第13話 俺が思ってた以上に、俺は弱かったみたい
ニオさんとマップ攻略、モンスターの情報集めを始めて3時間。時刻はもうすぐ、午前4時。マップで見ると下側が欠けた三日月のような形をしているロクノシマは、最も長い直径が約20㎞もあるらしい。日本地図からしたらまだまだ小さいけど、アンリアルでの移動手段は主に徒歩。20㎞を歩こうとすると、5時間はかかる。
さすがにゲームで5時間も歩いてるだけなんて我慢できるはずもない。だから、多くのプレイヤーは走って移動する。実際に体を動かすわけじゃないから、現実に比べると持久力は求められない。俺の場合、3時間くらいなら余裕で走り続けられる。
けど、なんて言うんだろう。気疲れ? みたいなものはきちんと感じるんだよね。
脳波の操作によって何もかもが忠実に再現されたアンリアルは、明晰夢に近い。目が覚めたら汗をかいていたり、なぜか疲れていたりすることは誰しもあると思うけど、それに近い疲れを感じることはあった。
話を戻して、移動手段の話。これまでは歩く、走る。あるいは〈操獣〉スキルを取ることで、馬などの『騎獣』と呼ばれる動物系モンスターに乗ることが主な移動手段だった。人や物を輸送することが商いとして成立するくらい、移動に関しては適度に不便だったと言える。
そんな折、魔動機と呼ばれるモンスターのカテゴリーが追加されたわけだ。魔動機……つまりは、機械。機械の、移動手段と聞けば、いくつか候補が浮かぶ人も多いんじゃないだろうか。
つい先ほど、20体目にしてようやくコロン(球形の魔動機モンスター)が1つだけドロップアイテムを落とした。その名も『魔動機の破片D』。3時間近く粘って、ドロップアイテムが1つ。あまりにも、効率が悪い……って言う愚痴はこの際、置いておいて。ドロップアイテムを手に入れると、そのアイテムを使って作ることのできる武器や防具、アイテムが表示される。
その中に、あったんだ。魔動機ならではの、移動手段――『魔動バイク』が。
「気持ち良いわね、斥候くん! やっぱり乗り物は、人の手で運転しないと!」
俺の前方に座ってバイクを運転するニオさんが、楽しそうに笑って俺の方を振り向く。対して、ニオさんの細い腰にしがみつく俺は気が気じゃない。
「ニオさん! お願いだから、前見て、前!」
今や全ての乗り物がAIによって制御されている。人が運転するという前時代的で危険な状況に、あの日――家族とウタ姉の足が失われた交通事故がちらつく。
広大なロクノシマを効率良くマップ埋めするためには、人の身では限界がある。だからバイクに乗ろうと言うニオさんの提案に乗ったのは間違いじゃなかったと思う。魔動バイクは動物系モンスターと違って、アイテム。つまり、フィーが〈変身〉できる。
というわけで、フィーに真っ白な魔動バイクに〈変身〉してもらって。自動運転可能で、時速60㎞も出るんだ、なんてニオさんと驚いたところまでは良かった。けど、その後。目をキラッキラ輝かせるニオさんが、運転したいと言ってきた。
(後部座席だと景色見えないもんね)
なんて、俺が遠慮してニオさんを運転席に座らせたのが良くなかったんだろう。
てっきりAIの自動運転に任せるのかと思ったら、まさかの手動っていう。
森の中、凹凸の激しい地面。揺れるに揺れる車体。蘇る交通事故の記憶。俺は力なく、ニオさんの細い腰に抱き着くことしか出来なかった。
「せ、斥候くん? セキュリティアラートが出てるんだけど?」
声に困惑をにじませながら、俺を振り返るニオさん。セキュリティアラートは、フレンドやパーティメンバーなど、接触可能な他のプレイヤーが過度な接触が感知されたときに表示される警告だ。言わずもがな、セクハラや暴行を防止するための機能で、目線だけで接触の許可・拒否を行なうことができる。
そして、もし接触を拒否した場合、一定時間、該当プレイヤー同士はお互いに接触不能になる。
「ごめん! 俺、ちょっと目を開けられそうにないから、ニオさんが接触拒否して!」
自転車とかは大丈夫だったから油断してたけど、自分で思っていたよりもずっと、俺の中であの日の交通事故は大きかったみたいだ。
いま接触拒否をされたらどうなるのかは分からない。ニオさんにセクハラを働く俺がバイクから転げ落ちることになるのか、それとも、俺のサポートAIフィーに乗っているニオさんがバイクから落ちるのか。いずれにしても、この地獄みたいな状況から抜け出せるならなんだって良い。
(頼むから、止まって……っ!)
祈るようにして事の成り行きに身をまかせること、体感にして数分。
「……うくん。斥候くん」
ふと聞こえたニオさんの声で、俺はゆっくりと目を開ける。視界に映るのは、セキュリティアラートのメッセージボード。その奥に、心配そうな顔で俺を見下ろすニオさんの顔がある。いつの間にかバイクは止まっていて、鳥たちの声と、のどかなBGMが俺とニオさんを包んでいた。
「あ、れ……? 止まってる?」
「その……大丈夫? ごめんなさい、まさかそこまで怖がるなんて思って無くって」
「いや、俺の方こそ抱き着いてごめん。正直、こんなに怖いとは思って無かった」
ようやく精神的な余裕が生まれて、ニオさんに抱き着くのをやめることが出来た。
木漏れ日照らす、森の中。ひとまずバイクから降りて、1つ伸びをする。と、傍らから「きゃっ」と短い悲鳴が聞こえて来た。見てみれば、地面にへたり込むニオさんと、ニオさんのことを冷ややかに見下ろすフィーの姿がある。どうやらフィーが自分から〈変身〉を解いたらしい。そのせいでニオさんが空中に放り出され、そのまま真下に尻餅落下したんだろう。
「イタタ……」
「ん~っ!」
腰をさするニオさんに対して、敵対心満載に舌を出し、俺の方へと駆けてくるフィー。そのまま俺のお腹に抱き着くと、ぐりぐりと頭をこすりつけてくるのだった。
「フィーが、ごめん……」
「いいの。悪いのはあたしだから。初めてアンリアルでバイクに乗れたから、ちょっとだけ調子に乗り過ぎてしまったみたい。だから改めて、ごめんなさい」
座ったまま尻尾と耳をしおれさせ、ぺこりと頭を下げるニオさん。
とは言え、誰も……それこそ、俺自身すらも、まさか自分があそこまで怖がってしまうとは思っていなかった。ニオさんが俺の過去を知っているはずもないし、むしろ、俺が怖がり過ぎだと言われても仕方ない。それに俺の方も、ニオさんにセクハラをしてしまっている。
「俺も、改めて。どさくさに紛れて抱き着いてごめん」
「……? 良いのよ。あたしが運転席に座るって言ったんじゃない。どうせゲームの中だし、斥候くんになら問題ないわ」
ゲームと現実は別だと、ニオさんは割り切っているみたいだ。
「……俺が下心で抱き着いた可能性もあるけど?」
「同級生になっさけない姿を見せて、アカウント停止処分のリスクも負って。狙ったのが腰へのお触り? だとしたら、収支の計算を間違えているわ、斥候くん。せめて胸くらいはいかないと」
白金の鎧に包まれた自身の胸を触って、ころころと可笑しそうに笑うニオさん。リスク・リターンとかそういう問題じゃないように思うけど、常に勝敗を考えるニオさんらしい考え方だとも思う。それに……。
(口ではそう言うけど、ニオさんなら護身術か何かで絶対に触らせ無いんだろうなぁ)
むやみに自分の身体を触られることを良しとしないからこそ、身を守るための護身術を身につけてるんだろうしね。
「ふぅ……」
話してたら、気持ちも落ち着いて来た。学生とは言え時間は有限で、油を打っている暇はない。
「よしっ、探索再開にしよう。……フィーさんや」
「んー……?」
お腹に抱き着いたまま、顔を上げて俺を見上げるフィー。そんな妖精さんに、俺はもう一度、魔動バイクに〈変身〉するようにお願いする。
「……ん?」
眠そうな青い目で俺をジィッと見つめて、大丈夫なのかを聞いてくる妖精さん。サポートAIとして、主人である俺を脅かすものに〈変身〉することを躊躇してる……のかな?
「大丈夫……だと思う。ただ、今回は自動運転で」
別に俺は乗り物それ自体が怖いわけじゃないはずだ。朝、通学でバスを使ってるわけだし。あくまでも、人間が運転している乗り物が、苦手……なんだと思う。
「だから、フィー。俺が『ストップ』って言ったら止まって。最終的な操作の主導権が俺たちにあれば、フィーも良いよね?」
「……ん」
ややためらうような間があったけど、コクリと頷いたフィー。俺から身を離すと、その場でワンピースを揺らしながら一回転。すると、妖精のシルエットは、一瞬にして真っ白なバイクへと姿を変えたのだった。




