第10話 超・他者依存の天才少女
入鳥さんと作戦会議を終えて教室に戻る。その道中、ニオさんが所属するクランの目的も、モンスター部門であること。また、「ニオ」としてはSNS部門を狙って行くつもりだということを教えてくれた。ついでに鳥取は、イベントでもぼっちエンジョイ勢を貫くらしい。折角のお祭りなのに、とは思わないでもないけど、それもそれでゲームの楽しみ方の1つだよね。
「またね、ミャーちゃん。た、小鳥遊くん、も」
まずはB組の前で鳥取と別れ、
「バイバイ、小鳥遊くん」
「あっ、入鳥ちゃんだ! って、おやおや~、彼氏~?」
「あははっ! 違うわ、大事なお友達よ」
そんな感じで友人と消えて行った入鳥さんと別れた後、俺も渡り廊下を渡って、反対側の校舎にあるG組へと戻る。席に着くと押し寄せて来た疲れに、ふぅと長い息を吐く。
入鳥さんと、鳥取。どちらを相手にするのも、かなりカロリーを消費するタイプの人たちだ。それこそ、さっき食べたお弁当のカロリーくらいなら今の昼休みだけで消費できたかもしれない。
(……けど。たまにはこういうのも、悪くないよね)
学校で、あれだけの熱量を持ってゲームの話をしたのはいつ以来だろう。
個人的にだけど、ゲームの話って大声でするようなことじゃないと思ってる。だから、俺から話題に出すことはほとんど無いんだけど、今回はグイグイ来る入鳥さんのおかげで、たくさん話すことが出来た。
(……他人と趣味の話をするのって、結構楽しいんだなぁ)
自然と頬が緩んでしまうのを自覚しながら、もうすぐ始まる午後の授業を前に、授業用のタブレット端末を取り出していた時だ。
「お~い、コウさんよぉ。お前、入鳥さんとどういう関係なんだぁ、あぁん?」
右隣の席に座るバスケ部男子、ケンスケがおどけるように聞いてきた。表情、声色、タイミングから何を聞きたいのかをおおよそ察する。
「多分、ケンスケが想像してるような関係じゃないと思うよ?」
「お~う? ふ~ん?」
好奇心を隠さない不躾な声と視線を俺に向けてくるケンスケには適当に溜息を返しておく。
けど、チラリと時計を見てみれば、授業までもう少し時間がある。このままボーッとしてても時間の無駄だし、入鳥黒猫という人についての情報も集めておこうかな。ウタ姉との会話の種にもなるしね。
「ケンスケ。入鳥さんってなんの部活か知ってる?」
「……その感じだと、コウ。お前まじで入鳥さんとは何もなさそうだな」
「さっきから、そう言ってるし」
その後のケンスケの話だと、入鳥さんは運動部の中で、もう既にちょっとした有名人らしい。体験入部の時に持ち前の運動神経を披露して、スカウトした部活もあるんだとか。
「けど、結局、入鳥さんはどの部活にも正式には入ってないらしいぜ」
「あれ? じゃあ帰宅部ってこと?」
てっきり陸上部とか器械体操部あたりだと思っていただけに、思わず聞き返してしまう。そんな俺の問いに反応したのは、後ろの席にいるスポーツ女子・千木良だった。
「お? もしかして、“伝説の助っ人”こと入鳥ちゃんの話?」
「伝説の助っ人……?」
「そう! 普通、運動部で掛け持ちは許されない。けど、あまりの才能の高さに、曜日ごとに行く部活を変えることが特例で許される最強女子。それが、入鳥黒猫ちゃんなのです!」
なぜかドヤ顔で、千木良が入鳥さんを紹介する。そして、千木良が語った内容もまた、驚くべきものだ。何でもできるだろうとは思ってたけど、ここまでとは思って無かった。
「入鳥さん、マジで主人公過ぎる……」
「ほんとにね。うちの部でもエース級だもん。私もあんだけ才能があれば、部活に悩まなかったのになぁ……」
机に両肘をついて、むくれていらっしゃる千木良さん。ついでにこの人は、最終的には硬式テニス部の方に入ったらしい。中学時代のソフトテニス部の経験を活かせる。そう思って入ってみたものの、苦労してそうなのは今の発言から察することが出来た。
そうして入鳥さんの光にやられて落ち込む千木良に代わって、ケンスケが入鳥さんが“仮”入部している部活を挙げていく。
「器械体操に、チア、ダンス部。女バスはポイントカード、女バレはセッター……。陸上は短距離と幅跳びだったと思う。サッカー部だとトップ下とか、ボランチが多いって聞いたな」
専門用語が多くてよく分からなかったけど、ケンスケ曰く、ゲームを組み立てる役割を担うことが多いみたい。個人競技だけじゃなくて、団体競技もそつなくこなすところが、本当に抜け目ない人だ。ケンスケも俺と同じ考えらしくて、
「身長は170ちょっと。スポーツするには高いとは言えないから、そりゃあ役割は限られるけど。個の力もあって、全体を見る視野の広さもある……。凄いだろ? そんなの、スポーツやってる奴なら誰でも憧れると思うぞ」
子供みたいに目を輝かせて、入鳥さんについて語るケンスケ。
ルックスも良いし、人当たりも良い。性格はちょっとクセがあるけど、別に頭に血が上りやすいとかそういうこともない。理解力もあって、何よりも人心掌握にも長けている……。
(化け物過ぎるでしょ、入鳥さん……)
誇張抜きにしても、1年後には六花高校の全生徒が入鳥さんの名前を知ることになりそうだ。
「ただ、不思議なんだよねぇ」
そうこぼしたのは、つい今しがたまでむくれていた千木良だ。
「入鳥さん。今は全部のスポーツをまんべんなくやってるから上の下あたりで止まってるけど、どれかに専念したら絶対に国体に出れると思うんだ~」
努力の方向性を絞れば、日本を代表する……ともすれば世界を代表する選手になれると、千木良は語る。
「あ、それはオレも思った」
そう言って、千木良に賛同したのはケンスケだ。
「先輩の評価だけど、欲張りすぎてるって言ってたな。そのせいで、もっと上を目指せない、みたいな。……まぁ、器用貧乏なんて言えないくらい、プレイのレベルは高いらしいんだけど」
スポーツをしてる2人から見れば、今の入鳥さんのあり方は、勿体ないと感じるらしかった。
言うなれば「器用贅沢」。それこそが、入鳥さんを言い表すうえで適切な表現になるのかも?
ただ、入鳥さんのスペックの高さを「才能」の一言で割り切ってしまうのは違う気もする。柔らかな身のこなし、しかり。広い視野と、明晰な頭脳を持って状況を判断する力しかり。そのどれもが、ただの才能だけで手に入るとは思えない。
もし入鳥さんに才能があるとするなら、それは持ち前の負けん気だけなんじゃないだろうか。誰にも負けたく無くて……いや、誰にでも勝ちたくて、入鳥さんは小さいころから努力を続けて来たはず。むしろ努力してくれていないと、同じ人間として困る。
けど、入鳥さんが努力する理由が“勝つこと”なのだとしたら。努力の理由が己を磨くという内因的なものでは無くて、相手がいることで初めて成り立つ外因的な理由だとしたら。
(もし入鳥さんに勝てる人が居なかったら、入鳥さんは努力する意味を見失っちゃうんじゃ……?)
府立六花の部活は、どこも、中の上あたりだと聞く。良くて地方大会ベスト8くらい、だったかな。国公立としては上々の出来だけど、設備が整った私学とは比べるべくもない。そして、そんな“良くて中の上”の府立六花に入鳥さんを越えるような人材は集まらないだろう。
『面白そうだから!』
それは、入鳥さんが俺に語ってくれた行動理念だ。
もし本当に“面白そう”とか“楽しそう”が入鳥さんの行動理由だとするなら、入鳥さん自身が努力しても良いと思えるような人が……面白そうだと思える人が、府立六花高校には居なかったんじゃないだろうか。そう考えてみると、例えば入鳥さんが特定の部活に専念して“それ以上”を目指そうとしないことにもある程度納得がいく気がする。
だから入鳥さんは、ゲーマーなのかもしれない。自身が負けていられる。楽しく努力していられるゲームに全力を注いでいる。だって入鳥さんは言っていた。自分が「超の下」なんだって。それはつまり、超の中・超の上と、入鳥さんが自分よりも実力があると思っている人が最低でも2人は居るのだと認めている証拠になると思う。
真実のほどは、もちろん分からない。唯我独尊で自信家な入鳥さんが、努力の理由を他者に求めているのも少し不思議な話だ。
それでも、鳥取には誰にも負けない完ぺきな自分を見せたい、と言っていた入鳥さん。あの言葉が嘘だとも思えない。目に見える者全てに勝つ。逆を言えば、自分に勝つ存在が居なければ、努力の意味も方向性も見失ってしまう。
――圧倒的に他者依存な成長を見せる存在。
「それが入鳥さんの弱点、なのかも……?」
この時ようやく「入鳥黒猫」という女子生徒の人間性を少しだけ理解できた気がした。




