第10話 じゃあ最初からお前がやれよ! のやつ
トトリがハザに返り討ちにされたことで最後の寝袋が消費され、完全に後がなくなった俺たち。これまでなら寝袋で蘇生後、すぐに合流してきたトトリだけど、今回はそうじゃない。
今、トトリは、トトリにしか出来ないことをしてくれているはず。……多分、きっと。
(急がなくて良い。頼むから、ヘマだけはしないでね、トトリ……)
心の中で祈りながら、俺はより一層集中力を高めて、ボスと2対1を試みる。
行動パターンはおよそ全てチェック出来ている。手元に残っている回復薬が残り1つ。30分に1度のフィーによる〈回復Ⅰ〉スキルが1回、それぞれ残っている。
集中力さえ切らさなければ、スケルトンゴーレムの攻撃を避けることは難しくない。トトリが減って俺に攻撃が集中するだろうけど、それでも、だ。
「ボスの攻撃がステージを壊さないように出来るだけ誘導しながら、時間を稼ぐ。……うん、余裕――」
『しぶといですね。……こうなったら、仕方がありません!』
俺が1人で気合を入れていると、スケルトンゴーレムを操っていたハザが、嫌な予感のするセリフを吐いた。
まぁ、ね。大体予想は着く。
本来、きちんとした備え・準備が無ければ攻略出来ないように設定されているだろうこのボス戦。もしプレイヤー側にその手立てがない場合、この戦闘は永遠に続くことになってしまう。
それゆえに、ギミックのある戦闘には必ずと言って良いほど、きちんとプレイヤーを殺してくれる仕様が用意されている。
ステージの崩壊もそうだけど、ハザがこれから行う行動は、もっとシンプルなやつだろうなぁ。
『面倒ですが、私も貴方の排除に協力しようではないですか!』
叫んだハザが、予想通りというか、なんというか。魔法の詠唱のようなものを始めた。これから恐らく、プレイヤーを即死させるような超火力の攻撃が飛んでくると思う。
(じゃあ最初からお前が動けよってツッコミが入るやつ……!)
でも、それだと興ざめも甚だしいよね。
敵が本気を見せるのは、体力が減ったり、ある程度時間が経ってから。そんな、ゲームとしての王道をきちんと見せてくれるアンリアルにありがた迷惑を感じつつ。
「フィー、『赤鉄の大盾』で」
「(ん!!!)」
俺は、現状装備できる中で防御力、魔法耐性ともに最高を誇る赤鉄の大盾に〈変身〉してもらう。
重くて持ち運ぶには不便な武器ジャンル大盾。攻撃力すら持たない代わりに高い防御力・魔法耐性・耐久値を持ち、攻撃に付随するあらゆるマイナス効果を打ち消す武器特製を持っていた。
大盾と言うだけあって、大きさは縦1.5m、横幅1mほどにもなる。そんな巨大な盾を構えて、
『Guaaaaaa!』
「うっ……」
俺は、スケルトンゴーレムが横なぎにする巨大な剣を受け止めた。衝撃で地面を滑る俺の足。視界に表示されたダメージは150。赤鉄の盾の防御力が150あるから、スケルトンゴーレムによる剣の攻撃力は300だ。
「ん!」
一瞬だけ〈変身〉を解いたフィーが、俺に〈回復Ⅰ〉を使用する。全身が緑色の光に輝いて、最大HPの半分――俺の場合175――を一瞬で回復してくれた。
そして、再びフィーが赤鉄の大盾に変身したところで、
『〈豪炎〉! キョェェェーーー!』
今度はハザが金切り声を上げながら、腕を振り下ろす。次の瞬間、半壊した床一面を這うような炎の津波が発生した。
「熱っ!」
押し寄せる炎を受け止めて表示されたダメージは、240。赤鉄の大盾が魔法耐性60を持つことを考えると、素の攻撃力は600にもなる。
加えて、ハザの背後くらいしか逃げ場がない全体攻撃で、大盾の武器特製である追加効果の無効化が無ければ「火傷」の状態異常も発生するはず。
まず間違いなく、運営からの殺意が込められた一撃だった。
(クールタイム次第だけど、次は受けきれないやつ……!)
フィーをナイフに〈変身〉させてから、回復薬(秒間3回復/効果時間30秒)を飲む。これで110まで減った体力が200まで回復してくれる計算だ。
『し、しぶとい賊徒ですね……』
俺が耐えたことに悔しそうな言葉を漏らしたハザ。肩で息をしてるし、その場を動こうともしない。本人にはそれほど体力も戦闘力も無い設定なんだろう。でも、十中八九、もう少ししたら同じ攻撃を繰り出してくると思う。
(〈豪炎〉までの攻撃モーションは全体で15秒くらい。その間にハザの背後に移動する……?)
いや、俺しかプレイヤーが居ない現状、ハザは俺の方を向いて攻撃してくるだろう。
(じゃあ、次はどうやって耐える……?)
ハザの必殺技の攻略法を考えながらも、腕を刀に変えたスケルトンゴーレムを見て、俺は再び足を動かす。
(トトリさん、まだっすか……?)
体感では相当な時間が経ったんだけど、実際は1分も経ってないんだろうなぁ……。
スケルトンゴーレムの攻撃を避けて。分裂して食器の群れと化したゴーレムの腕に追われながら、また武器による攻撃を回避する。ただひたすらに、それの繰り返し。
心の底から思う。攻略って、本当に地味だ。初見なら目新しさもあって、新鮮で。のちにトトリの配信を見る視聴者は、スケルトンゴーレムやハザに胸躍らせることだろう。
(でも、こうして10分以上も戦ってたら?)
この場にいて攻略してるならまだしも、動画を視てるだけとなると、多分、飽きるんじゃないかな。
実際、俺も、ボス攻略が退屈だと思ったことが無いと言えば嘘になる。今回みたいにギミックを用いるボス戦ならまだしも、単純な戦闘で押し切るタイプだと特に。ソマリとの戦いだって、4度目辺りからは作業でしかなかったわけだし。
(それでも俺が、攻略を止めないのは――)
前回の熱波からきっちり90秒後、
『今度こそ消し炭にしてみせましょう!』
再びハザが詠唱を始め、〈豪炎〉の使用モーションに入った。
ハザにダメージが通らない以上、避けるか防ぐかしか選択肢が無い。そして、俺の体力が200しかない以上、もう盾で防ぐことは出来ない。つまり……。
「回避一択!」
スケルトンゴーレムが放つ巨大な矢を屈んで避けた俺は、その流れで足に力を溜める。そのまま強く地面を蹴って、壁際に居るハザへと一気に肉薄し、一縷の望みをかけてハザの背後――壁際に回り込んでみた。……けど。
『無駄です! 〈豪炎〉んんんんんん!』
案の定、俺の方を振り返ったハザが魔法を使用する。
背後は壁。もう逃げ道は無いかのように見える。……けど、実は1か所だけ逃げ場がある。それは、コントローラー操作だと絶対に到達できない場所だ。
「せーの!」
俺は背後にあった壁を蹴って空中に身を躍らせる。そのまま俺は空中で一回転して、〈豪炎〉を使用するために地面に手を付いていたハザのすぐ後ろに着地するのだった。
「良かった、上手くいった……」
向こうよりも身体の重さを感じないし、痛みはあるけど実際に大きな怪我をするわけではない。だから、よりダイナミックに身体を動かせるのが、フルダイブ型ゲームの良いところだと思う。さっきの動きは「パルクール」というスポーツの「壁宙」動きから着想を得たものだった。
「んっ!? んんーーーっ!」
妖精の姿に戻ったフィーが、青い目をキラキラ、翅をパタパタ輝かせて褒めてくれる。
「うん、ありがとう、フィー!」
プレイヤーのやる気を向上させてくれる優秀なサポートAIさんにお礼を言う俺を、薄汚れた包帯の奥から忌々《いまいま》し気に睨むのはハザだ。
『小癪な……! こいつをひき潰すのです、スケルトンゴーレム!』
『Aaaaaaah!』
魔法の反動か、膝をついて激しい呼吸を繰り返すハザが、スケルトンゴーレムをけしかけてくる。
ハザの知能設定レベルがどれくらいなのかは分からない。けど、プレイヤーが詰んでしまわないように、退屈しないように設定されているのだとしたら、同じ回避方法は取ることができないと考えるべきか。
つまるところ、もうハザの〈豪炎〉を迎え撃つ手立てはない。
スケルトンゴーレムが仕掛けてくる攻撃を、避けて、避けて、避けて。ただひたすらに時間を稼ぐこと、さらに1分。
「斥候さん!」
ついに、待ちに待った声が聞こえた。
声がした方を見てみれば、初期装備姿のトトリが居る。
「トトリ! どうだった!?」
トトリが描いた通りのシナリオを導くことができそうか。尋ねてみると、トトリが手元に見覚えのある杖を出現させた。
一見すると、無骨で、何の変哲もない杖のように見える。けど、あの武器を手にすれば〈火球〉のスキルを使えるようになる。
恐らく次のアップデートで公開されることになっているのだろうその武器の名前は――。
「つ、作れたよ! 『安息の杖』!」
1つ前のボス部屋に居たボス・ソマリが使っていた武器だった。




