第3話 舐められたら、少なからず燃える
現在、時刻は夜の10時過ぎ。今週末、金曜日の18時からいよいよイベントが始まる、そんな日に。
俺は、シクスポートからほど近い、人里離れた森でニオさんと向かい合っていた。
マンイーターによって木が切り倒され、ギャップとなった場所。空を見上げれば、薄っすらと空が橙色に染まりつつある。今日のアンリアルには午前0時過ぎから翌朝6時まで『夜』がある。夜にしか出現しないモンスターが居たり、夜にしか入れないダンジョンがあったりした。
だから今日は1~2時間だけ、夜のアンリアル探索をしようかなと思ってログインしてたんだけど……。
「……ほんとにするの?」
俺は、大体5m前方にいるニオさんに聞いてみる。
「ええ。胸を借りるつもりで来てもらっても、大丈夫よ!」
そう言って右手を胸に当てるニオさんは、今は動きやすいようにローブを脱いでノースリーブにタンクトップという姿。獣人系のキャラの特徴でもある耳と尻尾が、ローブを脱いだ今はよく見える。
身長は現実と同じで160㎝前後だろうけど、手足が長いからすらっとした印象だ。ゲームでも髪型はポニーテール。耳は三角形の猫耳で、耳の内側にはモフモフのファーみたいなものが見て取れた。
そんなニオさんの装備は、胸部を始めとする要所だけを鎧で守っている。ぱっと見はかなりの軽装だけど、さすが配信者。鎧は、軽さと防御力を兼ね備えた白金シリーズを黒塗装したもの。抜け目がない。
武器は黒鉄の双剣。俺がマンイーターを倒した時に使った武器だった。
対する俺は、そろそろ耐久値がピンチの安息の鎧。クリーム色を基調として、青の色の装飾が施された比較的動きやすい防具だ。こんなことになるなら、鍛冶屋さんで修理してもらっておくんだった。なお、武器にはもちろん、フィーを使う。
(俺にとって、ニオさんと戦うこと自体がメリットになるってことだけど……)
どういう意味かを話してくれないまま、ズルズルとこうなってしまっている。完全に、ニオさんのペースで押し切られた形だった。自分の流されやすさを反省しつつ、だけど、思考は切り替えて。俺は目の前でストレッチをしているニオさんにルールの確認をする。
「ルールの確認。形式は1対1のBO3。アイテムの使用は無し。サポートAIは有り?」
基本的なところの確認をした俺に、気負った様子もないニオさんが「うん」と短く答える。ついでに“BO”って言うのは“Best of”の略で、最大対戦数のこと。今回は最大3回勝負だから、先に2回勝った方の勝利となる。
そして、ここからは両プレイヤー合意のもと行なわれる、詳細な設定。
「触覚あり。武器・防具破壊あり。換装あり。HPゲージは表示。最後に……」
「2回目の敗北時には、デスペナあり。それでいいわよね、斥候くん?」
このデスペナルティについては、ニオさんからの提案だ。2回死んだら、アイテムを全て失う。1回目にデスペナルティが無いのは、武器も防具も無くなっちゃうから。そうなると、戦うどころの話じゃなくなるもんね。
「このデスペナ、いる? 上手い人たちでも、基本はデスペナなしだったはずだけど」
対人戦と言っても、これはただのお遊び。勝っても負けても何の利益もない。俺はともかく、もしニオさんが負けるようなことがあれば、白金の鎧(総額30万円)+黒鉄の双剣(時価10万円)が、この戦いで泡と消える。
どうしてそこまでする必要があるのか。尋ねた俺に、ニオさんはきょとんとした後。
「え? 失うリスクのない戦いなんて、つまらないでしょ?」
さも当然のように、言ってきた。……まぁ、ね。ここ数十分の会話で薄々感づいてはいたけど。
(ニオさんも、頭のねじが飛んでるタイプの人だ)
たかだか遊び。だからこそ、本気なんだって言いたいんだろう。
もちろん俺もニオさんも、本当に大切なものは町の倉庫に預けている。特に俺のアイテムは、小鳥遊家の資産でもある。遊びとは言え、ホイホイと失って良い物じゃない。リスクとリターンの管理が出来なければ、その人はゲーマーでは無くてただの狂人だ。
とは言え、この安息の鎧だって、時価5万円くらいはする。
(負ければ、バイト代半月分が飛ぶ……)
多分、俺にとっては安息の鎧くらいが、損失額と楽しさのちょうどいい塩梅になるはず。本当は皮の鎧くらいにしたいけど、ニオさんが40万円をかけてくれてるわけだから、こっちも多少はリスクを、なんていう配慮も無かったと言ったら嘘になる。
トトリの時もそうだったけど、本気には、こちらもちゃんと応えてあげたい。頑張ろうとしてる人を否定するのは、俺のために身を粉にしてくれているウタ姉を否定するのと同じだから。
「それじゃあ……良い?」
自然体のまま、黒い尻尾を揺らしたニオさんが俺の方に「上記のルールでプレイヤー名:『ニオLv.45』と対戦しますか?」のメッセージボードを飛ばしてくる。レベル45……。俺より3つも上。相当アンリアルをやりこんでいる証だし、ときおり覗かせる自信も、あながち虚栄ではなさそうだ。
対戦を受託するか答える前に……。
「フィー、出て来て」
俺の声に反応して、この日初めてフィーが姿を見せる。ここ最近、妖精さんはクラン勧誘の熱気に当てられて、引きこもりがちになっていた。
「ん」
「今から対人戦。……行けそう?」
今日のご機嫌はどうなのか。聞いてみると、
「……んっ!」
親指を立てて、大丈夫っ! と、万全であることを伝えてくる。
「へ~……。その子が最近のトトリの最推し『フィーたん』ね? 妖精タイプは良く居るけど、人の大きさなのは珍しいわね」
耳をピコピコ。尻尾をゆらゆら。ニオさんが文字通り目を光らせて、フィーを観察している。
「スキルとかは、トトリの動画を見てるから知ってるんだっけ?」
「まぁ、大体は予想がついてるわ。……けど、こっちだけ情報知ってるのも不公平ね。リュー、出て来て」
ニオさんの方も、契約しているサポートAIを出現させてくれる。ポンッと音を立てて姿を見せたのは、体長30㎝くらいの小さなドラゴンだ。ドラゴン系のサポートAIと言えば、腕と翼が一緒の、いわゆる飛竜タイプが一般的。
だけど、ニオさんのサポートAIは小さな前足と立派な後足を持っている。恐竜に翼を着けた感じに近い。鱗の色が深い赤色ということもあって、まさにドラゴンといった風格を持っていた。
「あたしサポートAIは『リュー』。固有スキルは〈人化〉。人の姿になって、戦ってくれるの」
「お~! サポートAIそのものが戦うのってめっちゃ珍しいんじゃ? 俺、初めて聞いた」
「ふふっ、でしょう? あたしのクランにもう1人、同じように“戦える”サポートAIと契約してる人がいるわ」
何それ滅茶苦茶気になる。しかも固有スキルを持ってるってことは、これまた最高レアリティのサポートAI。その情報があるとだけで、俺の心が揺れ動く。
「まぁ、2対1になるからリューには支援だけをしてもらうだけにするわ」
ニオさんが最大の強みである固有スキルを使わないことを宣言する。
「えっと……良いの?」
「良いのよ。あたしがそうしたくてするだけ。斥候くんは気にしないで。ねっ、リュー?」
『キュルゥ♪』
言いながら、宙に浮くリューのあご下を撫でてあげているニオさん。ハンデってこと……かな? まぁ、ニオさんが良いなら良いか。
「んー……」
俺と同じでニオさんの態度に思うところがあったのだろう。フィーがいつにもましてジトーッとした青い目で、相棒のリューと戯れるニオさんを睨んでいる。
「まぁまぁ、フィー。俺は対人戦初めて。でも向こうは多分、かなりの経験値を詰んでるはず。さっきニオさんも言ってたけど、胸を借りるつもりで行こう」
「……ん!」
果たして、俺がモンスター相手に1人で積み上げて来た技術が“人”にどこまで通用するのか。ちょっとだけ、楽しみではある。
俺がさっきニオさんから送られてきた対戦の申し込みに「Yes」を返すと、続いて、準備完了を確認するメッセージが表示された。
「それじゃあ、えっと。よろしくお願いします、ニオさん」
「ええ。よろしく、斥候くん!」
2人ほぼ同時に準備完了のボタンを押すと、
『ファイブ、フォー……』
ファイブカウントが始まった。これが終わり次第、いよいよ対人戦が始まる。
あれだけトトリに話を聞かされてたけど、興味が無かったからニオさんの動画は見たことが無い。情報も、ほとんど無いに等しい。だけど、やることは多分、変わらない。一度敗北してでも、ニオさんの情報を可能な限り集める。
『――ツー、ワン……ファイッ!』
俺とニオさん。動き出しは、ほぼ同時だった。




