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第39話 私、弟に殺される

 私は応接間に入る。自然と私は壁近くの収納付き本棚の前に向かう。違和感。身体が覚えているのに、魂が覚えていない。そんな気がする。応接間の本棚には辞書類や製本されたブラッドレイン家の資料などが入れられていた。下の収納を開けてみると、何も入っていない。空だった。人が一人入れそうなスペースに何も入れられていない。

『アルフレッド・ブラッドレインの日誌』第二巻および第三巻。頭の中にふと浮かんできた。それの位置も私は知っていた。ちょうど真ん中の段の左端に、その薄めの二冊はゆったりと立てかけられている。他の段は敷き詰められているのにだ。第一巻、第四巻は別の場所にある。その二冊だけがその場所にあるのは不自然だ。

 その立てかけられている二冊を、横に倒す。上が第二巻、下が第三巻でなければならない。これは――ロザリアの記憶だ。私はロザリアと魂を共有した。だから、思い出したのだ。

 私は下の収納を開けて、四つん這いになって入る。収納の壁は回転する。回転すると、横になっていた本と収納の扉が閉まる。そのような魔法細工だ。少し這い進むと、人が数人入れる隠しスペースに出る。これは避難シェルターだ。ブラッドレインの者だけが知るシェルター。

「ロザリア姉様!?」

 私は暗くてよく見えないが、ずっと入っていたアッシュの目は慣れていたのだろう。

「アッシュ……。こんなところにいたの」

「俺を探していたのですか?」

「アッシュの姿が見えなくなって、みんな探していたの」

「それは……申し訳ないです」

 暗くて表情は全く伺えない。声色は、真実であるような気がする。

「姉様はこれからどうするのですか?」

「アッシュも見つかったし、戻ろうかなって」

 嘘とは言い切れなかった。これはアッシュに対しての揺さぶりではあるが、実際戻っても問題ない。またやり直してもいいのだから。

「姉様! それはいけません!」

 アッシュは私の手を取って引き寄せる。戻す気はないようだ。

 正解の選択肢を引いたのかもしれない。

「どうしてなの? アッシュは何か知っているの?」

「それは……言えません。とにかく、出てはダメです」

「うーん、わかったよ」

 そう言うと、アッシュは私の手を離した。

 私達は黙っていた。私も何を話すべきかわからなかった。問い詰めるべきではないような気がした。

 やがて、悲鳴が聞こえ始める。メイド達が殺されているのだ。ロザリアの両親も死んでしまった頃だろう。

 弟がすすり泣いている。弟も何が起きているのか、誰が殺されているのか理解しているのだ。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。わからなかった。もう悲鳴も物音も聞こえない。本当の静寂。私達以外、誰も生きていないのだろう。

「姉様……俺は魔法の才能なんて……本当は……」

 それは私に向けられた言葉ではなかった。ロザリアでもない。彼は自分のために言っているのだ。

「アッシュ、何か知っていることがあるのなら話して」

 彼はやはり答えない。時折、呼吸音に混じってごめんなさいと呟いているのが聞こえた。

 一時間以上経ち、アッシュも泣き止んでいた。動こうとする様子はない。

「アッシュ、ここから出よう」

 私は立ち上がって体育座りで座り込んでいるアッシュに向かって手を差し出した。

 アッシュは顔を上げて私を見る。その端正な顔立ちに、泣き腫らした目は不釣り合いだった。

「いこう」

 私がそう言うと、アッシュが立ち上がった。私は踵を返して出口の方に振り向くと、アッシュに突き飛ばされたのだった。

 床に倒れ込み、私は仰向けに体勢を変えたところで私の首に彼の両手が伸びてくる。

「がぁ」

 首を絞められて、喉にあった空気がそんな音を出した。

「ごめんなさい……。生かしてもらえるのは一人だけだから……」

 絞める力が少しずつ強くなる。一気に全力で絞め落とさないのは優しさか、怖れか。

 本気で殺したいなら魔法の方が手っ取り早い。それなのに、絞殺を選んだ。

 アッシュは反撃をされてもいいと思っているのだということに気づく。反撃で殺されても仕方がない。それならそれでいい、きっとそう思っている。

「ロザリア姉様……ごめんなさい。俺はまだ死にたくない」

 私は反撃をしない。意識が遠のきつつある。視界がぼやけている。息ができなくて苦しい。声も当然出せない。

 最後の力を振り絞って、彼の顔に手を伸ばす。目を潰されるかと思って、びくっと少しだけ身を引いたのがわかった。目を潰せば、首を絞めている力は弱まって抜け出せるだろう。そして、きっとアッシュはそれを受け入れた。けれども、私がするのは目を潰すことではない。顔の横を素通りし、頭まで伸ばす。私はアッシュの頭を一撫でしたところで意識が途絶えた。

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