第7話 絵に描いた餅とはこのことだよね
1学期中間テストを来週に控えた府立六花は、テスト期間に入った。各部活は原則禁止となり、放課後には空き教室が自習室として開放される。その他大勢の高校と同じく文武両道を謳う府立六花も、部活と勉強の両立を学生たちに求めていた。
しかし、部活をしていなかったり、日ごろからきちんと予習復習をしたりしている生徒からすれば、あまり関係が無い話とも言える。かくいう俺もバイトのために部活をしておらず、勉強もきちんと出来てる……はず。そんなわけで俺は今日も、相も変わらずアンリアルにログインしていた。
「ログイン完了……」
「ん!」
シクスポートの宿のベッドで起き上がるや否や、“お出迎え”をしてくれるフィー。今日もログインボーナスは可愛い。
ひとまずフィーをベッドに座らせた後、俺は今日の方針を決めることにする。
「早速で悪いんだけど、フィー。攻略情報をお願い」
「ん」
頷いて、虚空を眺めるフィー。眠そうな青い目の奥では、無数の数字や文字の羅列が駆け巡っている。まさに情報を走査していると言わんばかりのこのエフェクトが、俺は好きだ。フィーの虹彩が青いことも相まって、まさに情報の海を漂っているように見えた。
(そう言えば、どことなくフィーって飛鳥さんに似てるような……?)
白銀の髪に、青い目、整った顔立ち。それはどことなく、バイト先の美人さん飛鳥ヘレナさんを思い出させる。……まぁ、髪色と目の色が似てるってだけなんだけど。それでも、どことなく神秘的な雰囲気を持つフィーと飛鳥さん。2人が姉妹だと言われても、納得できそうな気がした。
「……ん」
やがて、有能AIフィーによって取捨選択がなされた情報が、メッセージボードとして俺の目の前に表示される。
アップデートから10日以上が経って、新エリアにおける未踏破領域は残り10%ほどではないかとのことらしい。新しいスキル、新しい武器・アイテムの情報も次々と出て来ていて、それらシステム面での攻略は80%ほどが出そろっているようだった。
ついでに『安息の地下』に関しても新たな動きがあった。先日、俺と鳥取によって“完全攻略”がなされた安息の地下。オワコンだと思っていたダンジョンから見つかった新たな未知に、多くのゲーマー達の目が向けられた。その結果、隠し通路とソマリの存在が公のものになり、『安息の○○』シリーズも人々が知る所となった。
ただし、俺と鳥取が挑んだユニークシナリオ『長き夢見る姫の夢』についての情報は、まだ俺の耳に届いていない。俺を含めたごく一部のプレイヤーだけが情報を独占しているのか。それとも、もう二度と、発生しないシナリオなのか。真相は闇の中だった。
「さて。それじゃあ今日も、シクスポート周辺の探索をしようと思うんだけど……」
「……ん?」
俺の視線を受けて、フィーが眠そうな眼で見返してくる。
「フィー。今日はそのまま、外に出てみよっか?」
「……ん!?」
俺からの提案に、フィーが珍しく目を真ん丸にする。そのままって言うのは、妖精の姿のまま外に出るってこと。
「んっ、んっ!?」
良いの、良いの!? とでも言いたげに、鼻息を荒くするフィー。そんな妖精さんの頭を撫でてあげながら、俺は何度も頷いて見せる。
先週確認したところでは、女性プレイヤーを中心に「妖精の翅」を装備するプレイヤーもちらほら見受けられるようになった。今なら、フィーのことを“プレイヤー”だと言い張ることができると思う。
通常、1対2枚の妖精の翅と違ってフィーの翅は2対4枚だから多少目立つだろうけど、
『何かのクエストかシナリオで手に入る特別な妖精の翅かな?』
と思ってくれるはずだ。
トトリとパーティを組んだ件でも、フィーにはいろいろ我慢をさせてしまった。それに、フィーはいつもAI遣いが荒い俺のために頑張ってくれている。この子に戦闘以外で恩返しができるとするなら、ありのままの姿で町に出る、くらいしか思いつかなかった。
ただし、白いワンピースに白銀の髪だと、プレイヤーだとしても目立ちすぎる。それは嫌だから……。
「その代わり、このフード付きのローブ、羽織ってくれる?」
俺は、SBさんやニオさんが使っている黒いローブ(Sサイズ/1,000G)をフィーに手渡す。全体的に真っ白っていう印象を隠せれば、まぁ、そこら辺の可愛い幼女になるはず。
「種族に応じて形が変わってくれるから、翅の邪魔にもならないと思うし……どう?」
俺と、手に持ったローブを順に見ること、数回。
「~~~~~~!」
声にならない歓声を上げて、フィーが俺の胸に飛び込んで来る。笑顔で頬ずりしてくるこの様子を見る限りだと、オーケーかな。
「それじゃあ、早速行こう」
「ん!」
俺はローブを身に纏ったフィーを連れて、宿を出ることにした。
アップデートによって追加された最新の町『シクスポート』。ストーリーを攻略したその日に遠目で見たように、恐らくモデルは地中海の町並みなんだと思う。
海に向けて緩やかに傾斜する地面。地形は半径5㎞ほどの扇状になっている。めっちゃ傾斜が緩やかなお盆にも似た地形のおかげで、町のどこに居ても北側――マップの上部にある海『コンマ海峡』が見渡すことが出来た。建物の外壁の白と、紺碧の海、色とりどりの屋根が織りなす美しい景色が、このシクスポートの売りなんだろう。
実際、この美しい景色に心奪われた人も多かったんだと思う。公開されてから1週間で、町の2割ほどの土地や建物が購入されたようだった。
「うーん……。景観だけは抜群なんだよなぁ」
俺は目抜き通りに立って、改めてシクスポートの町を見渡す。
いやもう、ほんとに、景観だけはきれいなんだよね。頬を打つ風も、漂ってくる潮の香りの再現度も、さすがアンリアルだと言わざるを得ない。……ただ、前にも思ったことだけど。
(これが、“大型アップデート”じゃなかったらなぁ……)
広大な海。恐らくここに“大型”の部分が詰まっているんだと思う。海のしょっぱさ。魚はもちろん、海洋の魔物と思われる影もたくさん確認できたし、ワクワクした。けど、今はまだ水中装備がほとんど実装されてないから満足に探索できない。
(これを多分、絵に描いた餅って言うんだろうな)
他にも、ワクワク要素は沢山ある。
港町と言うように、シクスポートには大きな港がある。そこにはたくさんの船が停泊していて、出向を今か今かと待っている状態だ。……けど!
(今はまだ船を操舵する機能は解放されて無いんだよなぁ)
今回のアップデートはおよそ全てがお預け状態。そう言っても良いと思う。いずれは大航海時代がやって来るんだろうけど、欲を言えば、今回で全て実装して欲しかったよね。
遠く見える港町と船、海を見遣りながら、俺は小さく息を吐いた。
一応、うちの妖精さんの反応を見るに、まだ発表されてないコンテンツもあるんだと思う。けどそれも、俺の希望的観測でしかない。
(頼むから“この先”があってよ、アンリアル……!)
心の中で手を合わせる。そんな俺とは対照的に、ご機嫌なのは相棒妖精であるところのフィーさんだ。
「~♪ ~~♪」
俺の手をぎゅっと握り、鼻歌まじりに隣を歩いていらっしゃる。ここまで上機嫌なのは出会ってから初めてかもしれない。それくらい、妖精の姿で町を歩けることが嬉しいみたいだった。
もちろん、青白く輝く透明な2対4枚の翅は人目を引いている。
けど、意外と好奇の目で見られることは少ないように思う。フィーの見た目が小学校の中~高学年くらいというのもあるんだろう。透明な翅よりも、ウッキウキで手をつないで歩くフィーを、微笑ましく見る人の方が多かった。
「さて。それじゃあ、フィー。追加コンテンツもなさそうだし、今日もあそこに行っても良い?」
「ん♪」
フィーが頷くと同時。俺の視界に、矢印が表示される。目的地までの道のりを教えてくれる案内機能だ。
ログインした時に確認したけど、シクスポート、及びその周辺はもう既にほとんど踏破されている。ここからプレイヤー達が必要とするのは、何がどこに居るのか。また、モンスターについての情報だと思う。
今のところ新しいモンスターの情報は聞いていない。しかし、どのゲームでも、出現するエリアやレベルが違えば、同じモンスターでもドロップアイテムが変わったり、行動パターンが変わったりすることも珍しくない。
ここ数日、俺はそうした些細な変化が無いかを調べて回っていたのだった。
今から行く場所は、シクスポート周辺で発見した中ボスの出現場所。そこには、推奨レベル30の植物系モンスターが待っている――。




