第12話 遠距離火力役(メイジ)が居る攻略
ゲームの設定として、ロクノシマは数百年前まで魔動機と呼ばれる機械の工場がたくさんあったらしい。しかし、魔王が使役する魔物たちの侵攻を受けて廃棄されたという背景を持つ。そのため島の各所には、廃工場がたくさんある。
工場と言っても、俺たちが想像するような薄い金属の壁で出来てるわけじゃない。苔むした石づくりの壁にひび割れた石柱。幻想的でありながら退廃的な雰囲気は、なるほど。ニオさんが「祠」と表現したように、どことなく荘厳な雰囲気を纏っていた。
そして、廃工場。打ち棄てられた魔動機。それらのワードを聞けば、ゲーマーなら誰しもが同じ想像、あるいは期待をすると思う。
廃工場に入れば暴走した魔動機が、襲い掛かって来てくれるんじゃないかって。
天井や壁が所々崩れてしまった、廃工場。差し込む陽光に照らしだされる内部の大きさは30m四方くらいだろうか。森の中に巨大な箱をぽつんと置いたような、そんな廃工場の一角で。
「斥候くん、来るわ!」
「分かってるっ」
注意喚起するニオさんの声で、俺は、今まさに砲塔に光を集約させる魔動機のモンスター『コロン』に目を向ける。
コロンは、球形の本体から4つの足が生えたようなシルエットをしている。全体の大きさは1mくらいだろうか。正面には直径5㎝、長さ30㎝ほどの筒がついていて……って言えば、もう何をしてくるのかなんて俺でなくても分かるだろう。
『Piii』
電子的な声? 音? と共に、レーザーが放出される。現状、俺は似たようなスキルを知らないから、ひとまず〈光線〉とでも名付けよう。2秒ほど光が集約するエフェクトが入り、直後、砲塔と同じ太さのレーザー光線が飛んでくる。ついでに威力は100、魔法系スキルの扱いだった。
文字通り光の速さで跳んでくる〈光線〉は、見てから避けることなんて不可能だ。ただし、砲塔の向きから軌道を予測することは出来る。光が集約され始めて、1、2……。
「「今!」」
俺とニオさんが左右に跳ぶと、その間を太いレーザー光線が駆け抜けていった。
敵の攻撃を回避した俺は素早くコロンに接近。フィーを打撃系の武器に〈変身〉させて、思いっきりぶん殴る。重い金属が地面に落ちたような音が響き渡ると同時に、表示されるダメージは(175-25)×1.5×1.5の337。一撃のもとに、コロンLv.30はポリゴンと化した。
「ふぅ――」
「斥候くん。避けて」
「え? うわっ!?」
振り向きざま、俺はニオさんが俺に向けて撃って来た〈火球〉を、しゃがむことでギリギリ避ける。さらに続けざまに、俺の頭上を雷と氷の槍が通り過ぎていく。1秒も経たずに廃工場に響く爆発音。背後から押し寄せる熱波に乗って、氷が蒸発したことで発生した湯気がロウリュウサウナのごとく俺を襲った。
味方の攻撃による副産物だから、ダメージが発生しないのが幸いかな。恐る恐る背後を振り返れば、蒸気の奥でコロンらしきモンスターがポリゴンとなって消えて行く様が見て取れる。俺が敵の前衛を倒したことで、背後に隠れていた敵をニオさんが処理してくれたんだろうけど……。
「も、もうちょい前衛への配慮があると嬉しいんだけど?」
戦闘が終わり、一息ついたところで俺はニオさんに非難の目を向ける。
ダメージは無くとも、魔法系スキルはプレイヤーを貫通しない。味方プレイヤーに当たってしまえば、その時点で魔法は効力を失ってしまう。もし俺が回避できなければ、攻撃が無駄になっていた。あと、味方への攻撃はダメージこそ無いけど、触角には影響がある。痛いし熱いし冷たい。毎回サウナ気分を味わわされる身にもなって欲しい。
じっとりした俺からの目線に対して、意外そうな顔を見せながら数度の瞬きを見せたニオさん。
「何を言ってるのよ。大丈夫、斥候くんなら避けられるわ。事実、避けてくれてるし、これまでの戦闘でも当たってないでしょ?」
当然よね、とでも言うように、不敵に笑っていらっしゃる。
「それに、常日頃から練習をしていないと、いざという時に息が合わないじゃない。斥候くんには、あたしがいつ、どんな風に攻撃をするのか把握しておいてもらわないと」
逆にニオさんの方も、俺の動きの癖だったり、考え方だったりを把握して攻撃をしているとのこと。
「あたしの行動が見えないぶん、前衛の斥候くんの方がプレイングも難しいのは分かっているつもり。けど、だからこそ安心して? たしは斥候くんに魔法を当てないし、避けられない魔法は使わないから!」
己の魔法の腕前に対する圧倒的な自信と、俺への過剰な期待とを覗かせながら笑う。そんなニオさんに付ける薬は無いとため息をついて、俺はドロップアイテムの確認を行なう。しかし、当然のように、そこには何も落ちていない。
(必死に戦ったのに、対価なし……)
アンリアルではドロップアイテムは落ちないのが“普通”だ。そのシステムは理解しているし、少し前までは納得できていた。なのに、トトリとプレイした後だと、ドロップアイテムが無い事実が妙に虚しく感じる。
「ふっ……。斥候くんもトトリロスに入ったわね」
薄暗い廃工場。土砂やホコリで汚れた地面を見て立ち尽くす俺の隣に、ニオさんが並ぶ。この人も、ドロップアイテムを確認しに来たみたいだ。
「トトリロス……? 何それ?」
「トトリと一緒にプレイした後だと、あの子の可愛さが恋しくなるでしょ? あと、どんなことも虚しく感じる。諸行無常、詫び寂びを感じざるを得ない。それこそが、トトリロス。にゃむ~」
遠い目をして、廃工場の崩れた天井を見遣るニオさん。前半部分は否定の余地があるけど、後半部分はまさにその通り。どうやらニオさんも、ゲーマーとして、トトリがゲームで見せる運の良さには呆れてしまっているようだった。
ついでに「にゃむ~」は、ニオさんが配信で使っている言葉らしい。引用もとは仏教用語の「南無」。ままならないなぁ、と思った時に使うそうだけど……。
「どうしたの、ニオさん。顔赤いけど」
「……ううん、あれね。自分の配信用語を自分で解説するのって、かなり恥ずかしいわね」
と、珍しく? 尻尾と耳を垂れさせて、しおらしい態度を見せている。
(良かった。ニオさんにも恥ずかしいって感情、あったんだ)
あまりにも人間離れしてるから闘争心の化け物かと思ってたけど、ちゃんとニオさんも人間だった。なんて、俺が安心したのもつかの間。
「何か失礼なことを考えてそうね。良いわ、決闘しましょう?」
それこそ常人とは思えない直感でもって、俺の思考を看破してくる。この人、本当に人間なのかな……? AIのフィーよりもよっぽど、人間離れしてるような。いや、まぁ、もちろん現実でも会ってるから、人間なんだけど。
「いや、まだ現実のニオさんが機会人間って可能性も――」
「〈炎弾〉」
う~ん、さすがにからかい過ぎたみたい。心の距離を詰めるにはイジってあげるのも手だってウタ姉は言ってたけど、どうやらニオさん相手にはまだ早かったみたいだ。反省の意味も込めてきちんと業火に焼かれた後、ニオさんに謝ろう。
ゆっくりと落ちてくる〈炎弾〉を眺めながら、本来はこれが攻撃力500もある魔法攻撃であることに改めて感心させられる。
スキル選択の幅=戦略の幅という意味で、魔法系スキルは他の追随を許さない。反面、スキルポイントが足りない序盤は器用貧乏になったり、火力不足になることも多い。だから辛抱強くレベルを上げて、そのうえで魔法を成長させていくことが求められる。
けど、大抵の人は早い段階で魔法に見切りをつけて、武器のスキルに手を出す。そして、補助として魔法を使う人が多い。
例えば、勝手に相手プレイヤーを追尾する雷の玉を作り出す〈雷球〉。適当に〈雷球〉を使って、あとは武器で相手を攻撃する。それだけで、その戦略を取られたプレイヤーは武器の攻撃と、自身を追尾してくる〈雷球〉、双方の処理をしなければならない。相当なストレスになるだろう。
本来は、そうやって魔法を使う方が簡単で、無駄がない。
だけど、ニオさんは違う。近接戦は全て持ち前の運動神経と武器攻撃力だけでカバーして、レベルアップで得たスキルポイントのほとんどを、魔法系スキルに注ぎ込んだ。自分のプレイヤースキル、ひいては現実の自分自身の能力に対する相当な自信と、長い長い器用貧乏期間を耐えきる忍耐。そして、超長期的なゲーム的視野が求められる。
そうして、ニオさんの自信と忍耐と、何よりの努力が詰め込まれているだろう巨大な火の玉は、俺が思っていたよりもずっと、ずっと、熱かった。




