第15話 『トトリのジレンマ』
「やったよ、斥候さん! わたし達、パーティらしい連携、出来た!」
剣を手にぴょんぴょん飛び跳ねて、喜びをあらわにするトトリ。
そうだね。中ボスを倒せて、嬉しいよね。俺だって、いちプレイヤーとしては喜んでいる。けど、なぁ……。俺の場合は、ただ攻略してるだけじゃ、無いんだよなぁ……。
トトリが居たから、フィアレスに会えた。けど、トトリが居たから、フィアレスを“攻略”出来なかった。予想外のことを、予想外のことで打ち消す。この『トトリのジレンマ』とも呼ぶべき現象が、俺を悩ませる。
「ドロップアイテムは……『傲慢の毛皮』と『傲慢の爪』『傲慢の牙』?」
俺が素直に喜べずに膝をつく横で、トトリがいそいそとドロップアイテムを回収している。
傲慢。それは、グリズリーが落とす憤怒シリーズに続く、大罪の名前だ。トトリがデスペナルティで失った暴食の盾も含めて、集めたら何かしらボーナス修正でも入るのかな?
「あっ。そ、それから『獣玉』も……!」
少し興奮した様子で、トトリがオレンジ色をしたこぶし大の水晶を眺めている。
獣玉は、動物系の中ボス以上の存在を倒すと低確率で手に入るドロップアイテムだ。動物が落とす素材から作る武器や防具を作る際に必ず必要となる、需要の高いアイテム。売れば、5000Gは固いアイテムだった。
こんな感じでドロップアイテムのことを考えることで、俺がどうにかトトリのジレンマから目を背けていた時だ。
「せ、斥候さん……?」
膝をつく俺を、心配そうにトトリがのぞき込んでくる。
「も、もしかして、わたし、また何かしちゃった……?」
眉尻を下げ、目を伏せる。その顔には、つい先ほどまで見せていた、ボスを倒した達成感に満ちた笑顔は無い。
(しまった……)
ゲーム攻略に夢中になるあまり、最も大切な“楽しさ”を忘れがちになる。そんな俺の悪い癖が出てしまった。俺ひとりの時ならそれで良いんだけど、その癖のせいで、他人から楽しみを奪ってしまうのは良くない。
「ううん。トトリは悪くない。むしろナイス判断だったと思う」
慎重に言葉と表情を選びながら言って、立ち上がる。そんな俺を、しゃがんだ姿勢のまましばらく水色の瞳で見上げていたトトリは、
「そ、そうかな。えへへ……!」
持ち前のチョロさをもって、再び、笑顔を見せてくれた。そして、再び押し寄せて来たらしいボスを倒した達成感と、高揚感の波に身を任せるように。
「こ、こう、ね? 斥候さんがボスの気をめっちゃ引いてくれてたから、今ならにゃむさんの〈万福招来〉が使えるかなって。あっ、で、でも、ちゃんと警戒はしてたよ? すぐにコントローラー操作に切り替える準備だけはしてた!」
聞いてもいないことを、早口で話すトトリ。
「トトリ。気持ちは分かるけど、落ち着いて。深呼吸」
「え? あっ、うん。すー、はー……。でね、最初はソマリちゃんの時みたいにハンマーを使おうかなって思ったんだけど――」
う~ん、やっぱり止まらないか。入鳥さんについて話す時もそうだったけど、こうなったトトリは基本的にお喋りを止めない。言いたいことを言い終えるまで、待機するのが最善手だということは、短い付き合いだけどよく分かっている。
それに。
「――そしたらね! わたしの意図を汲んでくれたにゃむさんが自分で〈万福招来〉を使ってくれたの! あとは効果が切れないように、ジッとしれば――」
嬉しそうに話すトトリを止めるなんて無粋なこと、俺にはできない。ということで、そのまま3分くらい、早口でまくしたてられるトトリの状況報告に耳を傾けることにしたのだった。
「ふぅ。……そ、そんな感じだったけど、ど、どうだった?」
「うん、良かったと思うよ。ね、フィー?」
俺が虚空に問いかけると、ポンッと音を立ててフィーが姿を見せる。
「んん……」
腕を組んで首を大きく横に振るその仕草は、全然ダメって言ってるのかな。
まぁ、フィーも俺と似た考え方をしてる。もっと長く戦いたかっただろうし、もっとたくさんの情報を引き出したかったんだろう。
「フィーたん、厳しい! ……でも、それが良い」
「ん~~~!?」
間近に現れたフィーに表情をデレッデレにしたトトリが、気持ち悪い手つきでフィーに“お触り”しようと迫る。けど、とっさにフィーが飛び退いたことで、間一髪、フィーが犯罪に巻き込まれることは無かった。
「(シャー!)」
フィーが俺の背後に隠れて、トトリを威嚇する。
「斥候さん、退いて? その可愛い幼女、触れない」
「トトリー。多分、いまフィーに触ったら垢バンされるよ?」
垢バン。アカウント停止処分の略称だ。アンリアルはマイナンバー1つにつき1アカウントだから、実質、永久追放処分とも言える。
「そうなったらフィーを見ることすらできなくなるけど」
「うっ……。で、でもぉ……」
トトリの中では、垢バンとフィーへのお触りが拮抗するくらいの価値があるらしい。このままじゃ、トトリが垢バンを食らってしまう。かくなる上は……。
「『まずはお友達から』。時間をかけてフィーを攻略してみれば?」
「ん!?」
何言ってんのコイツ!? みたいな顔を俺に向けてくるフィー。
この妖精さんには悪いけど、とりあえず今は、色々と興奮状態のトトリを落ち着かせることが先決だった。
「お、お友達から……?」
「うん。普通に話せるようになったら、頭くらいは触らせてくれるんじゃない?」
「……ほんと?」
俺を見られても困る。全てはフィーのご機嫌次第だ。
「ただ、俺はにゃむさんを撫でられたよ?」
実績はある。そう伝えてみると、「……え?」と言葉を漏らしたトトリが固まった。やがて、
「……にゃむさん、出て来て」
トトリの声で、足元ににゃむさんが現れる。
「わたし以外の人に撫でられたって、どういうこと?」
『ナ、ナゴォ……』
「だって、じゃないよ? にゃむさんがそんな尻の軽いサポートAIだなんて思わなかったな?」
『ナ゛!? ナゴ!?』
プイッと顔をそむけたトトリの足元に、にゃむさんがすり寄る。その光景はさながら、浮気した旦那を責める妻だろうか。っていうか、尻の軽いサポートAIって、なに?
そんな、よそ様の痴話げんかを見ていると、フィーがメッセージボードを飛ばしてきた。
「なになに……『イベントの詳細』? ……ってこれ!」
「ん!」
日付が変わった頃、待ちに待ったアンリアル初のイベントの詳細が、明かされていたらしい。その情報をまとめ終えたらしいフィーが、要点を記したメッセージボードを飛ばして来てくれたのだ。
「トトリ! イベントの情報が……」
「うそうそ! わたし、にゃむさん無しだとヨワヨワになるから行かないで~!」
振り向くと、トトリが、立ち去ろうとするにゃむさんに泣きついていた。さっきの今で立場が逆転してる。この一瞬で、いったい何があったんだろう……?
とにかく、お取込み中のトトリに伝えるのは後にして。俺は改めてフィーがまとめてくれたイベントの情報に目を通す。
「えっと……。なるほど、やっぱりストーリーイベントなんだ」
事前に発表されていたのは、シクスポートから出航する船に乗って、プレイヤーがロクノシマを取り戻すと言うストーリーライン。今回はどのようにしてイベントが開催されるかと言うところにまで踏み込まれている。
まず、プレイヤー達はロクノシマに上陸後、1週間をかけて拠点となる港を設営していく。この時に活躍するのが、生産系のスキルを取っている人々。彼ら彼女らが、期間内に家や防壁を建築していくことで『復興度』が上がっていく。もちろん建築には素材が必要になるから、プレイヤー間のアイテムのやり取りが活発になりそう。
そうして拠点を建築する期間が終われば、今度は戦闘系のスキルを持つプレイヤーの出番。迫りくるモンスターの群れから、作り上げた拠点を丸1日……24時間をかけて守り抜く。壊された建造物によって復興度が下がって行って……。
「最後に残っている復興度の値に応じて、アンリアル全体のストーリーが変わる?」
「ん」
間違いないかを確認した俺に、フィーがコクリと頷いた。
どうやら今回のイベントの結果いかんによって、今後のアンリアルのメインストーリーの展開も変わってくるらしい。
(つまり、参加しようが参加しまいが、全プレイヤーに影響があるイベントってことか)
俺みたいなガチ勢だけじゃなくて、トトリみたいにゲームそのものを楽しんでるエンジョイ勢の人も巻き込んだ、大きなイベントになりそう。間違いなく、全プレイヤーにとって大きな刺激になる。それが良い方に働くのか、悪い方に働くのかは、まだまだ未知数だけど……。
「楽しみだね、フィー!」
「ん!」
妖精さんと笑い合って、俺は来週を待つことにした。




