第6話 舞台とNPCの言動も、攻略のヒントになる
「痛っ……!」
本日2度目……、いや、日付をまたいだからまた1度目に戻ったけど、とにかく。俺は、ゲームオーバーになる直前に感じた痛みに叫びながら、寝袋で目を覚ました。
「ど、どう……? 何か分かった、斥候さん?」
にゃむさんを抱えるトトリが、寝袋から起き上がった俺を見下ろしながら聞いてくる。
「まぁ、これかなっていうのは見えた」
俺とトトリ。合わせて3回の死を経て、ようやく、攻略の糸口が見えた。
「ほ、本当!? やった! それで、それで?」
ようやく見えた攻略法に、声を弾ませるトトリ。その質問に答える前に、俺もトトリに聞いておかないと。
「トトリ。一応確認なんだけど、俺が戦ってる間、ボタンとか、壁とか地面に穴が開いてたりとか。そういうのは無かった?」
質問に質問で返されたことに首を傾げつつ、それでもトトリは頷く。
「う、うん。な、何もなかった……よ?」
「そっか。じゃあボス……。ハザが変な動きしてたとかは?」
「あっ、それなら、えっと……」
トトリによれば、俺との戦闘中、ハザは祈りの姿勢を取っていなかったらしい。
「両腕を広げて、こう……天井を見てた、かな? 喜んでるようにも見えた、よ?」
飛び回る食器の中央で両腕を広げ、歓喜に震えるようなモーションを取ってたみたいだ。
とはいえ、それが攻撃モーションってわけじゃないんだろうな。最初、俺がハザに殺された時、ハザはそんなモーションを取ってなかったし。それについてはギミックと関係のない、ただの演出と考えた方が良いか。
「部屋に仕掛けがあるわけでも、ボスが何かしらのギミックにもなってるわけでもなさそう……」
「ど、どう? あのハザ野郎、倒せそう?」
ソマリを弄んだハザに対する怒りを言葉ににじませながら、トトリが表情を引き締める。ただのNPC、それも骨だけのキャラクターにそこまで感情移入できるなんて。トトリは人一倍、共感する力が高いのかもしれない。もしくは、やっぱり、ただ美少女が好きな変態か。
――っていうか、骨になっちゃってたから、ソマリが美少女かどうかも分からないっていう……。
例の美少女センサーが発動したのかな? ……どうでも良いか。
「おっけ。それじゃあ、ボス攻略の話をしよう」
「う、うん!」
例によって地面に座りながら、俺は自分の考えを伝えていく。俺の正面にトトリ。背後、もたれかかるようにして俺の頭の上に顎を乗せているのがフィー。にゃむさんは、定位置でもあるトトリの膝の上だ。
「まずは、さっき言ったギミック。俺の予想だと、部屋の中にある“物”を全部壊せば、クリアになるんじゃないかなって思う」
「部屋の中にある物……? 食器とか、椅子とか?」
「そう。思い出して欲しいのは、ここがアステア教の神殿に付随する地下墳墓ってこと」
アステア教の教えは、あらゆるものには命が宿るから大切にしましょう、的なこと。この考え方が、ボス部屋全体に浸透してるって考えても良いと思う。
「で、もう1つ。ハザと話したら分かったと思うんだけど、ハザはアステア教の教えをめちゃくちゃに拡大解釈してる」
「あっ、えっと、命が無いもの“だけ”を大切にしましょう、みたいなこと言ってたような……?」
トトリの言う通りで、ハザはアステア教を狂信するあまり、教えを曲解している。だから、本来なら万物を愛しましょうっていう教えのアステア教において、命あるプレイヤーをないがしろにできている。
「ハザの狂信と、アステア教の教え。これが、ギミックのヒントになってるんだと思うんだ」
「な、なるほど……。部屋の中に居る敵は、ハザだけじゃなくて、食器……食器さんとかも……なんだ?」
食器を斬った時、まるでそれそのものに命があるように、食器が悲鳴を上げた。それもまた、俺の仮説を補強する材料になると思う。
「でも、問題は出来るかどうか、なんだよね……」
「……? 食器さんを壊すだけで……って、あっ」
言いながらトトリも気づいたらしい。縦横無尽に飛び回る数百の食器や道具を全て切り落とさないといけない。しかも、攻撃するために立ち止まれば、瞬時にハチの巣にされる。
これこそまさに、言うのは簡単で、実行が難しいパターン。
他にも問題があるとすれば、じゃあゲーム的にハザの存在は何? って話だと思う。
攻略のヒントを与えるための存在だけって考えるのは、ちょっと短絡的かもしれないよね。全部の“物”を壊した時、ブチ切れたハザが襲い掛かって来る、みたいなことになる可能性だってある。ソマリの時と違って、レベル75のハザには、逆立ちしても勝てない。
食器を全て処理したとして、果たしてハザがどう動くか。それだけは、読めない。
「――でも、やるしかない……よね?」
聞こえたのは、力強い言葉だった。一瞬、誰が言ったのか分からなくて、声の主を探す。けど、すぐに話し方や声からして、トトリが言ったのだと理解した。
「……やるって言っても。トトリ、コントローラー操作だよね? あの飛び回る食器、どうやって攻撃するの?」
俺の問いかけに、眉を寄せ、表情を引き締めたトトリが口を開く。
「わ、わたし、ね。ここから斥候さんを見てて、ちょっとだけ、考えた、よ? どうやったら、食器さん達を、壊せるか」
たどたどしく、それでも、自分なりに考えてみた。水色の目で俺をまっすぐに見て、そう語るトトリ。
「盾を使うのは、どうかな?」
「盾……?」
「そ、そう。食器さん達、刺さったら、ほんのちょっとだけ、動かなくなる……よね?」
トトリの問いに、俺は頷く。狙いを外して床や壁に突き刺さった食器たちは3秒間、動きを止める。さらに、抜く動作に2秒。計5秒間、食器たちは動きを止める。
「ぷ、プレイヤーの身体に刺さった食器さん達も一緒、だった。そうやって、動かなくなった食器さん達なら、わたしでも攻撃できる……はず!」
つまりトトリは、あえて盾で食器の攻撃を受けて、その盾に刺さった食器たちを攻撃すると言う。それ自体は名案だし、有効な手立てだとは思う。けど、問題があるとすれば、やっぱり、トトリがコントローラー操作だってこと。
「トトリ。コントローラー操作には、盾に刺さった武器を攻撃するっていうコマンドは無いよね?」
コントローラー操作の場合、いくつかのボタンの組み合わせで攻撃などを行なう。けど、さすがに「盾に刺さった何かを攻撃する」なんていう、使いどころの限られるコマンドがシステムで設定されているはずがない。
そう指摘した俺に、トトリはあっけらかんと頷く。
「うん? そ、そう……だよ? だから……」
『ナゴ?』
にゃむさんを抱え、ゆっくりと立ち上がるトトリ。
「わ、わたし! フルダイブ操作で挑む――」
「お願いします止めてください」
拳を握ろうとしたトトリを、俺は全力で引き留めた。
「ひ、ひどいっ!?」
「お願い。お願いだから、攻略の芽を摘まないで」
「ど、土下座!? そこまで!? うー……」
俺の土下座が効いたのかは分からないけど、再び座って作戦会議の姿勢を見せてくれるトトリ。
「いや、実際。トトリの着眼点は悪くないと思う。俺も、その方向で攻略したい」
「で、でも! 自分で言うのもなんだけど、わたし、このままじゃお荷物……だよ?」
そんな自己評価だったんだ。だから、せめて役に立とうって張り切ってたのかな、とは思うけど。
「良い、トトリ? さっきのボス挑戦で食器の攻撃力は分かってるし、最初にこっちから仕掛けるまで、道具が動かないことも分かってる。それなら、まだやりようはあると思うんだ」
「や、やりよう?」
そこから俺は、トトリに思いついた攻略方法を伝えた。話を進めていくうち、どんどんトトリの表情が暗くなっていって。
「え、わたしの扱い、ひどくない?」
話し終えたときにはそんな言葉が待っていた。
「そ、それに斥候さん。わたしに死んで欲しくないって――」
「でも、これが一番の勝ち筋だと思う。もちろん、トトリが嫌なら別の方法も考えてみるよ?」
「うぅ……」
どうするかを聞いた俺を、トトリが恨めしそうに見てくる。
決して長い付き合いではない。でも、出会いが出会いで、ほとんど気を使わなくて良いから、トトリとゲームをするのは楽だ。何より、俺が持っていないもの――共感性・人を好きになれること・豪運――を持っているトトリは、俺にいろんな気付きをくれる。新しい情報と楽しみをくれる。
このボスに挑めるのだって、多分、トトリと一緒に居たからだ。
(出来るなら、恩返しも兼ねて。トトリと一緒に、クリアしたい)
だからこそ、この作戦に頷いて欲しい。そんな俺の願いは、果たして――。
「わ、分かった……」
いつになく力のない声で言ったトトリによって、受け入れられた。




