第2話 娘を嫁に出す父親の顔をしてる……
「斥候くん。あたしと勝負しましょう!」
足を肩幅に開き、フードの奥にある眉を逆立て、ビシィッと俺を指さして言った、ニオさん。この光景に、俺はどこか見覚えがある。えっと、いつ、どこでだったかな……。正確には思い出せないけど、多分、その時と同じ回答を、俺はすることになると思う。
「決闘ってこと?」
決闘は、いわゆるアンリアルの対人戦要素。金品を賭けて対人戦を行なうシステムだ。
「そう。変な言い方になるけど、多分、あたしと勝負すれば斥候くんにメリットが生まれると思うわ」
そう語るニオさんは、自信満々というよりは、事実を淡々と語っているように思える。それが不思議に思えた俺は、質問せざるを得ない。それこそが、ニオさんに会話のペースを握られる原因だとも気付かずに。
「……なんでそう思うの?」
「なんで、と言うと?」
「どうしてニオさんと戦えば、俺にメリットがあるって思うのか。聞いてみたくて」
俺の質問に対して、少し考える素振りを見せたニオさん。あごに指を立てる自然な動きから見るに、フルダイブ操作だろうな。
「とりあえず、歩きながら話しましょう。南の森でマンイーターでも狩る予定だったんじゃない?」
「えっ、合ってるけど。……もしかしてニオさん、鳥取とおんなじことして――」
「そんなわけないじゃない!」
ストーキングして、ここ最近の俺の行動を監視してたんじゃないか。そう言いかけた俺の言葉を制して、ニオさんが歩き始める。
「コホン。どうして斥候くんの考えが読めたのか。それと、あたしと決闘すればメリットがある。それは、本質的には同じことなの」
俺の方を振り返るでもなく、ローブを揺らしながら淡々と話すニオさん。彼女のことを、俺も追いかける。ローブの腰辺りに空いた穴からは、トレードマークとも言える猫の尻尾がゆらゆら揺れていた。
「前回、下駄箱前で話した時のこと。あの時の斥候くんの話を紐解けば、あなたのことが色々と分かるのよ。だってあなた、トトリと一緒で“会話の時に考えてる”からね」
指を振りながら俺の方をちらりと振り返るニオさん。けど、足は止めない。
「注目すべきは、やっぱり斥候くんがトトリと組んだ理由。あなたはあの子と組むことで自分に利があると言ったわね?」
確かにそうだと頷いて見せると、ニオさんは俺から視線を切って再び前を向いて話し始める。
「じゃあ、その利とは何か。斥候くんが具体的に教えてくれたメリットは、家族のため。アンリアルのゲーム的特質から考えて、これはきっと金銭面でのことだってあたしは推測した。あ、家庭の事情でしょうから、これについては答えなくてもいいわ」
言葉同様に、俺の反応を見てしまわないよう、前を向いたまま後ろ手を振っている。
「そう考えるなら、斥候くんを引き入れるのにもっとも簡単なのは報酬を用意すること。それなりのお金を用意すれば、あなたは家族のために、あたし達のクランに入る」
ここでも断定の口調でニオさんは語る。そして、今この人が言ったことは事実だ。
俺がソロプレイをしているのは、単に他者に気を遣わなくていいから。その気楽さと、収入のバランスが取れているから、ソロプレイをしているに過ぎない。ニオさんはそこをきちんと理解したうえで、他者に気を遣う面倒さを、魅力的な報酬で補おうっていう考えみたいだ。
じゃあ、いくらで俺を雇うのか。そう尋ねようとした俺は、
「でも、それじゃあつまらない」
続けて口を開いたニオさんに機先を制された。
「つまらない……?」
「ふふっ! ええ、そう。お金で解決するなんて、面白くない。現実ならまだしも、ここはゲームでしょ? やるなら面白い方じゃないと!」
そう言って尻尾を揺らし、声を弾ませるニオさん。
「お金以外で斥候くんを釣れないか。考えたとき、あたしが注目したのは、斥候くんがトトリと組んだもう1つの理由の方」
「もう1つの理由……? 俺、なんて言ってたっけ?」
俺が聞いてみると、立ち止まったニオさんが俺に向き直った。そして、
「『ついでに俺にもちょっとだけ利があった。だから協力した』。あの時、斥候くんはそう言ったの」
恐らく、一言一句違わないだろう文言を、なぜか決め顔で言ってみせる。
「……もしかして、あの時の会話、全部覚えてたりする?」
「あたし、記憶力には自信あるから」
それはつまり「Yes」ってことだろう。
「ひょっとしなくても、友達との会話とか全部覚えてる?」
「あはは、そんなわけ! ……けど、誰が何を好きとか、その人の誕生日とか。大事な要素については、全部記憶してる……と思うわ」
こともなげに言ってるけど、めちゃくちゃすごいことだと思う。何がすごいって、常に相手との会話にアンテナを張ってるってこと。それはつまり、いつ何時も、相手に関心を持ってるってことになる。それこそ、赤の他人でしかなかった俺との会話にさえ。
誰にでも、何にでも興味を持ち、近づいていって理解しようとする。本当に、猫みたいな人だ。
「嫌味とか一切なしに、すごいね」
「努力すれば誰にでもできることだけど、うん。ありがと」
謙遜せずに賞賛を受け取れるところも、ニオさんの魅力なんだろうな。
「っと、話を戻しましょう。あたしは、斥候くんがトトリと組む個人的な利益について考えたの。あの子のことは、あたしが誰よりも知ってるつもりよ。長所も、短所もね」
トトリの長所と短所、か……。
「一応聞いておくと、トトリの長所は?」
「可愛いところ!」
「……短所は?」
「可愛すぎるところ!」
ダメだこの人。トトリのことを溺愛し過ぎてる……。と、俺がため息をつくことすら想定内だったんだろう。「冗談、冗談♪」と、ころころ笑ってみせる。
「短所は言うまでもなく、どんくさい所でしょうね。基本、何をするにもワンテンポかかる。それを可愛く感じられないなら、一緒に居て相当なストレスになると思うわ」
至極冷静な分析だ。ついでに俺からは、トトリが時折見せる気持ち悪さも短所としてあげておこうかな。
「逆に、あの子の長所は異常なまでの運の良さ。それこそが、可愛さに並ぶトトリの最大の長所よね。けど、斥候くんはトトリの可愛さにやられたわけじゃない……。そうよね?」
そう聞いてくる目は、これまでの飄々《ひょうひょう》とした雰囲気とは打って変わって、本気だ。娘はやらんと言っている父親と同じ目をしている。……ドラマとかでしか見たこと無いけど。
「安心して。トトリは俺の好みじゃないから」
「……そうよね。斥候くん、あたしの勘だと年上好きっぽいし」
す、鋭すぎる! 女の人の勘は鋭いって聞くけど、マジなのかも。
「トトリの可愛さが目当てじゃない。となると、斥候くんが言った“トトリと組む利益”は、あの子の運の良さを指すことになる」
指を立てて、自身の考えを順序だてて解説していくニオさん。
「じゃああの子の運を使ってご家族のために荒稼ぎしようとしてるのかと思ったけど、トトリから聞く限りだと、そうじゃない。なら目的は? 考えてたら、今度は斥候くんがトトリを誘った」
ニオさんが言ってるのは、この前のトトリとの探索のことだろう。会話の中でトトリがニオさんに話したんだろう。
「それが、決め手だったわけ」
「俺がトトリを探索に誘ったことが?」
いったい何の決め手になったのか。ひいては、どうしてニオさんとの決闘が、俺の利益になると考えたのか。特段、もったいぶって溜めるようなこともなく、あっさりとニオさんは考えを明かす。
「斥候くん。あなたさては、あたしと同じ生粋のゲーマーね?」
「……はい?」
急にそんなことを言われたら、俺でなくても固まってしまうんじゃないだろうか。そもそも「お前はゲーマーか?」と聞かれて、「はい、ゲーマーです!」って答えるゲーマーは居るんだろうか。ゲーマーはゲーマーを自認してるけど、口外する機会は無いと思う。素直に、恥ずかしいから。
「って言うか、やっぱりニオさんもゲーマーだったんだ?」
「もちろん! ゲーム大好き。トトリ大好き。それがあたしよ」
屈託のない笑顔で堂々と「好き」を言葉にできるのは、素直にすごいと思う。じゃんけんの話をしたに薄々、感じてはいたけど、ニオさんもゲームが好きらしかった。
「つまり、俺がゲーマーであること。それが、俺が俺に決闘を持ちかけてきた理由……?」
「そうよ。そして――」
俺の確認に、ニオさんは大きく1度、首を縦に振る。そして、ローブに隠された自身の胸に手を当て、フードの奥で金色の目を輝かせて、言った。
「――斥候くんが真のゲーマーなら。あたしとの決闘。そしてあたしのクランに入ることは、必ず、メリットになる。……約束するわ!」




