第6話 火の球に焼かれるこの光景、見たことあるな
「うそでしょ!?」
「行動しないとどんな可能性も発生しない、ってね!」
完全に〈雷撃〉は当たる想定だったんだろう。ニオさんが続けて準備していた〈氷槍〉2本を、俺は落ち着いて回避する。……もう魔法は打ち止めっぽい。
「フィー、回復ちょうだい!」
「ん!」
飛んで行った剣が消え、俺の側に出現したフィーが〈回復Ⅰ〉を使ってくれる。これで、一連の猛攻で受けたダメージ合計198のうち、175が即座に回復。ほぼHP全快だ。代わりに、ここから30分間、フィーからの回復は受けられない。
(つまり、次は無い。……だったら!)
俺は情報収集では無くて、勝負に勝つことを優先する。斥候としてじゃない。小鳥遊好として、俺はこの決闘を楽しむ。
「りゅ、リュー! 足止め!」
『グルァ!』
焦った声で、相棒に指示を出すニオさん。それに応える巨大なドラゴンが、俺の前に立ちふさがった。けど、リューはサポート“AI”だ。そして、俺は……俺だけではない。アンリアルプレイヤーは、嫌というほどAIと戦闘を繰り広げてきたわけで。
『グルァッ!』
全長1.5mもありそうな大剣を俺に振り下ろすリューの動きも、似たような光景をたくさん見て来た。
「ごめん、リュー!」
積み上げて来た経験をもとに余裕をもって剣を回避。攻撃後の硬直というシステムに縛られたリューの脇を通り抜け、背後で黒鉄の双剣を構えているニオさんに肉薄する。
「まさかニオさんが遠距離火力要員だとは思わなかった!」
「くっ……!」
あの身のこなしと反射神経で、遠距離要員とか。俺が言うのもなんだけど、本当に規格外な人だと思う。ただし、チート具合で言えば、うちの妖精さんの方が上だ。
俺が振り下ろした黒鉄の双剣の1本を、ニオさんが剣で受け止める。けど、問題ない。もう片方の手に持った双剣を、ニオさんの頭部に振り下ろす。もしこれでニオさんが防げば、1回目の戦闘と同じことが発生する。防がないならそれなりのダメージを入れられるし、俺はフィーを〈変身〉させて、さらに追撃すればいい。
(大切なのは、絶対に距離を取られないこと)
再び距離を取られるようなことがあれば、〈回復Ⅰ〉もない俺は間違いなく魔法だけで押し切られる。
果たしてニオさんはどう動くのか。極限の集中で、どこか緩慢に感じられる視界の中。ニオさんの頭を狙う俺と、焦った様子のニオさんの目が合う。彼女が、顔を防ぐ様子はない。今回、ニオさんは2撃目を使わず、あえて俺の攻撃を受けて、逃げることを選択したらしい。
結果、俺の剣が、ニオさんの側頭部を捉えた。
アンリアルは全年齢ということで、流血・出血表現は無い。全て光の粒子として表現されている。今回も、頭部に触れた部分から刀身がポリゴンとなって消え、めり込んだように見せるだけ。こう言うところはちゃんと、ゲームだった。
これで、ニオさんに有効打を入れることができた。ここからは逃げられないように距離を詰めながら、仕上げの追撃。フィーに〈変身〉をしてもらおうとしたところで、
「にゃはっ♪」
楽しそうなニオさんの声が聞こえたかと思えば、ニオさんの双剣と鍔競り合っていた俺の右手から、重みが消えた。
ニオさんが左手に持っていた双剣の片方を手放したのだ。すると、1回戦とは逆。俺がニオさんの方につんのめる。自然、俺には大きな隙が出来てしまった。ここから多分、ニオさんがもう片方の手に持つ黒鉄の双剣を使って2回目の攻撃を仕掛けてくるはずだ。
(でも、問題ない)
ニオさんの双剣に残された攻撃回数は1回。1回の頭部へのクリティカル攻撃で出せるダメージは150。俺の体力は350あるから、余裕をもって耐えられる。そして、俺に攻撃をするということは双剣による2回目の攻撃をすることと同義だ。ニオさんは攻撃後の硬直で動けなくなる。その隙に、今度こそ仕留めれば良い――。
「ん……にゃ!」
そんなニオさんの声が聞こえて来たかと思えば、気づけば、俺は地面に倒れていた。
「……は?」
何をされたのか、分からない。ただ事実として、俺は地面に背をついて倒れていて、俺のお腹の上には尻尾を揺らすニオさんがぺたんと座っている。その両手に、武器は無い。
「斥候くん。女の子の中には、自衛のために合気道とか柔道とか。そういう体術を習ってる子だって居るのよ?」
「あいき……? じゅうどう?」
「その、何が起きたのか分からないって顔、良いわね。さっきまでの勝ちを確信した顔とのギャップが、最高♪」
それはもう楽しそうにころころと笑っているニオさん。
どうやら俺は、AIが操作するNPCでは絶対に使用しない“体術”によって、無力化されたみたいだ。
(ここにきて、今度はAIとの戦いに慣れ親しんだ弊害が出たって感じかぁ……)
悔しいけど、認めざるを得ない。完全に、予想外だった。
アンリアルでは体重なんかもほとんど完ぺきに再現される。ニオさんは細身だ。お腹や腹部に感じる重さも、ほとんど感じない。だと言うのに、どれだけ起き上がろうとしても、起き上がれない。
そうして足掻く俺をあざ笑うかのように、俺のお腹の上で尻尾を揺らす黒猫少女は、
「〈え・ん・だ・ん〉♪」
囁くように魔法を使う。同時に、ニオさんの背後、俺たちの頭上に巨大な火の玉が出現した。
〈炎弾〉。それは、巨大な火の玉を作り攻撃する、炎系統の魔法スキルだ。その攻撃範囲とエフェクトの派手さから、かなり人気の高い魔法。ついでに、トトリと初めて会った時、トトリをこんがりと焼いたソマリの魔法も〈炎弾〉だった。
ただ、その時に見た〈炎弾〉よりも、ニオさんが使うものの方が数段大きいように見える。
「ニオさん。参考までに聞くと、〈炎弾〉の威力は?」
「魔法の範囲と威力を上げるスキル込みだから、500」
まさかのボスと同じ威力の魔法。
「あっ、斥候くんのHPは350で、その鎧の魔法耐性は40。ちょっとだけ生きちゃうのね。でも、安心してくれていいわ。斥候くんには不随効果の『火傷』で、じっくり、じっくり死んでもらうから♪」
俺を金色の目で見下ろすニオさんが、チロリと舌なめずりをする。背後にある〈炎弾〉が放つ逆光の中、俺という餌を前に尻尾を揺らすその様は、どこか妖艶で、美しい。
「このままだとニオさんも巻き込まれるけど……?」
話しながらどうにかして活路を見出そうとするけど、悲しいかな。ニオさんには一切の油断も隙も無い。
「大丈夫よ。死なないように工夫してるもの」
「1回戦目で体術を使わなかったのは?」
「シンプルに、驚いたから。言ったでしょ? 斥候くんがあそこまで動けるなんて、完全に予想外だったの」
ゆっくりと、ゆっくりと。焦らすように、俺たち向けて落ちてくる〈炎弾〉。
「ん! ん~!」
フィーが妖精の姿に戻って、身体能力を向上させる〈身体強化〉のスキルを使ってくれるけど、残念ながらニオさんをどかすことは出来ない。
さすがに、今回は俺の負けだ。次も勝てるかどうか……。
「それじゃ一緒に。身体の芯まで焼かれましょうか」
「頼むからそこで笑わないでよ、ニオさん。俺の中でニオさんまで、ヤベー奴になるから」
「ふふ、ヤベー奴。いい響きだわ。……少なくとも、普通よりずっとマシ」
美人に馬乗りになられながらのゲームオーバー。何て情けないんだ。
(こんなところ、誰にも見られたくな――)
「ミ ツ ケ タ」
俺とニオさんしかいなかったその場所に、不意に、第三者の声が混じった。
「「……?」」
俺とニオさん。2人して声がした方を見ると、
「ねぇ、ミャーちゃん。小鳥遊くん。人気のない森の中。2人は馬乗りになって、何をしてるのかな? かな?」
一切表情のない顔で。ただ、首をかしげただけのトトリが、俺とニオさんを見ている。……なんで語尾を2回言ったんだろう。
「と、トトリ!? どうしてここに……?」
「……? ミャーちゃんの居場所くらい、目をつむってでも分かるよ?」
何それ怖い。例の美少女センサーだろうか。
「それよりも、ミャーちゃんは小鳥遊くんの上で、ナニをしてるの?」
「ナニって……はっ!? こ、これは違うのよ……って、きゃっ!」
トトリの登場によって完全に俺から気が逸れたらしいニオさん。その隙に俺はニオさんを押しのけることに成功。すぐさまその場を退避する。
「ミャーちゃん、小鳥遊くんに欲情するメスネコさんだったんだ!?」
「メスネコ!?」
「みゃ、ミャーちゃんの……! ミャーちゃんの、あ、あああ、あほ~……!」
最後、罵倒というにはあまりにも控えめに叫んで、逃げていくトトリ。
「聞いた、小鳥遊くん!? 柑奈の罵倒よ! 超レアシーン――」
ニオさんが鼻息荒く言った次の瞬間、〈炎弾〉がニオさん自身をこんがりと焼いたのだった。




