第12話 ゲームであえてリアルの話をするのも、乙なもの
時刻は午前0時を回った頃。俺とトトリは、シクスポート南東側の森を探索していた。そこは、前回俺がマンイーターと戦った場所と、街道を挟んでちょうど反対側の位置にあたる。
「よい……しょ、っと!」
『Kyuuu……』
俺が振り下ろした全長1.8mの巨大な斧『バトルアックス(フィーver.)』が、淡い黒色の毛並みをした兎のHPを0にする。
倒したウサギの名前は『夜兎』。体長30㎝ほどで、尻尾がギザギザと雷のような形をしている黒い兎だ。レアモンスターってわけじゃないけど、生息域を1時間くらい探し回れば、1匹見つけられるかどうかという、珍しいモンスターではある。
「そんな夜兎も、これで4匹目。しかも――」
俺は、倒した夜兎が落としたドロップアイテムの数を確認する。そこには、『夜兎の毛皮』が2つと、『夜兎の肉』が1つ落ちていた。
「――ドロップアイテムが最大の3つ。う~ん……。さすが、トトリ」
夜兎みたいに、会うこと自体が難しいモンスターは、最低でも1つ、アイテムを落とす仕様になっている。運が良ければ2つ。ごくまれに、3つ。そんな塩梅なんだけど、この1時間で倒した4匹とも、3つのアイテムを落としていたのだった。
通常、色々とあり得ないことを当然のように見せつけてくる。そんな豪運に俺が驚愕を通り越して呆れる、その横で。
「うぅ、わ、わたし、また何もしてない……」
肩を落とす“がっかり”のモーションを取るトトリ。
というのも、どういう訳か、トトリの運の良さはフルダイブ操作でしか発揮されない。そんな事情もあって、この森に来てからは終始、トトリにはフルダイブ操作にしてもらっている。
だけど、フルダイブ操作状態のトトリが戦闘なんてできるはずもない。ということで、戦闘になり次第、トトリには盾を構えて棒立ちしてもらうことしか出来なかった。一応、隠れる選択肢もあったけど、トトリの強い意志によって却下された。
(これじゃあ、介護プレイどころか姫プレイだよね)
姫プレイ。通称「姫プ」。色んな意味合いがあるけど、今回で言えば、可愛い女性プレイヤーを騎士みたいに守るプレイングのことを指す。それ自体は悪いことじゃないんだけど、大抵の場合、女性プレイヤーに格好良い所を見せようとする男性側の下心が透けて見えて気持ち悪がられる。だから、蔑称として使われることの方が多い言葉だった。
俺も、普通にゲームで遊ぶぶんには、姫プなんて絶対にしない。でもアンリアルには、お金がかかっている。生活が、かかっている。だから、例えトトリからやりがいを奪うことになってしまっても、今回ばかりは我慢してもらうことにしていた。
その代わり……。
「はい、トトリ。これ、約束のドロップアイテム」
俺は、『夜兎の毛皮』2つをデータとしてトトリに転送する。前回、ボス攻略をした時とは違って、今回はトトリに協力してもらう形だ。だから、報酬の分け前は必ずトトリが俺以上になるように渡す取り決めを、事前にしていたのだった。
ただ、分け前を決める時、トトリは持ち前の人の好さを見せて『戦っていない自分の方が、多くアイテムを貰うのはおかしい』と、抗議してきた。結局、俺が先に欲しいアイテムを貰ってることを強調すると、渋々妥協してくれたんだけど……。
「せ、斥候さんは、何を貰った……の?」
何気ない風を装って、トトリがそんなことを聞いてくる。聞いただけだと、自分より良いアイテムを取ったんじゃないかを疑う質問。だけどトトリの場合は逆。俺が遠慮をして安いアイテムを取ったんじゃないかを確認してるんだろう。
変なところで律儀と言うか頑固なトトリに苦笑しつつ、俺はピンク色をした真ん丸な肉塊を取り出す。
「『夜兎の肉』ってアイテム。ちゃんと料理したら美味しいし、HPじゃない方の体力を強化してくれる強壮薬にもなるから」
「そ、そう、なんだ……? じゃ、じゃあ遠慮なく、貰っちゃう、ね?」
俺が肉の有用性を強調したことで、ようやく納得した様子のトトリ。
「これで、合計6つ……。ふふっ、そろそろ兎のぬいぐるみが作れるかなぁ」
相好を崩しながら、インベントリを眺めるのだった。
「それじゃ、次、行こうか。時間、大丈夫そう?」
「じ、時間……? 大丈夫、だよ。テストも、終わったし」
「そっか。じゃあ、もうちょっとだけ、よろしく」
トトリがコクリと頷いたことを確認して、俺は木漏れ日照らす森の中を歩き出す。と、俺の後を追うトトリが口を開いた。
「て、テスト。せ、斥候さんは、どうだった、の?」
「テスト……?」
なんの話だろうと頭をひねること、少し。
「あっ! もしかして六花の中間テストの話?」
「そ、そう」
振り返った俺に、トトリは首を縦に振る。
まさかこの人とアンリアル以外の、それも現実の方の話をするとは思わなかったから、思い至るまでに時間がかかってしまった。で、えっと、テストの話だっけ。
「う~ん、どうだろ……。少なくとも、授業で聞いた内容……基本問題系は自信あるかも。逆に応用問題とかは、やばそう」
「お、応用問題?」
記憶を求められる問題は得意。だけど、理解を求められる問題は苦手。それが、俺の自己分析だ。
「英語で言えば、単語の意味とか文法の形を覚えるのは得意。でも、文の意に沿って、複数ある単語の意味を推測したり、いくつかの要素が複合した構文の分解は苦手、みたいな」
「な、なるほど……」
「そういうトトリは? 高校入って初めてのテスト。どうだった?」
俺はコミュニケーションの必殺技、オウム返しを使う。
ウタ姉曰く、会話はキャッチボール。弾(=話題)を投げられたら、投げ返してあげるのが基本らしい。大抵は自分がされた質問をオウム返しすれば良いし、それが無理なら、ちょっと掘り下げたいところを聞いてあげる。
『相手の話を聞いて、質問してあげる。ほんとに、それだけでいいの』
そう教えてくれたのは、ウタ姉だったか、詩音さんだったか。とにかく、これを心掛けただけで、いつしか俺の中での「会話すること」のハードルがグッと下がっていたのだった。……まぁ、苦手意識自体は、まだまだあるんだけど。それに、瞬時に色んな事を考えないといけないから、人と話すのは疲れるし。
(けど、多分、人と話すことが嫌いなわけじゃないんだよね)
それはきっと、俺が話をすれば家族が笑ってくれたから。今日、誰と、どんな話をした。たったそれだけのことで、小鳥遊家の人たちは、なぜかみんな優しい顔をしてくれた。今だって、こうやってトトリと話すことが、ウタ姉の笑顔につながる。そう思うと、例え苦手だとしても、人と話すことをやめるわけにはいかなかった。
意識を会話に戻して、トトリのテストの話。
「わ、わたしは、多分、斥候さんとは逆……かな。覚えるのは苦手。だけど、意味の、る、類推? みたいなのは得意、かも」
感受性の豊かなトトリのことだ。国語や英語における意味の類推。他にも出題者の意図を汲んだりするのは、めっちゃ得意そう。
「け、けど、歴史とか、覚える科目は、その……。あはは……はぁ」
トトリがこぼした乾いた笑いと、続いたため息だけで、暗記科目の結果はお察しだろう。
「まぁ、暗記科目は覚えさえすればいいぶん、対策も楽でしょ。暗記くらい、誰にでもできるし」
「そ、それが出来てたら、世の受験生は苦労しないよ~……わわっ!?」
なんて、探索の傍らで学校の話をしていた時だった。話に夢中になっていたのか、トトリが木の根に足を引っかけて転んだ。しかも“運の悪いこと”に、トトリが転んだ先には別の木があって――。
「ぎゃんっ」
額を強かに打ちつけてしまう。さらに、トトリの不運は続く。
どうやらトトリがぶつかった木には、自然界の罠の1つ『ハチの巣』があったらしくて、そのハチの巣がトトリのすぐそばに落ちて、割れた。
断面からこぼれるのは、万能素材「ハチミツ」。だけど、ハチの巣って言うんだから、もちろん巣にはハチがいて……。
「イタッ!? アイタタタッ!?」
トトリが刺される、刺される。こうなると「毒(2ダメージ/1秒)」状態になる。しかも、解毒薬を使わないと死ぬまでダメージを貰うことになる。
(まさに、泣きっ面にハチだ……)
巻き込まれないように距離を取りながら、解毒薬を準備してあげていた時だった。ポンッ、と音を立てて姿を現したフィーが、
「ん!」
目つき鋭く(それでも迫力は無いんだけど)言って、警戒を促してくる。たかがハチの巣トラップだけでフィーが注意を促してくることは無い。ということは……。
「もしかして……っ!」
どうやら、何かしらのイベントが発生したらしかった。




