第2話 ゲームで肩透かしを食らうと、萎える
現在、時刻は午前5時半を回ったあたり。ただし、ゲームの中では真昼間の晴天の下。
「(ん~♪ ん、ん、ん~~~♪)」
遠く潮風香る、森の中。ネックレスに〈変身〉しているサポート妖精さんが、鼻歌を歌ってご機嫌な様子だ。その理由は、つい先ほど第6章のシナリオが終わったからだと思う。
結局、デーモンジェネラルの必殺技『赤槍一閃、五芒星』も、メインストーリー仕様になっている。即死、なんてことは無くて、良くてHPが半分になるくらいに収められていた。で、必殺技を使ったということはボスのHPは10%以下。決着は、すぐについたのだった。
「新マップ、楽しみだね、フィー?」
「(ん! ん~♪)」
俺の言葉に、フィーが声を弾ませる。
アンリアルではシナリオをクリアすることでようやく、新しいエリアが解放される。今回で言えば、さっきボスと戦った港町『シクスポート』だ。
新しいエリアが解放されれば、そこには沢山の未知がある。未知があれば、俺は情報のために、色んなモンスターと戦うことになる。つまり、自分がたくさん戦える。そのことを、フィーは喜んでるんだと思う。
ボス攻略の時に不機嫌に見えたフィーは、実際には、
『情報収集なんて良いの! こんなボスさっさと倒して早く次のエリアに行こうよ!』
と、急かしていただけっぽかった。
ただ、新エリアの探索を目前にウキウキしているらしいフィーには、俺から残念なお知らせがあったりする。というのも、このままシクスポートに着いて転移のクリスタルを解放したら、俺は一度、ログアウトする予定なんだよね。
理由は、寝るため……じゃない。明日5月5日が、俺にとって何よりも大事な日だからだ。そのための準備を、“とある人物”と共に今日の昼間に行なう予定だ。本当ならこのゴールデンウィークを使って存分に新エリアを調べて回りたいんだけど、今日と明日はそうも言っていられない。
(くっ! 俺の命よりも大事な日の直前にアップデートするアンリアルが憎い!)
まぁ、だからこそ、アップデート直後の1分1秒を無駄にしないために徹夜をしてるんだけど。
多分、フィーはこのまま俺が探索を続けると思ってる。だからこそ、ご機嫌なわけで。もし今ログアウトするなんて言ったら、さすがに可哀想……だよね? うん、そうに違いない。あと、やっぱりゲームの中でまで“気持ち”について考えたくない。
(ごめん、フィー。でも、その時はサッとログアウトさせてもらうね)
俺が心の中で1人謝っていると、
「今回は数字の名前が付いたエリア、無いのかな?」
なんていう声が聞こえて来た。見れば、男性プレイヤー2人が連れ立って歩いている。種族はそれぞれTECと狼の獣人。どうやら俺と同じようなタイミングでストーリーをクリアし、友達と連れ立ってシクスポートへと向かう道中みたいだった。
先の質問は、全身機械人間のTECの男性によるもの。それに対して、獣人の人が答える。
「そうなんかな~? ……けど、大型アップデート、って言ってたんだぜ? なのに港町1つだけか?」
2人の会話に聞き耳を立てながら、俺も内心で相槌を打つ。
そう。今回、大型アップデートというだけあって、スキルや武器・アイテムがかれこれ数百種類以上追加された。加えて、新しい装飾品も多数追加され、キャラクターの外見のバリエーションも増えている。その中にはフィーが持つ物よりやや小さく枚数は2枚であるものの、「妖精の翅」も追加されている。少しすれば、フィーも大手を振って歩かせることができるかもしれない。何せ翅以外の外見は、プレイヤーと変わらないのだから。
そんな期待を持った、一方で。男性プレイヤー達が話していたように、マップに大きな追加が無かったんだよね。それこそ、公開されたのはシクスポートの町くらいで、いま歩いてるシクスポート周辺のこの森も、既存のモンスターばかりが出現する。まぁ、ダンジョンが隠されてたりするから、探索することにはなるんだけど。
それはそれとして、これまではアップデートごとに町1つとその周辺のエリアが解放されてきた。例えば住みよい町『セカンド』と、そこに続く『ニノモリ』。風車の町『サード』と、町の背後にある『サンノヤマ』……みたいに。
けど、今回は町だけ。しかも、シクスポートは決して大きな町ではない。それどころか、これまで公開されてきたどの町よりも小さい。
(正直、ちょっと肩透かしなんだよね)
アンリアル運営がわざわざ“大型”アップデートと謳ったのに、その内容はアイテム面の増強だけだった。もし本当にそれだけだとするなら、ガッカリという言葉以外にない。
(この後、何かイベントの告知があるとか……? いや、でもなぁ……)
ゲーム内の貨幣を現実に還元できるシステム上、サービス開始から2年半たった今でも、アンリアルではイベントが開催されたことが無い。と言うと、ちょっと語弊があるかな。例えばリアルマネーに還元する時の手数料が割引されたり、期間限定のモンスターが出てきたり。そんな感じの、こまごまとしたイベントはあった。
けど、例えば他のゲームではあるような「クランバトル」や「ギルド対抗戦」など、プレイヤー同士を競わせるような大きなイベントは開催されていない。折角、クランやギルドがあるのに、今は形式上の役割しかない。
(てっきり、今回こそ、何かしらのイベントがあると思ってたんだけど……)
システムも相まって、資本主義の代名詞たるアンリアル。人々の射幸心をあおる危険性は、確かにある。けど同時に、アンリアルはゲームだ。もうちょっとゲームらしさを引き出しても良いって、思うんだけどなぁ。
「まぁ、クランもギルドもある以上、いつかは実装されるよね……?」
それこそ、夏休み前とか。いや、でも、今回で開催されなかったし、運営からのアピールかも。競わせるようなイベントはしないっていう。
(それはそれで、なんかもったいないというか、残念だよなぁ……)
なんて考え事をしながら歩いていると、不意に視界が開ける。森を抜けたせいで強くなったように感じる太陽の光に目を細めること、少し。
「お~……!」
目の前に広がった光景に、俺は思わず声を漏らす。そこには、ストーリーの時とは見違えるような姿を見せるシクスポートの町があった。
町全体がやや低い場所にあるみたいで、いま俺が居る街道から町全体を見下ろすことができているんだけど……。
建物の外壁は多くが白色で、屋根は色とりどりのパステルカラーに塗られている。海に向けて緩やかに傾斜する美しい町並みを、濃密な潮風が通り抜けて来ていた。
その潮風に負けずに視線を上げれば、一面に広がるのは真っ青な海だ。
これまで湖や川なんかはアンリアルでも公開されてきたけど、海は初めてのこと。再現された潮の香りと群青をバックに立ち並ぶ、白の外壁とパステルカラーの屋根。その景色はどことなく、地中海を思わせるものだった。……行ったことは無いけど。
「壊滅した町が復興した、みたいな設定はストーリーで言ってたけど。それにしても、絶景すぎる!」
「(ん~!)」
フィーの声がどことなく誇らしげなのは、フィーがアンリアルで作られたAIだからかな? 腕を組んで胸を張るフィーの姿が目に見えるよう。きっと、自分の世界はどうだ、みたいなかんじか。
(そっか、自分の世界か……)
AIにとってはアンリアルこそが自分の世界だ。
そしてフィーも、アンリアルに生きるAI。当然、アップデートの内容も、プログラムを通して知っているはず。その内容をプレイヤーに伝えられるかどうかを決めているのはアンリアル全体を監督する最上位AI『ラプラス』だけど、それはそれとして。
(あの探索&戦闘大好きっ娘のフィーが、この程度のアップデートで鼻歌を歌うかな?)
もしかしなくても、フィーは俺たちプレイヤーが知らない情報を持っているんじゃ……?
「フィー。今回のアップデートで公開されるのって、ここだけ?」
ダメもとで聞いてみる。すると、フィーがポンッと音を立てて実体化した。そして、やや思考するような間を置いた後。
「ん♪」
笑顔で頷いたフィーが、一枚のメッセージボードを飛ばしてくる。そこには、やはり、アップデートに関する文字の羅列は無い。しかし、ただ一言。
「『内緒』『♪』か……」
そんなネット記事の切り抜きが貼り付けられている。
「ん! ……ん~!」
気持ち良さそうに、潮風に銀髪とワンピースを揺らすフィー。彼女の笑顔と「内緒」という単語に、俺も思わず口の端を緩めるのだった。




