第9話 消えたおにぎりの行方は鳥取のみぞ知る――
アンリアルで俺(斥候)とニオさんとがフレンドになった、その翌日。日付にして5月の31日金曜日の昼休み。場所は、府立六花の空き教室。
「早速、作戦会議と行きましょう!」
俺とニオさんは昼食を食べながら、今日の午後6時から始まるストーリーイベントに向けた作戦会議をする……らしかった。というのも、今朝、登校してみれば、正門前でジャージ姿の入鳥さんに待ち伏せされていた。多分、部活の朝練でもしてたんだろう。
そして、俺と目が合うや否や、
『おはよう、小鳥遊くん。例の件で話があるの』
『例の件……?』
『そっ。とにかく、今日のお昼、1-A横の空き教室に集合ね。それじゃ!』
言うだけ言って、印象的なポニーテールを揺らしながら風のように去って行った。
例の件とは? 拒否権はあるのか? 聞こうにも、俺は入鳥さんの連絡先を知らない。ニオさんが所属するD組と俺が所属するG組は校舎も反対で、授業での接点もない。進退窮まって、言われた通りに空き教室に来てみれば、冒頭のセリフが飛んできたのだった。
時間と場所を戻して、昼休み、府立六花の空き教室にて。
「待って、入鳥さん。確かにフレンドにはなったけど、一緒にイベントを回るとは言ってない」
「あれ、そうだったっけ? ま、細かいことは良いじゃない! そんなことよりイベントの話をしましょう!」
机の下に置いてあったカバンからタブレット端末と“おかか”のおにぎりを取り出す。
「まずは要点をまとめましょうか。小鳥遊くんにとっての最優先事項は、楽しむこと? それとも報酬?」
「いや、俺の意思……。そりゃあ優先事項は報酬だけど」
「報酬ね」
慣れた手つきでおにぎりの包装を解きながら、空いた手でタブレット端末を操作する入鳥さん。画面に白紙のメモ用紙が映し出されると、付属のペンを取り出して会話の内容をメモしていく。
やや強引な入鳥さんに嘆息しつつ、俺も持ってきていたお弁当を開く。今日は、俺が早起きをして作った弁当だった。
「狙っているのはどの部門? あっ、ちょっと待ってね。いまから書き出すから」
小さな口でおかか味のおにぎりを頬張りつつ、入鳥さんがタブレット端末に書き込んでいく。
予告もされていたように、今回のイベントには報酬という名の賞金が用意されている。入鳥さんが言った部門っていうのは、「モンスター部門」「生産部門」「建築部門」「SNS部門」「ビギナー部門」の計5部門のこと。それぞれに金・銀・銅賞が設けられていて、30万・10万・5万Gが賞金として用意されている。
また、それら個人部門の他に、団体部門が存在する。参加条件は、クランに所属していること。
団体部門にもいくつか部門と金・銀・銅賞があって、イベント期間内に稼いだ貢献度ポイントに応じて100万G・50万・30万Gが用意されていた。
ただ、注意点として、クランに所属しているプレイヤーは、個人部門で選出されないシステムになっている。個人でイベントに参加すれば、賞金を独り占めできる。反面、イベントにあえて個人で挑むくらい自信があるプレイヤー達と競うことになる。成功も、失敗も。あらゆる面を、個人の力だけでやりくりしていかないといけない。
対してクランに所属していれば、仲間たちと協力することができる。けど、例え金賞を受賞しても、賞金はクランメンバーで等分に山分け。例え、どれだけ自分が頑張ろうとも、サボろうとも。クラン内で貢献度に差がある……サボった人と頑張った人の差があるほど、不平不満も大きくなる。人間関係のトラブルも、容易に予想できた。
「あたしの記憶が正しければ、こんな感じね」
数分で、タブレット端末上のメモ欄に、要点をまとめ上げた入鳥さん。相変わらずの記憶力だ。あと、字がキレイ。こんなところも、抜け目ない人だ。
「小鳥遊くんは戦闘系だから……これじゃない?」
入鳥さんがペンで示したのは、モンスター部門の「討伐モンスター数」。その名前の通り、期間内にロクノシマで倒したモンスターの討伐数を競う。
ただ、ログインできる時間は人によって異なる。長くログインすればするほど、モンスターをたくさん倒せるのは当然だ。ゲーム内貨幣を現実に還元できるアンリアルでは、そうした不公平感は可能な限り取り除かなければならない。だから、今回は試験的に……。
「『1時間の間に倒したモンスターの数』を競うんだっけ?」
「ええ、そう。運営も、考えたわよね」
2つ目のツナマヨおにぎりを開封しながら、入鳥さんは頷く。
そう。討伐モンスター数は、1時間内で倒したモンスターの数を競うらしいんだよね。算出方法も、そのプレイヤーのプレイログを参照し、1時間で最も討伐数が多くなるように自動で計算される。
つまり、プレイヤーは、1時間という限られた時間だけ、モンスター討伐に集中すればいい。問われるのは、どれだけプレイしたかではなく、討伐の効率だ。
「探索して討伐できるモンスターの数はたかが知れてる。だから、俺たちが狙うべきは――」
「い、イベント最終日! モンスターパレード! ……だよ、ね?」
俺の言葉を引き継いだのは、今の今まで会話について来ることが出来てなかった鳥取だ。どうやら俺と入鳥さんが2人きりで作戦会議をすることに思うところがあったらしく、付いて来たらしい。ただあまりにもハイテンポで話が進むから、今まで静観していたみたいだった。
「正解! さすが柑奈ね!」
「え、えへへ。ミャーちゃん、くすぐったいよぉ」
入鳥さんに頭を撫でられて、身をよじらせる鳥取。前髪の奥にある顔が、だらしなく緩んでいる。
いま鳥取が言ったように、最多モンスター討伐数を狙うなら、イベント最終日に待つモンスターパレードが最適だと思う。わざわざ探しに行かなくても、向こうから群れになって来てくれるんだもんね。
「わたし達がキレイにした町を魔物たちが壊しに来るんだよね?」
「そうそう。ストーリーラインも覚えていて偉いわ、柑奈。あ、玉子焼きくれない? 代わりに、このおにぎり、残り全部あげるから」
「みゃ、ミャーちゃんの食べかけ……!? れ、冷凍保存しなきゃ」
「あははっ! 冷凍保存って! 柑奈は冗談も上手ね」
相変わらず仲がいい女子2人から目線を外して、俺は入鳥さんがまとめている内容に目を通す。
さっきも言ったように、俺が今回狙うのはモンスター部門の3部門だ。その詳細は「討伐数」「獲得ドロップアイテム数」「獲得経験値」。それぞれを、プレイヤー同士で競う。
ここで大切なのは、モンスターを倒すことに“賞金”という付加価値があることだろう。賞金を得るためには、ただ漫然とモンスターを狩るだけでは足りない。プレイヤー達は、どうすれば効率よくモンスターを倒せるのかを試行錯誤することになる。
ここで生きてくるのが、情報だ。有効武器や、それぞれの武器に対応する弱点部位。敵の行動パターンはどうか。時間をかけたら誰でも分かることだけど、今回のモンスターパレードは24時間限定。時間的な猶予は無い。じゃあ上位を狙うプレイヤー達はどうするか。
(決まってる。専門家に、頼む)
それこそ、斥候・情報屋の人たちに。
「あたしがあなたを誘った理由、分かってくれた?」
「おわっ!?」
いつの間にか目の前にあった入鳥さんの顔。距離感の近さに驚かされるのは、これで何度目だろう。危うくお弁当を落としそうになった俺を見て、入鳥さんが可笑しそうに笑う。その隣では、ラップを取り出した鳥取がニオさんから貰ったおにぎり(食べ欠け)を大事そうに包んで、カバンの中にしまっていた。
そんな親友の奇行を気に留める様子もなく、入鳥さんが4つ目のおにぎり(焼き鮭)を取り出しながら、俺をクランに誘った理由を明かす。
「フィーちゃんを連れた『斥候くん』は、こと武器の面において、限られた時間の中で最も多くの情報を集められる可能性を秘めたプレイヤーなの」
「……なるほど。それこそが斥候をクランに誘った本当の理由だったんだ?」
「うん? 確かにそれもあったけど、小鳥遊くんを誘った一番の理由は、昨日伝えた通り。一緒にゲームをしたら面白そうだったから!」
俺をクランに誘ったのは、あくまでも面白そうだったからだと、そう言ってくれる。たとえその言葉がお世辞だったとしても、一緒にゲームをして楽しそうだと言われて嫌な気はしない。
「……あ、あざます」
「あ~、もしかして小鳥遊くん照れてる? 可愛い~♪」
「やめて、入鳥さん。普通に恥ずい」
「むぅ。た、小鳥遊くんで遊んでるミャーちゃん、なんか楽しそう……」
そんな感じでひたすらゲームの話をしていたら、あっという間に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったのだった。




