるデザートのプリンが一個足りないという事実が判明し、クラスが騒然としたのだ。クラス中が疑心暗鬼に陥っていく中、光にだけは犯人がわかっていた。
むしろ、何故みんながわからないのかが彼にはわからなかった。
「義人くん、ひとりで二個も食べちゃダメだよ」
この一言で、事件はあっさり解決した。義人くんが明らかに動揺したことが決め手だった。
光が解決した、最初の“事件”だった。
「どうしてわかったの!?」
「スゴイ!」
「光くんカッコいい!」
クラスメイトの惜しみない称賛を浴びた少年時代の光は、これは自分だけに与えられた特別な能力なのだと悟った。
しかし、幼い光はすぐに自分の能力の弱点に気付いた。
──犯人はわかるが、いつ、何故、どのようにしてやったのかまでは、まるでわからない。あくまでも犯人がわかるだけ。それだけだ。
「どうしてわかったの!?」
あの一言がもう少し早く出ていたら、その一言で犯人を取り逃していたかもしれない。何故なら二の矢が無いのだ。完璧には程遠い能力である。
それ故に、当時八歳だった光は苦労した。苦悩した。この能力は誰にでもあるものではない。どころか恐らく自分だけにしかない能力だ。だから、これを上手く活かせば、自分はとんでもなくスゴイ人になれる。
そこで、光は暫く能力を迂闊に使うことを止めた。聡い子だった。
代わりに、犯人が犯行後にどういう発言をして、どういう行動を取るのかを独自にとことん観察した。
そこから多くの共通点を見つけ出した上で、あたかも自分はお見通しですよといった雰囲気を醸し出し、「お前が犯人だ」と突き付けたのだ。
要は、単なるハッタリである。
とはいえ、これが笑えるほどに上手くいった。光はそこそこ鋭い観察眼を持っており、更に、取り繕うのが異常に巧かった。それが功を奏した。
こうして、“名探偵光”は誕生した。
────
「今日も大活躍でしたね!」
「ん、まあな」
自分の後をぴょこぴょこと着いてくる、小動物のような女性に光は短く応えた。
彼女の名は御手洗透。名探偵光の元同級生にして、現助手である女性だ。
「ホント、あの時から光さんはずっと『快刀乱麻を断つ』を地で行っていますもんね。もうこの町で光さんを知らない人なんていないんじゃないですか?」
「いやいや、それはちょっと大げさじゃないか?」
「そんなことありませんよ! 光さんがいなかったらワタシ、今頃どんな生活を送っていたことか……」
およよと大げさに嘆く透を見て、光は薄く笑った。
彼女は三年前、つまり光と彼女が高校二年生だった頃に、とある事件の容疑者として絶体絶命の縁に立たされていたのだ。
学校で一番の美青年と名高い、菅原陽太。ファッションモデルのバイトの経験すらあるほどの長身に、すれ違えば誰もが振り返るほどの甘いマスク。学校には彼の大規模なファンクラブまで存在し、その名は他校にまで知れ渡っていた。
そんな彼の肌着が、紛失した。その時真っ先に疑われたのが、透だった。
原因は、彼女が体育の時間を保健室で休んでいたためだ。要するに、クラスメイトの中で唯一、彼女にはアリバイが無かったのだ。
「アンタがやったんでしょ、このガリ勉クズ女」
クラスのマドンナ的存在だった藤原美香は、碌な証拠も無しに彼女を詰った。たったそれだけで、クラスメイトの冷たい視線が透に突き刺さった。
しかし、彼女は偶然見ていた。体育の授業が始まる直前、美香が人目を気にして教室に戻って行く様を。
ところが、内気だった透は上手く反論ができなかった。クラス中の雰囲気が彼女を犯人にしていたのだ。たとえ内気でなくとも、中々口を開ける状態にはなれない。
そんな時彼女を救ったのが、
「いやいや、張本人が何を言ってるんだよ」
同じクラスの光だった。
「ハァ!? 何か証拠があって言ってんの?」
噛みつくように吠える美香に、
「あるよ」
光は当然の如くそう答えた。もちろん、証拠など何もない。しかし、これで少し教室内の空気が変わった。
今だ。
透はそう思った。
「わ、ワタシ、美香さんが教室に戻って行くのを見ました」
蚊の鳴くような、か細い声だった。けれど、効果は覿面以上であった。
「なっ、そんなわけないでしょ! テキトー言ってんじゃないわよ!」
彼女がクラスに戻って行く様子は、実は透以外にも数名が見ていた。それなのに美香は、反射的に迂闊な嘘を吐いた。典型的な、ボロを出しやすいタイプの犯人である。
それを見逃す“名探偵”ではない。
「たとえば、体操着袋に一緒に突っ込んでたりして」
「違うわよ!」
視線が一瞬だけロッカーを見る。確定だった。
「おいおいマジかよ、ロッカーはちょっと汚くないか?」
「は、ハア!? 何言ってんの? お前マジでキモいんだけど!」
「なら、ロッカーの中を見せてみろよ」
何の証拠も無しに犯人を名指しし、ハッタリだけで追い詰めた光を、そうとは知らない透は尊敬の眼差しで見ていた。
そして、その後彼が界隈では有名な探偵であることを知り、彼女は助手を名乗り出たのだった。
「まあでも、俺がこうして名探偵としてもて囃されているのも、ほとんど透のおかげだよ」
「そんなそんな! とんでもないですよ!」
と謙遜するものの、実際は正にその通りだった。
実は、彼女は非常に優秀だった。
定期テストでぶっちぎりの学年トップを叩き出し続けていた彼女は、事件現場に漂う小さな違和感を見逃さず、それらの点と点を繋げてトリックを暴く頭脳を持ち合わせていた。
正直、俺っていらないんじゃないだろうか。
光は何度かそう思ったことがあるほど、彼女の捜査力は並外れていた。光がしていることと言えば、超能力で犯人を知り、鍛え上げたハッタリと、透が見つけた手掛かりとを合わせて犯人を追い詰める。
文字にしてしまえば、何とも小狡いものである。
「そんなことより、次の依頼が来ていますよ!」
「そうか、受けると返信してくれ」
「さっすが光さん! いつも通り内容も聞きもしないんですね。がってん承知です!」
「悪いことをしてのうのうとしている奴は、絶対に許せないからな」
この言葉は、彼の本心であった。
最初は皆にほめそやされるのが嬉しくてやっていた探偵ごっこではあったが、段々と重い事件を解決するようになり、被害者の悲痛な顔を見る内に、彼にも正義感というものが芽生え始めたのだ。
それに、どんな難事件であっても犯人は目を見ればわかる。故に、光は依頼を選ばない。
────
依頼主は、殺された吉田明人の妻である、加奈子だった。
『夫を自殺に見せかけて殺した犯人を、絶対に法の下に晒してほしい』
そんな加奈子の願いを叶えるため、光は事件関係者を全員、事件現場である明人宅に呼び集めた。
「ったく、警察にした話をまたしなきゃいけねぇのかよ」
細長い体格の、神経質そうな男が不満気に言う。
「……すいませんね、ご足労をおかけして」
押尾徹次。被害者の同僚である。彼がクロだった。人殺しだった。一発目から引き当てるとは、運が良いのか、悪いのか。
「何度もご迷惑をおかけして本当にすみません……」
目に隈を作った、沈んだ表情の女性が頭を下げる。
「謝る必要はありませんよ、加奈子さん。僕がお願いしたんですから」
吉田加奈子。被害者の妻。当然、シロである。
「アンタ、加奈子さんの前でそんなこと言えるなんてどんな神経してんの?」
派手な金髪の女性が、強気な口調で苦言を呈する。
「……まあまあ、喧嘩はおやめください」
藤枝美子。加奈子の親友らしい。彼女もクロだった。少し意外だったが、共犯というパターンも少なくはない。故に、光はどうにか平静を保つことができた。
「そうですよ。探偵さんの言う通りです」
ガタイの良い男が穏やかな表情で言う。
瞬間、
「えっ」
光は、驚きの声を漏らしてしまった。
工藤孝仁。被害者の友人。彼も、クロだった。目を見れば、わかる。
なんと、容疑者全員がクロだった。
こんなことは、彼の探偵史上初めてのパターンであった。
「? どうかしましたか?」
孝仁が小首を傾げる。
「いえ、この時期に随分と焼けていらっしゃると思いましてね」
どうにか取り繕った。
確かに、孝仁の肌は初夏の六月にしては随分と日に焼けていた。
「ああ、サーフィンが趣味なもんでしてね。毎週のように海に赴いているんですよ」
孝仁は左手首に着けていた高そうな腕時計を触りながら答える。どうにかやり過ごせたらしい。
「それでは、早速お話を聞かせて頂ければと思います。その後に軽く現場検証をして、何事も無ければ、皆さんはお帰り頂いて大丈夫です」
「おいおい、まさか俺らを疑ってんじゃねぇだろうな?」
「コラ、よしなって」
「そんなことはありませんよ」
疑ってなどいない。何故ならば、もうクロだとわかっているから。
その後小一時間ほどかけて加奈子を含む四人から事件当時の話を聞き出し、光と透は現場検証へと向かうことにした。
「現場は警察の方に言われた通り暫くは当時のままにしてありますので、ゆっくりとお調べください」
「ありがとうございます。透、行こう」
「はい! 光さん!」
リビングを抜けて現場である明人さんの書斎へと向かう。
道中、小声で透が尋ねてきた。
「光さん、もしかして、もう犯人の目星がついちゃったりしてるんですか?」
「まあ、大体な」
「さっすがです! 誰なんですか!?」
「何度も言ってるだろ、『まずは自分で考えろ』って。僕がしてやるのは答え合わせだけだ」
こんな感じで、透からの質問は毎回躱している。
まだ何の手掛かりもない上に、ハッタリの通じそうにない透に「どうしてわかったのか」とツッコまれてしまえば、文字通り手詰まりだからだ。
「ほら、現場に着いたぞ、集中しろ」
「はい!」
現場である書斎の扉は、無惨に壊されていた。
だがこれは、パーティーの最中に書斎に行った明人が戻ってこず、また、いくら呼びかけても返事をしなかったので、彼の身を案じた(と主張している)孝仁が鍵のかかっていた扉を蹴破ったためだと聞いている。
沈痛な面持ちを作りながらそう言った孝仁を見て、光は反吐が出そうになるのを堪えた。
鍵がかかっていた。つまり、密室である。そのために、警察は明人さんの死を自殺と断定せざるを得なかったのだ。
「随分と綺麗な部屋ですね」
「そうだな」
部屋は整理整頓がなされていて、加奈子の言っていた通り、明人の几帳面な性格が伺えた。
「でも、本が一冊だけ落ちています」
書斎には壁を覆うように幾つもの書棚が配置されており、それらにはびっしりと本が詰まっていた。しかしながら、その中で落ちていた本は、たったの一冊だけだった。
「ああ」
争った形跡は無さそうだ。なるほど、警察が自殺と断定するのも頷ける。
と光が思った直後、
「変です」
透が呟いた。
「ほぉ。どこがだ?」
とりあえず、光は感心したフリをしておいた。一体、どこが変なのだろうか。犯人を追い詰めるときの参考にしたいから、是非聞かせてほしい。
そう考えた光は、あたかも自分が遥か高みにいるかのような毅然とした態度で、透に尋ねた。
「本当に争った形跡が無いのなら、本が落ちているのは不自然です。勿論何らかの偶然で本が落ちた可能性もありますが、几帳面な明人さんがこれを放置しておくとは考え難い」
……なるほど。
光は素直に感心した。
そして、
「正解だ」
いつものように取り繕う。
「てことは、今のところ怪しいのは孝仁さんですかね?」
「……部分的に正解だ」
何故、わかったのだろうか。
本当にわからない。怖すぎる。
助手である透に戦慄を隠せない光は、それでもその感情をおくびにも出さずに言う。
「どうしてそう思った?」
「光さんも気付いていると思いますけど、孝仁さんの左手首、日焼けしていたんですよ」
「ああ、サーフィンが趣味だからな」
「もう、とぼけないでください! あの人が付けていた時計は防水付きの良い時計ですよ? であればサーフィンの時も外す筈がありません。なのに、孝仁さんの左手首はしっかりと日焼けしていた。これはつまり、あの人は普段、時計を着けていないってことじゃないですか」
ええ、こわっ。あの一瞬でそこまで見ていたんだ。
とは言えるわけもなく、
「すまんな。透を試してみたかったんだ。いや、その通りだよ」
光はまたもや毅然とした態度で答えた。
「やっぱり。でも、部分的に正解なんですか?」
「ああ、そうだ」
「…………」
腕を組んで黙考した透は、何かに気付いたように顔を上げ、
「まさか、共犯がいるんですか」
確信の色が宿った目でそう言った。
「その通り」
こいつ本当に賢いな。
光は内心で驚きっぱなしだった。
「となると、次に怪しいのは徹次さんですよね」
「いい勘してるな」
いや本当に。
「いやいや、だって事件の直前にトイレに行っていたのは彼だけですよ? 疑うのは当然じゃないですか」
「透が一人前になるのも秒読みだな」
「そんなそんな、でも、美子さんも地味に怪しいですよね?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、美子さんは加奈子さんにリビングに残って万が一のために救急車を呼ぶように、と指示したんですよ? 救急車を呼ぶのなんて、スマホで一発です。リビングに残る必要がありません」
「……その通りだな」
この瞬間、すべての点と点が線に繋がった。
「よし、じゃあリビングに戻るか」
「え、まだ現場検証は終わってませんよ?」
「もう十分だからな」
ハッタリの準備は、十全に整った。
だから、
「とっとと事件を解決しよう」
そう言って、光は透を連れてリビングへと戻った。
「何かわかりましたか?」
戻るなり、加奈子が駆け寄って尋ねてきた。その表情からは必死さが滲み出ていた。
それに対し光は、
「ええ、犯人がわかりました」
と、さも当然の如く答えた。
「えっ!?」
「おいおい、一体誰なんだよ!」
白々しく、徹次が言う。場に緊張が走った。
「犯人は……」
一拍を置いて、光は宣言した。
「徹次さん、美子さん、孝仁さん、あなたたち三人です」
「なっ!」
「冗談じゃないわよ」
「まったく、冗談にしても笑えませんよ?」
「静かに」
場を支配するように、光は言った。
ハッタリをかますには、あくまでも己が優位であることが大事なのだ。
「ならば、事件の全貌を紐解いていきましょう。まず徹次さん、あなたは、明人さんが発見される前に、トイレに行っていたそうですね」
「それがなんだってんだよ」
「それ、本当にトイレに行っていたんですか?」
ピクリと、徹次の片眉が上がる。
「どういう意味だよ」
「たとえば、書斎に行った明人さんの後を追って部屋に行き、あなたが凶器のロープを使って首を絞めた、とか」
「テメェ! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「そもそも! パーティーの最中に書斎に行く、ということ自体が不自然なのです。であれば、明人さんの同僚であるあなたが『仕事に関して大事な相談がある』とか何とか言って誘ったのだとも考えられますよね?」
「そ、そんなのただの予想だろ! それに、だとしたら孝仁が扉を蹴破った時点で俺が犯人だってバレるじゃねぇか!」
孝仁の表情が曇る。自分に矛が向いたからだ。
「だから、孝仁さんも共犯なのです」
「……それは、聞き捨てなりませんねぇ」
孝仁の穏やかな表情は、どこか硬くなっていた。
「孝仁さん、あなた普段時計をしていないでしょう。何故今だけは着けているんですか?」
「それが、何か事件に関係があるのですか?」
「ありますとも。体格の細い徹次さんでは、不意を突けたとしても殺すのに時間がかかってしまうかもしれない。だから、業を煮やしたあなたが部屋に向かい、殺すのを手伝った。その時に、手首に抵抗の傷でも負ったのかもしれない。それを隠すための、時計、ではないのですか?」
「面白い推理だよ、探偵さん。だけどね、そんなことをしたら、一緒に来た美子に見られない筈がないだろう」
「ちょっと、何言ってんのよ!」
声を荒げる美子。事件は、終幕に向かっていた。
「ええ、ですから、美子さんも共犯なのです」
「そんな……!」
加奈子が瞠目する。自分の友人が夫を殺した男の共犯者だったのだ、無理もない。
「バカ言わないでよ! だったらなんでアタシが加奈子に救急車を呼ばせたのよ! それっておかしいじゃない!」
「はい、おかしいですよ? だって、あなたは『リビングに残って』救急車を呼ぶように伝えたんですよね? 何のために? 明らかに不要な一言でしょう。その理由は単純にして明快だ。犯行現場を、万が一にも見られないために、でしょう」
「そ、それは……」
「しょ、証拠は! 証拠はあんのかよ!」
徹次が叫ぶ。
まるでまな板の上のコイだった。
「あなたが言うんですか? ロープですよ。警察が自殺に使ったとして回収したロープ。あれを調べれば、一発で事件は解決です」
あれだけ騒がしかった場が、しんと、静まり返った。
最初にその沈黙を破ったのは、
「あなたたち、本当なの?」
加奈子だった。
「……出世のために、アイツが邪魔だったんだ」
観念したように、徹次がポツリと呟く。
「あの人が、アタシを一向に選ばないから悪いのよ」
続いて、美子が誰に向けてでもなく呟いた。
「……ふぅ、どうやら、ここまでのようですね」
孝仁が、両手を挙げて降参を示した。
「透、警察を呼んでくれ」
「……はい」
こうして、事件はたったの一時間で解決した。
────
「それにしても、本当に嫌な事件でしたね」
帰りの車内で、透が言う。
「そうだな」
「明人さんには、多額の生命保険がかかっていたそうです」
「え?」
光は、風向きが変わるのを感じた。
「ああいう保険って、自殺だと保険金が下りない場合があるじゃないですか。だから、加奈子さんは絶対に犯人を見つけてほしかったんじゃないんですかね。ホント、最悪です」
心底不快そうに、透は吐き捨てた。
「それこそ、単なる予想に過ぎないよ」
そう窘めつつも、光はどこか後味の悪さを感じていた。
「そうですね……そうだ、光さん! パフェ食べに行きませんか!? ワタシお腹が空いちゃって!」
「そうだな。僕も何か食べたい気分だ。ファミレスにでも寄ろうか」
「やった! じゃあ早速向かいますね!」
ブウンと加速して、車は道路を一直線に走り抜けた。
さながら、ハッタリだけで事件を解決した光のように。
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