第11話 本当に“AI”なんだよね……?
5月24日、金曜日。午後11時。アンリアルにて。
『インした』
『りょ』『いつものとこで』『待っててね』
『分かった』
そんな短いやり取りののち、俺がファーストの町の噴水広場の隅の椅子に座って、待つこと5分。
「お、お待たせ~!」
水色の髪に、深い色合いの水色の瞳。やや垂れ目がちなところだけは、現実と似てるかも。全身を青系統の装備でそろえた女性プレイヤー――トトリが俺の方に駆けて来て、
「んぎゃ」
『ン゛ナ゛!?』
盛大にコケた。ついでに、トトリの腕に抱かれていた太った黒猫AIにゃむさんも、潰れた。何が可哀想って、普通なら倒れるときって反射的に手が前に伸びるから、にゃむさんは逃げられたはずなんだよね。だけど、トトリは、なぜかにゃむさんを抱えた体勢のまま、コケた。
(たぶん、本人はにゃむさんを守ろうとしたんだろうけど……)
結果的には、にゃむさんは見事にトトリの下敷きになってしまっていた。……頑張れ、にゃむさん。
「イテテ……。あ~! ごめんね、にゃむさん!」
『ナ、ナゴォ……』
力なく鳴いたにゃむさんを大事そうに抱え上げて立ち上がったトトリが、よろよろと歩いてくる。
「ひ、久しぶり……だね。たかな……せ、斥候さん」
「うん。久しぶり、トトリ。早速で悪いんだけど、なんでフルダイブ操作?」
コントローラー操作ならまず起こり得ないコケるという光景に、思わず俺は聞いてしまう。その問いかけに対して、トトリはベンチに腰掛けながら答えてくれた。
「わ、わたし、1人の時は、基本フルダイブ操作……だよ? や、やっぱり、匂いとか、感触とか。アンリアルはフルダイブの方が、楽しい……から」
「……なるほど」
アンリアルはフルダイブ操作の方が楽しい。それには激しく同意だけど……。
「ゲームで思い通りに動けないストレスみたいなものは無いの?」
俺は、素朴な疑問をぶつけてみる。今のトトリは、いわばラグのある状態でゲームをしてるのに近い。しかも、極端なラグ。俺の場合、対戦ゲームなんかで、ラグでうまく動けなくて負けたらめちゃくちゃ腹が立ってしまう。
それに、トトリは触覚の設定をオンにしてるはずだから、コケたときの痛みもあるはず。それでもトトリは、
「ストレス、は、ある……よ? けど、ふ、フルダイブ操作も、出来るようになりたい……から。えへへ」
出来ないことにもあえて挑戦すると、笑ってみせた。
(……まぁ、トトリが良いなら良いか)
本人が楽しめてるなら、それが一番だよね。
「あっ、でも安心して! た、探索する時は、ちゃんとコントローラー使う……から!」
他人(俺)に迷惑をかけないようにって言う心がけも、きちんとできてるみたいだし。
「おっけ。それじゃあ早速、シクスポートに――」
「待って」
ベンチから立ち上がろうとした俺の目の前に、トトリからメッセージボードが送られてくる。
『プレイヤー名:『トトリ』とパーティを組みますか? Yes/No』
その文言は紛れもなく、パーティ加入申請だった。
パーティは、1人1つまでしか所属できない。先日、トトリがニオさんとパーティを組むにあたって、無事に俺と鳥取のパーティは解消されていた。しかし再び、このヤバい人とパーティを組むかどうかを聞かれている。
反射的に「No」のボタンを押しかけた俺だったけど、
「約束したよ? 今日、小鳥遊くんに協力する代わりに、わたしと、またパーティを組むって」
気のせいか、虚ろな目をしているトトリが俺のことを笑顔でジィッと見てくる。
実は今日、探索し尽くしたシクスポート周辺に、本当にもう何もないのか。それを、トトリの力を借りて調べる予定だった。もちろん、戦闘要員としてじゃなくて運要因として。トトリの方にも、ソロではなかなか行くことができない高レベルのモンスターが出る場所を探索できるって言うメリットがある。
ただ、トトリはわざわざ危険な場所に出向かなくても、その辺で土や石を掘ったりしてるだけでそれなりの収入になる。
だから、俺はパーティを組むことを餌にして、トトリを釣った。パーティを組めば、トトリの悲願であるフィーへのお触りの可能性が生まれるからだ。
「わたしは、行かなくても良いんだよ? けど、小鳥遊くんがどうしてもって言うから、付いて来てあげてるの。……自分の立場分かってる?」
相変わらずどこを見ているのか分からない、光のない瞳を俺に向けて、笑っているトトリ。有無を言わせない雰囲気に押されて、さっきから実名で俺のことを呼んでることすら訂正できない。
「もう一度言うね? わたしとパーティを組むって約束、守ってね?」
「……うん」
「わたしに、フィーちゃんを触らせるって言う約束も」
「うん。……うん? それはしてない」
危うく、フィーを変態に差し出してしまうところだった。
事実無根の約束を否定した俺を、ぼうっと見つめていたトトリだったけど、徐々に瞳に光を戻していって……。
「あ、あれ、そうだったっけ?」
ようやく、いつもの調子に戻ってくれた。
相変わらず、トトリの美少女(二次元)への執着がすごい。こういう変質者的なところが無かったら、トトリとパーティを組むことに躊躇いは無いんだけどなぁ。
「フィーのお触りが条件なら、さすがにトトリとはパーティを組めない。普通にキモいから」
「き、キモい……!? こ、これでもわたし、女の子――」
「あと、ゲームで実名呼ぶのはマナー違反。頼むから、注意して」
「あ、ぅ……。ごめん、ね」
きちんと反省してくれたようなので、俺はパーティ加入申請の「Yes」ボタンを押す。すると、いつかと同じように、画面の左端にある俺の名前の下にトトリのHPゲージが表示されたのだった。
って言うか、ただパーティを組むだけなのに、またしても時間と労力がかかってしまった。視界の端にある時刻を確認すると、10分近く経ってる。
「おけ。それじゃ、シクスポートに行こう」
「う、うん! あっ、でもその前に、コントローラー操作に切り替えないと……」
トトリが作業する間、俺は噴水広場を見渡す。今日もたくさんの人が居て、にぎわっている。もしこんな場面でフィーが虚空から現れるようなことがあれば、一瞬でサポートAIだと分かってしまう。プレイヤーがログインする時は、ポリゴンがゆっくりと人型になる感じだもんね。
アンリアルをプレイしてもうすぐ3年。あの自由気ままな妖精さんが現れる瞬間を誰にも見られてないのは奇跡に近い。
(そう思うと、フィーは絶対に人目が無いタイミングで現れてくれてたってことになるのかな)
案外、フィーはフィーで、タイミングを見計らって現れていてくれたのかも。AIだから、ゲームのデータを参照して、プレイヤーの視線の穴をついて出て来てくれてたと考えるべき――。
(あれ? でも“あの時”だけは、フィーは衆人環視の場面で現れたような……?)
それは、俺が府立六花の受験を終えて、半年ぶりにアンリアルにログインした時のこと。フィーはここ、噴水広場に姿を現して、俺にログインボーナスのハグをしてくれた。……けど。
あの場には、少なくとも100人以上のプレイヤーが居たはず。全員がフィーの姿を見てないなんてこと、考えられない。いや、一瞬だけなら、人々の視線が途切れることもあるのかもしれない。だけどあの時、俺とフィーはそれなりに会話していた。何ならフィーは少しゴネてたし、他のプレイヤー達もフィーのことを物珍しげに眺めていた。
(けど。やっぱりフィーの情報が出回ってる感じは無い……)
となると、残される可能性は……。
「俺にだけフィーが見えてた?」
人々が物珍しげに見ていたのはフィーじゃなくて、1人で喋ってた俺だとするなら、辻褄も合う。
(けど、フィーには他人から見られない、みたいなスキルは無い)
もしそんなスキルがあるのなら、お出かけ好きなフィーのことだ。出し惜しみなんかしないはず。
トトリと安息の地下に潜る直前に奇妙な笑みを浮かべていたことがあったり、AIにしてはどことなく人間臭かったり。これまではシステムだから、AIだからと見逃してきたけど、結構謎が多い気がするフィーさん。
ううん、フィーだけじゃない。にゃむさんを始め、ストーリに登場するキャラ達もそうだけど、どこか人間味を感じさせるアンリアルのAI。彼ら彼女らは、本当にAIなんだろうか。
「考えすぎ、かな……?」
丁度、操作方法の切り替えを終えたらしいトトリ。考え事はひとまず切り上げて、俺はトトリと連れ立って、シクスポートへと向かった。




