第1話 入鳥黒猫の日常
あたしの名前は、入鳥黒猫。両親ともに医者、しかも『にお医院』の開業医。あり触れた言い方をするなら、良いところのお嬢様だった。
一人娘ということで、物心ついた頃から、なに不自由の無い生活を送っていた。欲しいと言えば買い与えられ、およそどんな我儘も、叶えてもらった。それに両親は、医師と言っても開業医。病院勤めの医師たちとは違って、比較的、自由な時間が多かった。
昼は幼稚園に預けられたけど、夜になれば必ず、父も母もあたしの相手をしてくれた。幼児期の愛情の大切さを知っていたのでしょうね。
そうして自由を得る代償として、あたしは完ぺきであることを期待された。ピアノ、ヴァイオリンなんかの音楽関係の習い事はもちろん、バレエ、スイミング、体操……。運動に関する習い事も全部。家に帰れば、英語、ドイツ語、ラテン語……。こと医学にまつわる言語を中心に、座学にも励んだ。
広く浅く、なんてものではない。広く、そのうえで深く。結果を求められ、それに応える日々だった。
普通の人がどうなのかは知らない。ただ、当時も、今も。あたしは期待されることを苦には思わなかった。むしろ、自分の限界がどこにあるのかを探求する日々は、楽しくすらある。才能があって恵まれた環境に居るなら、完ぺきを演じることはむしろ当然だわ。
ただ、常に努力が報われるわけじゃない。失敗だって沢山したし、へこんだことだって数えきれない。そんな時にあたしの心を慰めてくれる存在があたしの大好きな柑奈……鳥取柑奈だった。
柑奈との出会いは、幼稚園の頃。今と変わらず人見知りをしていたあの子は、部屋の隅っこでぬいぐるみで遊んでいたり、本を読んだりしているような、大人しい子だった。
どれだけ周りが騒がしくても、どれだけ先生が話しかけても、常に1人でいることをやめない。クラスの子全員と友達になるのが完ぺきだと、そう思って話しかけたあたしの言葉にも、ぜんぜん耳を貸さない。
他者からの働きかけに一切動じない。そんな柑奈の姿勢は、常に他人の目を意識して完ぺきを演じるあたしとは正反対で。
――孤高。
まさに、そんな言葉が似合う女の子のように思えた。……もちろん、今にして思えば、柑奈はただただ極度の引っ込み思案で、どうやって友達に接すれば良いのか分からなかっただけだろうけどね。
ただ、当時の――今もだけど――あたしは、そんな柑奈の姿をいつしか羨ましく思うようになっていた。完ぺきな入鳥黒猫としてじゃない。ただの入鳥黒猫として、あたしは柑奈と友達になりたいと思った。……ひょっとしたら、今まで何でも手に入ったのに、唯一思い通りにならないあの子を自分のモノにしたかったのかも知れないけど。
だから、年長組になったある日。園庭遊びなのに、遊具で遊ぶこともなく、花壇でぼけーっとアリか何かを観察していたあの子に、話しかけた。ただ、いつもみたいに話しかけても、あの子は動じない。だから、ちょっと違うアプローチの仕方をしてみることにした。
「みゃ、ミャーオ……」
常日頃から完ぺきを演じる心がけをするあたしにとって、演じることは日常で、得意分野。だからその時は、あたしの名前と同じ猫を演じて、柑奈の気を引こうとした。それまでに行なったあの手この手が一切通じず、考えに考え抜いた最高のプラン。5歳児にして4か国語をなんとなく理解し始めていたあたしが思いついたとは思えない、幼稚園児らしい、まさしく幼稚なプランだった。
ただ、それが結果的にはうまくいった。
「な、なに、してるの……?」
年長にもなって猫の真似をするあたしのことを、やや引いた目で見てきた柑奈。あたしも幼稚なことをしてる認識はあったから、めちゃくちゃ恥ずかしかったことを覚えてるわ。ただ、この時初めて、柑奈が手応えのある反応を返してきた。
「ね、猫のマネ~……なんて」
「あ、う、え、えっと……よしよし? そ、それとも……にゃ、にゃぁお?」
「何この子可愛すぎぃ!?」
イタイあたしを哀れんだ目で見ながら、それでも、ごっこ遊びに付き合おうとしてくれた。あの時の柑奈の優しさと可愛さと言ったら、これ以上ない。
そこからはもう、ノリと勢いだったわ。柑奈の中にあたしという存在を認識させて、話しかけ続ける。すると、柑奈の方もちょっとずつ心を開いてくれた。それに、柑奈はあたしに完ぺきであることを期待していない。あの子の中であたしは『年長にもなって猫の真似事をする残念な子』だっただろうから。
その点、ただの入鳥黒猫として、気楽におしゃべりができる柑奈は、あたしにとって特別な友達だった。
じっくり時間をかけて柑奈を篭絡……コホン、手籠めにすること半年。小学校に上がる頃には「ミャーちゃん」と愛称で呼んでくれるようにまでなっていた。
本当は、黒歴史の代名詞でもあるからやめてほしい。けど、あたしの名前を呼ぶたびに柑奈の口から「ミャー」が聞けるなら、良い。笑顔で猫みたいに鳴く柑奈が可愛いから、良い。あと、
「なんでくろねちゃんって、ととりさんから『ミャーちゃん』って呼ばれてるの?」
っていう同級生たちの質問に、「内緒♪」と答える優越感もあるから、なおのこと良い。秘密を共有する“共犯者”という関係は、どんな関係より……それこそ家族や恋人よりも強固で密接だと、どこかで聞いたような気がする。
2人だけの秘密。なんて良い響きなの。
とにかく、これがあたしと柑奈の運命の出会い。またの名を、輝かしい思い出だった。
ただ、そんなあたしにも、1つだけ趣味があった。それこそが、ゲーム。ゲームもまた、あたしに何も求めて来ない。ありのまま、入鳥黒猫のままで気楽に楽しむことができるコンテンツだった。
パズルゲームに始まり、アクションゲーム、FPS/TPS……。ソーシャルゲームを除く、あらゆる据え置き型のゲームをやり尽くした。ただし、ここでもあたしの凝り性と才能が発揮されてしまう。どれをやっても、それなりの結果を出せてしまう。
もちろん、あたしはただの小学生だ。暇を極めた大人たちには負けたけど、同年代の子たちに負けるなんてことはまず無い。そうなると、当然、目立つ。めちゃくちゃゲームが上手いジュニア選手が居る、と。ゲームの世界でもあたしは期待されるようになってしまう。
――結局、ゲームも楽しいだけの趣味じゃなくなってしまうのか。
そう諦めかけていた時に、『和タヌキ』と出会った。
あれは、あたしが小学3年生の時。とある格闘ゲームの、オンライン大会に参加した時のこと。小学校低学年の部、決勝。それまで同年代の子には負けなし。大会連勝記録まで持っていたあたしが、あっさりと負けた。
それも、惜敗なんてものじゃない。キャラ操作、コンボ、読み、試合全体の流れ……。その全てにおいて、圧倒的な力の差を見せつけられての、惨敗。大人顔負け……。なんなら、それまであたしが戦ってきたどのプレイヤーよりも、強かった。そのプレイヤーの名前が『和タヌキ』。
彼? 彼女? と出会った衝撃と高揚感は、今でも忘れられない。その後も、様々なゲームで和タヌキと対戦した。けど、そのどれをとっても、敗北、敗北、敗北、敗北……。
年齢に不相応な技術を持つ和タヌキは知る人ぞ知る存在となり、それと反比例するかのように、あたしへの期待が薄まっていくのが実感できた。誰もが和タヌキに期待し、あたしには期待しなくなっていく。
――完ぺきじゃなくて良い……。まだ入鳥黒猫として、ゲームを楽しめる!
たった1つの趣味を手放さないで済んだ。その事実に、喜んでいた矢先。和タヌキは、ネット上から姿を消した。あたしが3年生から4年生になるまでの、たった1年。出場すれば全ての賞を総なめにするような天才が、姿を消した。死亡した、というのが有力な説だ。
ただ、和タヌキが残した爪痕は大きく、いまもなお都市伝説として語り継がれている。あたし達の世代は、ゲームで成績を残す度に言われることになるのでしょう。
『和タヌキが居ないから、勝てた』
そんなふうに。
けど、あたしとしてはとても助かる。どれだけ才能をぶつけても、努力しても、届かない存在が居る。みんながみんな、和タヌキの幻影に期待して、あたしには期待しない。
――あたしは、自由だ。
ただ、あたしもゲーマーだもの。こう思わずにはいられない。
――いつか、また。和タヌキと対戦したい。
強者から見て、学びたいと思うのはゲーマーとして当然でしょう? そして、もう一度、あたしを分からせて欲しい。あたしの努力と才能を否定して欲しい。そうすれば、あたしはまた、入鳥黒猫として、ゲームを楽しめるんだから――。




