第12話 エンディングは全ての伏線の終着点
右手に杖を、左手に魔導書を持った状態で、両手を高く掲げたトトリ。それは、裏ボス・ハザに挑む前に倒した、隠しボス・ソマリが使用してきた、最後の切り札――即死攻撃の仕様モーションだった。
本来、命が無い“物”に即死攻撃が効くはずもない。しかし、ここはアステア教の神殿の地下墳墓で、ハザの歪んだ思想で満たされた場所だ。全ての物に、命が宿っている。
――ダメージが入らないから倒せない。なら、即死させれば良い。
それが、俺とトトリの作戦だった。
「ど、どうしよう、斥候さん! この子、動かなくなっちゃった!」
突然動きを止めたキャラクターに、焦った様子のトトリ。この子、とはゲーム内キャラ「トトリ」のことだろう。
「大丈夫、20秒経ったら、スキルが発動すると思うから」
「20秒!? う~……」
ソマリと同じ攻撃をしてくれるのだとすれば、発動までの時間も同じだろう。
そして、前回は全力で攻撃をする時間だったその20秒が、今回は、使用者――トトリを守り切らなければならない時間に変わる。
『なっ!? どこでそれを……!』
杖と魔導書を掲げるトトリを見て、初めて焦った様子を見せたハザ。
『ゴーレムよ! あの小娘を狙いなさい!』
ハザがスケルトンゴーレムに指示を出す。しかし、これまで従順にハザに従っていたゴーレムが突然、
『Gyaaaaaa……』
悲鳴を上げながら膝をつき、頭を抱える動きを見せた。
(もしかして、本当に怨念だった……?)
ハザによって無理矢理、“物”に魂を押し込められた人々。その怨念がゴーレムが纏うオーラの正体では? みたいなことを、トトリが言っていた。もしそれが真実ならば、これまでゴーレムが指示を受けるたびにあげていた咆哮は、物に押し込められていた人々の魂の悲鳴だったということ。
意に沿わない形でこの世にとどめられ、あまつさえ、ハザに利用される。そんな現状を打破してくれる人々――俺たちプレイヤーがここに来た。
そして、今。その苦痛から解放されるチャンスが来た……。だからゴーレムは今、懸命に攻撃の手を緩めてくれている?
「……そっか! ソマリが願っていた安息は、自分だけじゃなくて、この人たちの魂もなのか!」
囚われている人々の魂を助けて欲しい。彼らに安らかな眠りを届けて欲しい。それが、ソマリの願いだったんじゃ?!
となると、ソマリは何度倒されても蘇る自分の身体を使って、ハザに勝てるプレイヤーを選定していたという設定と考えるのはどうかな。自分の遺志を成し遂げてくれる人を探していた。
(つまり、このユニークシナリオの発生条件は、複数回ソマリに勝利して、ソマリに実力を認められること……かな?)
そして、シナリオの目的は、閉じ込められた魂に、安息を与えること。そう考えると、なんだかそれっぽい。
散りばめられたピースを集めて、シナリオに込められた意味と想いを推測し、攻略法を見つけ出す。キャラを通してゲームに共感する。この時のために、俺はゲームの攻略をしていると言っても過言ではないと思う。
動かなくなったゴーレムとハザのやり取りがあって、トトリが即死攻撃のモーションを取ってから、ちょうど5秒後。
『くっ……! この役立たずの背信者ども! ならば私自身の手で屠って差し上げましょう!』
動かなくなったゴーレムを見てそう言ったハザが、〈豪炎〉を使うモーションを見せる。
ついさっき、〈豪炎〉を使用したばかりのハザ。クールタイムは90秒あるはずなのに、再びスキルを使おうとしている。恐らく、プレイヤーがギミックに気付いた時に、必ず取る行動だと思われた。
(ソマリのスキルモーションが20秒。〈豪炎〉のスキルモーションが15秒の意味も、ここで回収されるんだ!?)
たとえ装備があっても、即死するレベルの攻撃力を持つ〈豪炎〉。その熱波が、スキルのモーションのせいで動けないトトリを襲おうとしている。しかも、モーションの時間の関係上、トトリのスキルが発動すると同時に〈豪炎〉のスキルが発動するという、いやらしい調整がされていた。
で、知っての通り、ソマリの即死攻撃のエフェクトである黒い霧はゆっくりと進む。対する〈豪炎〉の熱波が押し寄せる速さはまさに一瞬で、こちらの攻撃が届く前にプレイヤーが殺される。
「な、なんかヤバそうだよ、斥候さん! どどど、どうしよう!?」
トトリもヤバい攻撃が来ると察したらしく、めちゃくちゃ焦ってる。ついでに俺も、焦ってる。まさかあの〈豪炎〉が連発されるなんて、思ってなかった。
ひとまず、試しにハザに近づいて狙いが俺に向くように仕向けてみるけど、
『アレを……あの攻撃をどうにかせねば……』
ハザの血走った目が俺に向けられることはない。となると、盾か何かでトトリを守る以外の方法は無いんだけど、あいにく、頼れる相棒妖精はトトリの左手で魔導書の姿で握られている。
フィーとにゃむさんの〈回復Ⅰ〉も使い切ったし、回復薬もない。有効な装備も、防具も、無い。そもそもここに至るまでに、いろんなアイテムを使い過ぎた。これは、俺のペース配分の甘さが招いたミスと言える。
「……うん、これ、あれだ。無理だ」
俺はハザのもとを離れて、トトリの方へと駆け寄る。
「せ、斥候さん! どうするの!?」
「俺は攻略を諦める」
「えっ!? ままま、待って! わたし、動けない、よ!?」
「大丈夫。トトリはそのままジッとしてて。何があっても、絶対に動かないで」
「それじゃあわたし、殺されるんだけど!?」
ひどいよ~! と、涙目のトトリの前に俺が立った頃。
「あっ、やっとスキルが――」
『〈豪炎〉!』
トトリが掲げた杖と魔導書の間に美しい緑色の玉が発生し、そこから同じ色をした小さな霧たちが飛び出していく。特殊な演出だろうか。ソマリが使っていた時と違って、触れれば回復してくれそうな、そんな温かみのある色合いをしていた。
でも、それと同時に、ハザによる攻撃で発生した熱波が、俺を襲った。
(だから、熱すぎるんだって……)
本当に身体を焼かれたんじゃないかと思う激痛に見舞われた後、視界に600のダメージが表記され、すぐに『GAME OVER』の文字が躍る。
でも、ブラックアウトしていく視界には、ゆっくりとだけど確実に、ハザの方へと向かって行く緑色の光が見えている。
「斥候さん!? 斥候さんっ!」
続いて、トトリの声も聞こえた。つまり、トトリは無事だと言うこと。
肉壁。それはプレイヤー自身が盾となることを表す言葉。さんざんトトリに肉壁になってもらったんだし、最後くらいは俺が肉壁にならないと、帳尻が合わない。
それに、初めて会った時、俺の忠告が遅れたせいでソマリに焼かれたトトリの姿が、どうしても頭から離れなかった。
(これでトトリは攻略できる。借りは返せたかな……?)
俺自身が攻略できなかったことへの悔しさはある。けど、不思議と、後悔はない。むしろ晴れやかな気持ちだ。その理由を少し考えて、気付く。
(そっか。俺“たち”で攻略出来たから、なのかな)
間違いなく、俺ひとりではハザに挑めなかっただろうし、攻略法も思いつかなかった。20秒も隙があるソマリの技を使って攻略するなんて、ソロプレイだと絶対に出来なかっただろうなぁ。
『ギャーーー!!!』
ハザの絶叫が聞こえる。多分、無事に即死攻撃が効いた証だろう。部屋を駆け巡る淡い緑色の発光体がゴーレムたちにも当たって、無痛の死を与える。ゴーレムが纏っていたどす黒いオーラが、ソマリの遺志を継いだトトリの攻撃によって浄化され、天へと昇っていく。
(これこそが、トトリの導くエンディング……)
魂が解放されていく、その美しい光景を最後まで見届けることができないまま。
俺はセカンドの町の宿屋でリスポーンすることになった。
「ふー……」
言いようのない達成感に包まれたまま、ベッドの上で横になる。ふと眠気を感じて時刻を見てみれば、もうすぐ深夜1時だ。夜の9時くらいからかれこれ4時間ほど、アンリアルにのめり込んでいたことになる。
(キリも良いし、ログアウトしようかな)
パーティメンバーになったことでトトリに送れるようになったメッセージ。今頃エンディングの最中だろうトトリに後のことは任せて……。
『寝る』『おやすみ』
トトリにログアウトすることを伝えた俺は、早々にアンリアルからログアウトする。
「ダンジョン『安息の地下』が、完全攻略されました」
そんな不思議なメッセージが、全プレイヤーに通知されたことを知ったのは、この日の午後。学校で、鳥取と昼食を食べることになった時のことだった。




