第11話 勝負は大体、始まる前に終わってる
バイトを終え、烏の行水にも負けない速さでシャワーを浴びれば、アンリアルに集中する準備も完了だ。
「あっ、コーくん。今からゲーム?」
「あ、ウタ姉。うん、そう」
「そっか! ちゃんと楽しんできてね!」
食器を洗い終え、これからお風呂に入るらしいウタ姉とそんな会話を交わしてから部屋に戻る。中古のゲーミングチェアに座り、シナプスを起動すれば……。
「ふぃ~……」
待ちに待った、バーチャルの世界だ。宿屋の木製ベッドから香るヒノキにも似た木の匂いと、ほんのり感じる潮の香り。港に面した窓からは、イベント初日のにぎやかな声が漏れ聞こえてくる。
(よっし、さっさとロクノシマに移動してしまおう!)
ベッドから起き上がると、
「ん~!」
ログインボーナスこと、フィーのお出迎えイベントだ。普段なら俺の腕の中に落ちてくるんだけど、今回はベッドの脇に現れて、
「ん! ん!」
鼻息荒く、早く行こうと急かしてくる。そんなフィーにローブを着せてあげた後、宿屋を出れば……。
「お~~~……!」
アップデート直後に負けずとも劣らない活気が、シクスポートの港を包み込んでいた。
港には、日ごとにレンタルできる屋台があって、市場のようになっている。アップデート直後でもあまり埋まっていなかったその屋台が、今は満席状態。あちこちから客引きの声が飛んで来ている。建築素材を始め、武器や探索用アイテムなど、必要物資の売買なんかが行なわれているみたいだった。
「えっと、確か定期船に乗ってロクノシマに行くんだっけ?」
俺の確認にコクリと頷いた後、小さな指で「あっち」と木造船を指さしたフィー。港には2隻の船が停泊していて、出航の時を待っている。
「ん~……! ん~……!」
俺の服の裾を引っ張って早く乗ろうと前のめりなフィーに従ってあげたいところなんだけど……。
「ちょっと待ってね、フィー」
軽く断りを入れて、俺はメールボックスを確認する。イベントということで、お客さんから連絡が来てたりするかも、なんて思っていたら、やっぱり。
「ドドクロさんからはロクノシマのモンスターの情報。Akiさんとぷーさんからは物資調達のお願い」
みんな、中学時代からの常連さんだ。ただ、その全員に共通しているのは、ロクノシマ全体の地図が欲しいと言うもの。もちろん数時間もすれば攻略組によって大まかな地図情報がネットに拡散されることだろう。もう既に、情報が公開されているかもしれない。
だけど、俺の顧客になってくれているプレイヤーさん達は、どこに何があって、何が居るのか。そうした情報を、『斥候』というキャラクターの目線を通した地図で見たいと言ってくれている。
(どうせ俺もロクノシマは探索することになるし……)
俺は軽い挨拶と共に、了承の意思を返していく。
最近は、あまりソロでプレイ出来ていなかった。イベント初日。最も情報が求められる今、斥候役たる俺が動かないわけにはいかない。
「よし、行こうか、フィー」
「ん~~~っ!」
天高く拳を突き上げてやる気を示すフィーを連れて、俺はロクノシマへ向かう船を目指した。
そんな俺たちがシクスポートを発ってから、はや1時間。
マップで見ると、南側……下側がぽっかりと空いた三日月の形をしているロクノシマ。その西部にある鬱蒼とした森の中を、俺は走っていた。
「ねぇ、斥候くん」
「…………」
結構な速さで走っている俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえてくるけど、無視だ。今は、与えられた斥候役として役割をこなさないといけない。
「ねぇねぇ、斥候くん」
「…………」
イベントが始まって、もう既に6時間ほどが経ってしまっている。さっき確認してみれば、島全体の大まかな地図は攻略組によってネットに公開されていた。
となると、俺はここから3時間ほどをかけて、ダンジョンがありそうな場所や、モンスターの生息地と言った地形情報を。その次に、モンスターの行動パターンや弱点などを探っていかないといけない。
情報は、鮮度が命。なるべく早く、俺を必要としてくれる人たちに情報と物資を届けないと。さもなければ収入が減って、ウタ姉の役に立てない。だから一刻も早く、地形とモンスターの情報を――。
「ねぇねぇねぇねぇ、斥候くん!」
「あ~、もう、うるさい!」
足を止めて背後を振り返ると、そこには黒い尻尾と三角の耳をしきりに動かすニオさんの姿があった。
「あっ、やっと反応してくれたわね。……何してるの?」
悪びれる様子もなく小首をかしげ、尻尾を揺らして好奇心だけで聞いてくる。
「マップ埋めだよ、マップ埋め。頼まれてるの」
「頼まれてる……? 誰に、って……なるほどね。あなたが前に言っていたフレンドの7人。お客さんだとするなら、納得ね!」
手を打って、理解の色を示したニオさん。まるで俺に友達が居ないかのような言い方は、やめて欲しい。ゲームではともかく、現実の方には沢山いる……はず。
「あれ? だけど、もう既にロクノシマのマップ情報は公開してあるはずだけど」
「知ってる。ただお客さんは、俺の目を通して見た情報を求めてくれてるってだけ」
「ふ~ん、なるほど、なるほど……。それじゃあ……」
ニオさんが手元を操作するそぶりを見せると、俺の所に1通のメールが飛んでくる。差出人は、ニオさん。内容を確認してみれば、ネットに公開されているロクノシマのマップの上に、2つの「×印」が書かれたものが送られてきた。
「これは?」
「あたしが今日の配信の時に見つけたダンジョンっぽい祠の場所。斥候くんにも教えてあげようと思って」
それだと視聴者の人が知ってしまってるんじゃないか。そんな俺の疑問に先回りするように、
「安心して。あたしが内心『そうかも?』って思っただけで、配信では触れてないわ」
ニオさんが、的確な補足説明をしてくれる。つまり教えてくれた×印は、正確には“ダンジョンの場所”じゃなくて“ダンジョンがある可能性がある場所”ってことだろう。
「……情報提供、素直にありがとう。で、目的は?」
ニオさんは良い人だとは思うけど、善意だけで動くような人じゃない。今回、俺にとって有益な情報を渡してくれたことには必ず意図があるはず。そう思って聞いてみたら、案の定。
「ふふん、話が早くて助かるわ」
得意げに笑ったニオさんから、パーティ申請のメッセージボードが飛んできた。言わずもがな、情報をあげたからパーティを組もうってことだろう。
「斥候くん。これからモンスターの情報も集めるんじゃないの?」
「それは、まぁ、そうだけど」
「あたしが居れば、得られる情報の幅が広がる。具体的には……そうね。モンスターごとの魔法の属性相性と、複数人で挑んだ場合の行動パターンの変化あたりを知れると思うけど?」
これまでのやり取りで小鳥遊好という人間性を正確に見抜き、どうすれば俺が頷くのかがよく考えられた言動だ。
今、パーティを組むことを了承すれば、まさにニオさんの手のひらの上で転がされるようなもの。思うところがないどころか、めちゃくちゃ腹が立つ。……けど。
「まさか、報酬を受け取っておいて嫌とは言わないわよね?」
いやらしく笑ったニオさんの言う通り、俺は先払いで“情報”という名の報酬を貰ってしまった。しかも、お金やアイテムと違って返却することができない。
(……そう思うと、メールを開いた時点で俺は詰んでたんだ)
駆け引きに気付いた時には、もう決着がついていたという話だった。
となれば、ここからは俺自身を納得させる作業だ。トトリの時とは違ってニオさんはゲームでも問題なく動けるプレイヤー。パーティを組んでも行動上のストレスは無いと思う。……精神的なストレスは、トトリにも引けを取らない気がするけど。
それでも、ニオさんが示してくれたメリットは至極妥当なものだと思うし、何より、ニオさんとゲームをしてみたいと言ってフレンドになったのは俺だ。
誰かと一緒に“斥候として”情報を集めるのは初めてで、効率が良くなるのか、悪くなるのかは分からない。けど、効率よく情報を集められる可能性があるのなら。ひいては収入が増えて、少しでもウタ姉の役に立てるのなら。俺は「なんとなく負けた気がするから嫌だ」なんていう幼稚でつまらない意地は、捨てないと。
「……分かった。よろしく、ニオさん」
「ふふっ。素直でよろしい」
パーティ申請の「Yes」を押した俺に、ニオさんが満足げな顔で尻尾を揺らす。こうして俺・斥候とニオ。ゲーマー2人はひとまず、即席のパーティを組むことになった。




