第15話 取り分は可能な限り公平に……とはいかない
『ダンジョン『安息の地下』が、完全攻略されました』
それは、サービス開始以来アンリアルをプレイしてきた俺にとって、聞き覚えのない文言だった。ついでに俺が高校の受験勉強に勤しんでる間もそんなアナウンスが無かったことは、アンリアルのメッセージログを見れば分かっている。
安息の地下の他にも、アンリアル内に数多く存在するダンジョン。
もしアナウンスの意味を深読みするなら、まるで、他のダンジョンにも「完全攻略」と言うものがあるように思える。……さすがにそれは、俺がゲームをし過ぎているからなのかな。
(でも、もしそうだとするなら……)
どうしよう。今すぐ帰って、ゲームがしたい。今まで行ったことのあるダンジョンを改めて探索してみたい。そこにある未知を、見つけてみたい!
こうして次々に欲望を……生きる意味を提示してくれるから、ゲームは好きだ。
でも悲しいかな。今日は夜の10時まで喫茶店バイトがある。
(くっ! 許されるなら、一生アンリアルで遊んでたい……!)
ダメ人間の思考に沈みかけた俺を、
「じゃ、じゃあ次に装備品を……小鳥遊くん?」
前髪の奥で目を瞬かせた鳥取が引き上げてくれた。危うく、ウタ姉に一生養ってもらう未来を選んでしまうところだった。何が恐ろしいって、責任感が強すぎるウタ姉なら、その選択を許容しかねないこと。俺がきちんと自立しないと、ウタ姉も安心して独り立ち出来ないはず。
「気にしないで、鳥取。それより装備品だよね」
「う、うん。これなんだけど……」
『安息の○○』と名の付く各種武器や防具の完成品が、計5つ。とは言っても、鎧は頭・胴・足の3つが揃ってようやく鎧としての役割を果たすから、杖と魔導書と鎧の実質3つだ。
「個人的に気になるのは、鎧かな」
「わ、分かった。じゃあ鎧は小鳥遊くんにあげる、ね?」
「え、あ、うん。ありがとう……」
当然のように報酬を分けてくれると言う鳥取。
(この人、本当に律儀というか、素直だなぁ)
いつか詐欺に遭うタイプ。もしくは闇バイトとか、詐欺に加担させられるタイプだ。入鳥さんが過保護に育てた結果だろうな。ま、俺がその辺りのことに首を突っ込む義理は無い。……心配はするけど。
「フィーが居るし、俺は武器いらない。だから、鳥取に全部あげる」
「ほ、本当!? やったっ! あっ、で、でも……」
喜びから一転、遠慮の色を見せる鳥取。この人、ボス戦に対する自己評価がとことん低かったからなぁ……。多分、貰っても良いのかとか思ってるんだと思う。
「一緒にクリアしたんだし。貰えるものは貰っといた方が良いって、俺は思うな」
真面目な話、鳥取が居なければ負けていた可能性が極めて高い。きちんと盾役をこなしてくれた鳥取にもまた、きちんと報酬が分配されるべきだ。
それに、そもそも、俺たちがソマリに挑んだ理由の半分に、鳥取のお小遣い稼ぎがあった。ハザの攻略は、ただの副産物に過ぎない。
今日の大型アップデートによって明るみになるだろうソマリたちの存在。それに伴って安息の武器たちもお披露目になるだろう。けど、現状市場に出回っていない以上、杖と魔導書を欲しがる人は多いはず。自然、高値で売られることになるだろう。
道中で拾った暴食の盾が消失した以上、少しでも換金できる取り分は多い方が良い。鳥取もきちんとその辺りのことは理解してるらしくて……。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……。えへへ、いくらになるかなぁ」
少し声を弾ませ、鳥取が杖と魔導書を手にすることが決まった。
最後に、アイテムの分配の話だ。貰えたのは『聖水』(1,000G)が4つと、『UI信仰の輝石』『丈夫な布』『銀食器』『クラシックチェア』『クラシックテーブル』がそれぞれ1つずつ。
「あ、あと、『フェイリエント神殿の使用権限』っていうのが貰えた、よ?」
「使用権限って言うと、あれかな。住めるようになるやつ」
「う、うん。……多分?」
適当に相槌を返してきた鳥取のことはまぁ置いといて、ほとんどが家具とか食器とか。アンリアルでの生活を豊かにするものばかり。
「この信仰の輝石っていうのは? ユニークアイテム、だろうけど」
そろそろ5時間目の予鈴が鳴る。2人してお弁当をしまいながら、可能な限りの情報交換をする。
「え、えっと、ね……。1度だけ、所持品そのままで、その場にリスポーンできる、だったかな?」
何それ欲しい。出かかった言葉を、すんでのところで飲み込む。
使い捨てのユニークアイテムなだけあって、ぶっ壊れの性能をしている。言ってしまえば、デスペナルティのない寝袋みたいなもの。しかも鳥取から聞いた話だと、持っているだけで効果を発揮するタイプのアイテムだ。
代わりに特定のプレイヤー以外は使用出来ないそうだ。具体的には“安息を司る者たち”の称号を持つものだけ。つまり、ハザを倒したプレイヤーだけが使用できる。
これは多分、市場に出回ることを運営が恐れたからかな。
(……でも、分かる。俺の場合、絶対にこの手のアイテムは、倉庫の肥やしになる)
なぜならユニークアイテムだから。1度しか入手機会のないアイテム。使うか使わないは人によるけど、俺は絶対に使わない。売れるなら売り飛ばすだろうけど、信仰の輝石の場合は俺とトトリ以外は使えないから売れない。インベントリに入っているのを見て、優越感に浸るだけのアイテムになってしまう。
だったら、恐らく惜しげもなく使いそうな鳥取の残機として、持っておいてもらった方が、実用性がありそう。もったいないとは思うけど。
(一応、ユニークアイテムってだけで欲しがる人は居るだろうけど……)
まぁ、今回は良いかな。
「聖水だけくれたら、あとは鳥取が好きにして」
「うぇ!? さすがにそれは、わたしが貰い過ぎっ!」
怒ったように、少しだけ語気を荒らげた鳥取。アイテムをあげるって言ってるのに怒られる理由が分からずに首をかしげた俺に、鳥取がとある提案をしてきた。
「朝、ミャーちゃんから聞いたけど、レイド戦って、本当はアイテムがランダムに分配されるん……だよね?」
「うん、そうだけど……」
正確には決まった抽選箱の中身を、貢献度に応じてランダムに振り分けるって言うのが定説だと言われてたはず。
「じゃ、じゃあこうしよう! 順番にじゃんけんしてって、アイテムをわたしと小鳥遊くんで取り合う、の」
「えーっと……。例えば1つ目の聖水を賭けてじゃんけんする。で、勝った方がそれを貰う……みたいな?」
「そ、そう! さすが小鳥遊くん、理解が早い」
いやまぁ、俺はそれでいいんだけど。輝石以外は、どうせ売り飛ばすだろうし。けど、鳥取の方がわざわざ自分の取り分が減る可能性を作るのはなんでなんだろう。それっぽい理由を考えてみるけど、分からない。
「まぁ、鳥取がそれで納得できるなら、良いや」
「よ、良しっ! ま、負けない……よ?」
そう言って、拳を握る鳥取。
これ、結果は見えてるんだよなぁ……。鳥取という人間を少しでも知っている人なら、じゃんけんという運任せの勝負をした時の結果など、見ずとも分かると思う。
「そ、それじゃあ行く、よ?」
「はいはい。せーの、じゃんけん――」
こうしてじゃんけんの結果によって、聖水を始めとするアイテム6種類の行方が決まる。けど、どうやら俺は、鳥取柑奈という人間を理解したつもりになっていただけだったようだ。
「ほいっ!」
「まだまだ。ほいっ」
「ま、まだ……。ほい!」
「うぅ……ほいっ」
「…………」
以上が、5回行なわれたじゃんけん勝負における、鳥取のテンションの推移だ。最後に至っては「ほい」と言う元気すらない。
「う、嘘……。ご、5連敗?」
「それ、こっちのセリフ。……まじか」
やや涙目の鳥取が、それでも、最後のじゃんけんに臨もうとこぶしを握る。大トリはもちろん『信仰の輝石』だ。欲しくないと言えば嘘になるけど……。
「一応聞くけど、鳥取。じゃんけん、する? っていうか、もうやめない?」
このままだと鳥取の取り分が無くなってしまいかねない。
あれだけ頑張って装備品以外のアイテム報酬0じゃ、さすがに可哀想が過ぎる。せめて輝石だけでもと思ってアイテムを譲ることを提案したんだけど、
「う、ううん。……する」
悲壮感に満ちた表情から一転。俺からの提案を蹴った鳥取が、唇をきゅっと引き結んだ。
「わ、わたしが言い出したこと……だし。それに」
「それに?」
「次はなんか、勝てそう……だから!」
そう言ってじゃんけんの構えを見せた鳥取に、本気で俺はゲーマー魂を感じる。
普通、5回連続で負けて、次に負ければ得るものが何もなくなる状況で勝負に出られる人は多くない。しかも相手(俺)は、負けたことにしてもいいって言ってる。なのにここで再び立ち上がって、勝負に出られる。
鳥取は本当に、攻略向きの性格をしてると思う。コントローラー操作の呑み込みの速さ。キャラへの共感力、シナリオへの理解力もある。思い切りもあって、何よりの豪運……。
(もしこの人が本気で攻略を始めたら……)
そう考えると、なんだかワクワクする。
(これが“他人への興味”なのかな、ウタ姉?)
少なくとも、鳥取が歩く攻略の道は、面白そうだとは思った。
手で覗き穴を作って、天井の照明を見る鳥取。その行為にどんな意味があるかは知らないけど、どう見ても本気だ。だったら俺も、鳥取の本気を受け取ろうと思う。
「分かった。じゃあ、行くよ、鳥取。……最初はグー」
「じゃんけん――!」




