第13話 “面倒さ”以上の“メリット”があるもんね
転んだ勢いそのままに、木に激突したトトリ。そのはずみで落下したハチの巣から大量のハチが飛び出し、トトリを襲った。
まさに泣きっ面にハチを体現するトトリに巻き込まれないように距離を取っていた俺が解毒薬の準備をしていた時だ。
「ん!」
姿を見せたフィーが、俺に注意を促してくる。
その理由は、すぐに分かった。
遠く、木々の合間を縫ってこちらに駆けてくる影が見えてくる。体高は1mくらい? シルエットは細長くて身体を波打たせるようにして走って来る。その特徴的な走り方は、イタチとか、フェレットに近いかも。
「トトリ! なんかモンスターが来てる!」
「う、うそ!? えっと、解毒薬を……、あっ、でもまずは移動しないと――」
「その前に、コントローラー操作に切り替えて! 大きさからして、多分、中ボス戦になると思うから!」
「わ、分かった!」
幸い、毒ですぐ死ぬことは無い。モンスターが来るまであと5秒くらいかな。
「……き、切り替えた!」
「おっけ! じゃあとりあえず逃げ……なんでこっち来んの!?」
俺が、逃げるように……というか、俺から距離を取るように言う前に、トトリがこっちに向かって走って来ていた。
「ぅえ? だって今から戦闘、だよね?」
「そうだけど! ハチのタゲが向いている状態でこっちに来たら……痛っ!」
気づいた時には、もう遅かった。太もも辺りに痛みを感じて見てみれば、ハチが俺の足に針を突き立てている。同時に、俺のHPゲージの下におどろおどろしい緑色をしたドクロマーク――毒状態――が表示された。
「最悪だ……」
「どうしたの、斥候さん……って、あっ! ハチ……」
俺の目の前まで来てようやく、気が付いたらしいトトリ。コントローラー操作に切り替えると、痛覚もなくなってしまう。自分がまだまだ大量のハチを引き連れていたことに気付かなかったんだろう。
(とはいえ。ゲームとか関係なしに、ハチに追われてる状態で人の所に行っちゃダメでしょ……)
解毒薬を飲みながら俺がジトリとした目を向けると、
「あ、う、えっと……。ご、ごめんね♪」
手を合わせて身体をひねる“ごめんね”のモーションを取るのだった。
「はぁ……。まぁ、うん。これも含めてトトリだから、良いや」
「あ、あれ? ひょっとして今、わたし、あ、呆れられた……?」
ひょっとしなくても呆れてる。でもこれも、トトリと探索をすることの必要経費だ。解毒薬自体も、ぷーさんのお店に行けば400Gで買えるし、それに……。
(トトリと組むのは、面倒以上のメリットがあるから!)
俺がトトリから視線を切ってハチの巣の方を見ると、そこには、尻尾も合わせて体長3mほどの細長い四足歩行の生物が居る。面長で、尖った鼻先。全身は深い茶色の毛をしているんだけど、頭のてっぺんから尻尾の先まで線を引くように白い毛が生えていた。
尖った牙を覗かせながら、ハチの巣を貪り食うその生物は、
「わっ、可愛い! ……大きさ以外」
思わず、といった様子でトトリがこぼしたように、姿形はフェレットのように愛嬌がある。けど、その見た目に騙されてはいけない。
毒を持つハチに襲われているのに、ものともしないその姿。巣にいる幼虫はもちろん、昆虫の硬い殻も噛み砕く顎の力と、鋭い牙。自分より大きな肉食動物にも立ち向かう、勇敢さも持っている。
バリバリとハチの巣を食べて、次はお前たちだと言うようにこちらを見るその生物は、ミツアナグマ。またの名を、ラーテル。学者の中でも、陸上最強の生物として名を上げられることもある、厄介な動物だった。
「えと、あの子の名前は……『フィアレス』? レベルは37」
「“恐れ知らず”って意味かな。そんなことよりも……初めて見るモンスター!」
2年以上のアンリアル歴をもってして初めてのモンスター。しかも大きさからして中ボスクラス。否が応でもテンションが上がる。
「斥候さんが目に見えてテンション上がってる!? せ、斥候さんにも知らないモンスター、居たんだ、ね?」
「当たり前でしょ。トトリは俺のこと、なんだと思ってたの?」
「……歩くモンスター図鑑?」
褒められているのか、馬鹿にされているのか。判断に困る。……うん、まぁ、どっちでもいいか。今はトトリのことなんかよりも、フィアレスの方が大事。
「フィー。『木に足を引っかける。流れで木に頭突き。ハチの巣落とす。壊す。ハチに刺される』。メモしておいて」
出現した状況……トトリを襲った不運の連続を記録しておく。後で再現性があるか、検証するためだ。
「ん。(書き書き……)」
「わ、わたしの醜態がフィーたんの手で記録されていく……。嫌だけど、悪くないような……?」
「トトリ~。うっとりしてるところ悪いんだけど、死ぬかも」
「……え? わっ!」
もうフィアレスとは戦闘状態にある。もちろんモンスターの方にプレイヤー側の事情なんか関係ないから、会話していようが気を抜いていようが襲い掛かって来る。
跳躍しながら強靭な顎での噛みつき攻撃を仕掛けて来たフィアレスを、俺は余裕をもって。トトリはギリッギリのタイミングで躱した。
「ちょ、斥候さん! 注意が遅いよ!」
2人してフィアレスから距離を取った後、トトリから抗議の声が飛んでくる。
「それくらい自分で気づいて、対処して! 最悪、逃げてくれてもいいから!」
「そんな!? う~~~……っ!」
恨めしそうなトトリからの視線は無視して、俺はフィアレスの動きに集中する。
噛みつき攻撃を外して着地したフィアレスは、近い位置に居た俺の方を狙ってきた。攻撃方法は、今度は爪。体力がある今、俺がするべきこと。それは、もちろん――。
「イッタ……」
ダメージを受けること。
視界に表示された数字は90。俺が身に着けている防具は今日も安息の鎧。防御力が110で、魔法耐性が40ある。
(爪の攻撃は90。攻撃方法は薙ぎ払いに近いかな)
点を狙う噛みつき攻撃とは違って、面を狙う。より命中力に重きを置いた攻撃方法とみて良さそう。
攻撃されたら、もちろん、攻撃後の隙を狙わないと。俺を爪で切り裂いたフィアレスが着地した瞬間に、
「フィー、『白鉄の剣』!」
剣での攻撃を行なう。白鉄の剣は攻撃力100という、とても計算がしやすい剣だ。振り下ろした真っ白な剣がフィアレスの背中に命中する。果たして結果は……じゃかじゃん。
「10、だと……?」
つまり、フィアレスの防御力は90。攻撃したのが固い毛皮のある背中とは言え、中ボスとしてはこれまで見てきた中でも最高硬度。さすが、肉食動物の牙をも防ぐと言われるラーテルを模したモンスターだ。
『Grrr……。Gyan!』
犬っぽい、けど、擦過音が混じったような。そんな鳴き声で俺を威嚇したフィアレスは次に、トトリを狙う。攻撃方法は、爪か。
対するトトリは、左手に盾を、右手に剣を持つ基本の前衛スタイル。盾は青色に塗装されてるけど、防御力50の『ラウンドシールド』かな。
「き、来たっ! タイミングよく……B!」
『Kyan!?』
盾を真正面に構えてフィアレスの攻撃を受け止めたトトリ。表示された被ダメージは75だ。
フィアレスの、爪による攻撃は200。本来、防御力50のラウンドシールドで防いだ時に受けるはずのダメージは150のはずなんだけど、盾には「ジャストガード(通称:ジャスガ)」と呼ばれるシステムがある。成功すれば、受けるダメージを半減しつつ、攻撃に付随する効果を打ち消す効果があった。
(3週間前……。ハザ、ソマリ攻略だとほとんど失敗していたけど……)
持ち前の負けん気で練習でもしてたんだろうか。トトリはジャスガに成功していた。そして、盾にぶち当たったフィアレスが悲鳴を上げている間に、
「弾いたところを、A!」
ゲームシステム通り、袈裟懸けに振り下ろされた水色の剣がフィアレスの背中を捉えた。表示される「Critical!」の表記と共に浮かび上がるダメージ数値は105。今のクリティカルはジャスガの付随効果と思われた。
トトリに斬られたフィアレスは着地すると、今度はジグザグに動きながらトトリを狙う。体高1m、体長3mもある巨体からは想像できない身のこなしだ。
「右!? 左!? 右、左……え、えと……右!」
右方向に盾を構えたトトリ。方向自体は合ってたけど、迷ったせいでタイミングをミスったみたいだ。150のダメージが表れる。
トトリのHPは450。さっきと今とで合計225もダメージが入ってしまっている。さらに、直前には毒によるダメージも入っていた。結果、俺の視界の端に映るトトリのHPゲージは、赤色……5分の1以下になってしまっていた。




