第14話 ゲームにおいて、“強運”の前には何もかもが無力
二度に渡るフィアレスの攻撃を受けて、HPが20%を切ってしまったトトリ。
本来なら距離を取って回復するべきだけど、俺たちには頼れる相棒――サポートAIさん達が居る。
『ナゴォ……』
主人のピンチを察したにゃむさんがトトリの足元に姿を見せる。すぐさま地面に手を着き野太い声で鳴いたかと思えば、トトリの全身が緑色の光に包まれた。プレイヤーのHPを瞬時に半分回復させる〈回復Ⅰ〉のスキルエフェクトだ。
「ありがと、にゃむさん! このっ!」
盾で防いだことによって再びフィアレスに生まれた隙を、再びトトリが丁寧についていく。
そして、俺も。パーティメンバーが作ってくれた隙を二度も逃すわけにはいかない。盾に突進して空中にあるフィアレスの身体。その下に潜り込んで……。
「フィー、『黒鉄の双剣』」
「(ん)」
マンイーターの戦闘でも使った攻撃力100の双剣で、今度はお腹側を切り裂く。すると、表示されたダメージは60。お腹側の防御力は40ということになる。そして、双剣は2度まで隙無く攻撃をすることができるから、
「ついでに、足!」
おまけで、防御力の低そうな後ろ足を斬ってみる。すると、今度こそ「Critical!」が表示されて、120のダメージが入った。
(足の防御力は20! 斬撃攻撃の弱点は後ろ足っと……)
「フィー、ナイフ!」
いったん脳内でメモを取りつつ、同時進行でフィーに『盗賊のナイフ』への〈変身〉を指示。攻撃の後隙を消して、後退した。
同じように、俺とトトリから距離を取ったフィアレス。
『Garrr……』
全身の毛を逆立てて、俺たちを威嚇する。
「トトリ、タゲ交代。俺がボスの攻撃引き付けるから、回復薬飲んでて」
「わ、分かった!」
俺はあえてモンスターに接近することで、モンスターのタゲを引く。ここでいうタゲって言うのは、簡単に言えば、攻撃の優先度かな。モンスターがどのプレイヤーを最優先に攻撃するか。それを言い表したものが、タゲ。標的を表す英単語“target”の略、だったかな?
複数人でのプレイにおいて、このタゲ管理は非常に大切な要素になって来る。
そのタゲ管理の方法なんだけど、最も一般的なのがモンスターに接近すること。
知性が低く設定されている動物や昆虫計モンスターのほとんどが「最寄りのプレイヤーを攻撃する」という攻撃対象選択を行なう。
(フィアレスも恐らく動物。つまり、俺が近づけば……来た!)
『Graaa!』
フィアレスが唸り声を上げて俺の方に噛みつき突進攻撃をしてきた。
俺は落ち着いて攻撃をかわしつつ、トトリが回復する時間を稼ぐ。こうやって敵のタゲを管理しながら、メンバーのHPを管理して戦うのがパーティでの戦闘における基本だ。
本当なら、前回……ハザとか、ソマリとか。大ボスとの戦いもこうやって戦うべきだったんだけど、あの時は敵の攻撃パターンが特殊だったから、タゲ管理があまり意味をなさなかった。そのため、ほとんど個々に動いていた気がする。
(まぁ、俺とトトリ、だからなぁ……)
ソロプレイ派の俺と、陰キャオタク(トトリの本人談)。連携なんて言葉が似合わないそんなペアだと、さもありなん。
それに、ハザもソマリも、動物とは違って元は人間。一定の知性がある設定だ。
彼らのように知性ある敵は、例えば、大きなダメージを与えるプレイヤーだったり、傷を癒すプレイヤーだったり。そうした、モンスターにとって厄介なプレイヤーを、優先的に攻撃する。そのため、そもそもタゲ管理が難しいと言うのもあった。
「フィー。『白鉄の槍』」
「(んー)」
フィアレスの攻撃を避けては、武器で攻撃。同時に、有効打となる「Critical!」が発生する位置も探る。……地味だけど、俺にとっては何よりも楽しい時間だ。
避けて、斬って、刺して。攻撃を受けてしまっても、叩き切って、殴って、斬って。たまに回復薬。ただひたすらに、地道に、試行錯誤を繰り返す。
ちょっと戦ってみて分かるのは、フィアレスのモンスターとしての特性だ。個体差がある中ボスだから、あくまでも参考値だけど……。
・HPは7500前後。
・面で、広い範囲を攻撃してくる爪の攻撃が、攻撃力200。攻撃後、着地の後隙が1秒。
・点で、狭い範囲を攻撃してくる噛みつき攻撃が、攻撃力200。ただし、鎧の防御力無視。攻撃後、着地の後隙が1.5秒。
・防御力は背中側が90。お腹側が40。爪がある前足が40で、後ろ足が20。
・全体的に有効打になるのは、魔法系スキル。ただし、動きが素早いから当てるのは難しいかも。
・一番攻撃を当てやすい背中には打撃武器が有効。ただし、打撃武器は総じて隙が大きいため、フィアレスの攻撃を受ける可能性大。
軽く戦闘して集めた情報を、脳内で整理。記憶していく。
(もっと……もっと!)
たまに訪れる痛みをアドレナリンで打ち消して、ただひたすらにフィアレスと殺し合う。と、いつの間にかフィアレスの全身から赤いオーラが立ち上っていることに気付いた。
先日、グリズリーと戦った時にもあった“怒り”状態だ。こうなると、攻撃力と攻撃速度が上がる。ついでに、俺にタゲが俺に固定された証だ。
これこそが、ゲームの醍醐味である「攻撃のリスク」。
ゲームにおいて、攻撃することにリスクを付けることは大切だ。もしタゲ設定が「最寄りのプレイヤーを攻撃する」だけなら、1人が敵の注意を引いて、残りのプレイヤーは安全圏から敵を攻撃するだけの単調なゲームになってしまうからだ。
だからこそ、アンリアルでは、知性のあるなしに関わらず、敵のタゲを引く行為として「一定以上のダメージを与えること」がある。基本はそれぞれの思考アルゴリズムに従ってタゲを設定するモンスターたちも、特定のプレイヤーがダメージを与え続けていると、何を置いてもそのプレイヤーを最優先で攻撃するようになる。
自分を殺そうとする存在には全力で敵意を向ける。
そんなある種の生存本能は、現実もゲームも変わらないということだろう。
ただ、ずっとソロプレイをしている俺には関係ない。いつだって、モンスターのタゲは俺に向いている。だから……。
『Gar! Garr!』
血走った目で、執拗に俺を攻撃してくるフィアレスの姿にも、動揺することは無い。落ち着いて、防ぐべき攻撃を防いで、避ける攻撃を避けて。怒り状態が収まるのを待つ。この攻撃を凌いだら、また情報収集を――。
「そ、そりゃあ!」
一瞬の、出来事だった。
目の前を、一瞬、黄金色のエフェクトが通り過ぎる。続いて、目の前に「Critical!」の表記と1560のダメージ表記が表れる。
「……え? って、イタッ!?」
突然の出来事に立ち尽くした俺に、フィアレスの噛みつき攻撃が命中する。一気にHPが赤色になり、あと一撃貰うとゲームオーバーの域にまで来た。ただ、噛みつき攻撃を成功させた場合、フィアレスは2秒くらい、噛みついた姿勢を保つ。もちろんそれは運営によって用意された、プレイヤーが攻撃するための隙で――。
「ナイス、斥候さん! 」
完全に俺の意識から消えていた存在――トトリが、俺に噛みついた姿勢で固まるフィアレスの背後で剣を構えている。トトリの全身は金色に輝いていて、それは条件付きで与えるクリティカルダメージを10倍にする〈万福招来〉のスキルが発動している証でもあった。
怒り状態になるくらい、フィアレスのHPは減っていた。俺が分析に夢中になっている間にHPを半分ほどは削ってしまっていたんだろう。
そんな状態で、一度、1560のダメージを受けてしまったフィアレス。もし今、再びトトリの攻撃が命中すれば、フィアレスが死んでしまう。
(貴重な情報が、無くなる!)
いつまた会えるともしれない中ボスだ。この機会を逃せばもう会えないかもしれない。
「ちょ、待って、トトリ。お願いだから――」
「そのまま~、そのまま~……せ~のっ!」
俺の叫びが、トトリに届くことは無い。
(いや、まだだ!)
〈万福招来〉はフルダイブ操作でしか効果を発揮しない。つまり、今のトトリはフルダイブ操作。ワンチャン、攻撃を外す可能性もある。それに、トトリが攻撃しようとしているフィアレスの背中は、剣は有効武器じゃない。クリティカルは、ごくごく低い確率でしか発生しな――。
Critical! 1560!
俺の希望が、あっさりと両断される。
ポリゴンとなって消えゆくフィアレス。4つ落ちるドロップアイテム。
「や、やった! やったよ、斥候さん!」
無邪気に喜ぶトトリ。
全ての事象が都合よく進む。そんな人生ヌルゲー少女の前には、俺の期待など、余りにも……。そう。余りにも、儚いものだった。




