第4話 ゲームと現実を混同しない
「イッタ!?」
寝袋で起き上がった俺は、開口一番、叫んだ。
死になる直前、全身を細かい針で突き刺されたような、切りつけられたような痛みを数え切れないくらい感じた。
「だ、大丈夫? 斥候さん……」
寝袋の側に座っていたトトリが、気遣わしげに聞いてくる。……けど、膝に乗せたにゃむさんを撫でながら言っている当たり、さほど心配はして無さそう。まぁ、ゲームだしね。
「って、それより! トトリ、俺、なんで死んだ?」
主観では、何が起きたのか分からなかった。だからこそ、俺とボスとの戦いを外から見ていたトトリに状況説明を求める。
「えっ? あ、えっと……」
たどたどしく語り出したトトリの説明によれば、俺は四方八方から襲い掛かってきた食器に刺され、切り刻まれたらしかった。
「なるほど……。フォークとナイフが痛みの原因か……」
「全身に食器が刺さってる斥候さん……ぷふっ! ハリネズミみたいで、ちょっと可愛かった、よ?」
クスクスと可笑しそうに笑うトトリ。フルダイブ操作で痛覚があるこちらとしては、笑い事じゃないんだけど……。まぁ、良いか。今はトトリのからかいに反論するよりも重要なことがある。
とりあえず、裏ボスこと『永遠を願うハザ』との初戦闘は、1秒と持たずに敗北した。正直、ほとんど情報は得られなかった。とは言え、寝袋1つ(1,000G)を無駄にしないためにも、手にした情報を絞り出さないと。
まずは、ボスの攻撃手段。最低限、机に置かれていた物全てが武器になるって考えて良いか。
(食器が浮いて攻撃してきた。ってことは、机と椅子も浮遊して、攻撃してきても不思議じゃない)
多分、傍から見たらポルターガイストみたいに見えるんだろうな。
通路からボス部屋を覗いてみると、もう既に食器などは元あった場所に戻っている。ハザも部屋の中心に移動していて、祈りの姿勢を取っていた。
「机の数が8台。机1つにつき椅子が10脚。ケーキスタンドが3つ。椅子の数だけフォークなんかのカトラリーが一式とお皿1枚があるから……」
机8台。椅子80脚。ケーキスタンド24個に、食器類が320個。それら全てが、ハザが扱う武器になる。
(まだ、絶望は、しなくていい……かな?)
今回のボスは、恐らく特殊勝利を求められるものだ。シナリオ推奨レベルが50なのに、ボスのレベルが75……つまりは倒せない設定になっていることが根拠になる。
これらの情報をトトリと共有したうえで、俺とボスとのやり取りを客観的に見ていたはずのトトリに聞いてみる。
「トトリ。どうやったらボスを倒せると思う?」
「分かりません!」
即答だった。
「もうちょっと、こう……。考えて欲しいんだけど?」
せめて考えるふりだけでもして欲しい。言いながら、俺はトトリがドロップするアイテムを回収していく。俺がトトリに預けていたアイテムだ。
「で、でも。そういうのは斥候さんの役割、だし」
「いや、まぁ、そうなんだけど。……じゃあ逆に聞くと、トトリの役割は?」
「……当たって、砕けること?」
小首を傾げながら、今度はトトリが自身の持っていたアイテムを全てドロップし始める。
次は自分が行く。ついでに死んで来ると言外に示すその行動に、俺はため息をつく。
「ゲームとは言え、俺的には命は大切にして欲しいんだけどなぁ」
「む。そ、ソマリちゃんとの戦いで、真っ先にわたしに死ねって言ったくせに」
「それは、トトリがソマリを倒すために必要だったからで……」
俺でなくても、目の前で誰かが死ぬところは見たくないと思う。
(死ぬこと前提の作戦、良くなかったかな……?)
いや、グリズリーにソマリと、繰り返してしまったのが良くなかったか。トトリの中で、命の価値が下がってしまったような気がする。
ゲームならまだ良い。けど、もし今の価値観を現実に持ち帰るようなことになれば、トトリが自身の命をないがしろにしかねない。ただでさえ、トトリはトラウマを抱えていて、どこか危ういのに。
(……って。さすがにこれは考え過ぎか)
ゲームと現実を混同しない。これは、恐らく誰もが分かり切っている事だ。ゲームはゲーム、現実は現実。2度にわたる両親の死で、少しだけ、目の前の人死に神経質になり過ぎていたかも。
トトリが死ぬのはゲームの中だけ。そう自分に言い聞かせて、俺はトトリがドロップしたアイテムを拾い集める。その間、コントローラー操作に切り替える作業をしていたトトリが口を開いた。
「そ、それに。わたしが死んでも、それは無駄じゃない。斥候さんが無駄にしない……よね?」
その言葉の意味を確かめたくてトトリを見ると、水色の瞳と目が合った。なんだろう、ちょっと気まずい。なんでこの人は、恥ずかしいことを、こうもさらっと言えるんだろう。
「えぇっと、トトリさん? 信頼してくれるのはありがたいんだけど、ちょっと重い」
「そ、そんなことない……よ? 斥候さんは、すごい人、だから」
「いや、だから信頼が重い。なんなら怖い。……俺、トトリになんかしたっけ?」
赤の他人……ではないけど、ただの同級生に向けるには重い信頼を寄せてくるトトリ。でも、寄せられてみたら分かる。
(正体不明の信頼って、気味が悪い)
人によっては嬉しいのかもだけど、俺にとっては心底、不気味だった。
その信頼の理由を尋ねた俺に、トトリは小さく首を振る。
「う、ううん。斥候さんは何もしてない……よ。け、けど。わたしにが、頑張ろうって勇気、くれたから」
「うん、だから、そこをもうちょい詳しく」
会話が堂々巡りするこの感じ、久しぶり。
「えっと、ね? 斥候さん、ソマリちゃんを、1人で倒した……でしょ? だ、だから」
「だから?」
「……? それだけ、だよ?」
とぼけた様子もなく、会話を終了したトトリ。この人が、隠し事が出来るほど器用じゃないことは知ってるし、詮索するだけ無駄なんだろうなぁ。
(要約すると、俺がソマリをフィーと一緒にソロ攻略した。それをストーキングしていたトトリが見て、何かしら頑張ろうってなった……?)
そう言えば、トトリは配信を通して入鳥さんに自身の頑張りを見せたいと言っていた。
そんな、トトリにとって神にも等しい入鳥さんに振り向いてもらうための行為が、配信。そのきっかけが俺のソマリ攻略にあるとするなら、まぁ、この妙な信頼も理解できる――
「いや、無理」
やっぱり、納得できそうな理由は見当たらない。
トトリの信頼の理由に納得が出来ないのは、俺の推察力が低いからか。それとも、トトリが理解の埒外にいる存在だからか。女神ことウタ姉なら、それらしい理由を探せるのかな。
そんなことを考えていたら、気付けばトトリが居なくなっていた。
どこに行ったのかと探してみれば、いつの間にか水色の髪はボス部屋の中にある。
(せめて一言、声をかけて欲しいな……。危うく、本当に命が無駄になる所だったってこと。トトリは分かってる?)
とはいえ、希望が無いわけじゃない。なんと言ってもトトリは、メインシナリオを戦闘無しで乗り切ってきたシナリオ攻略の猛者だ。
普段はたどたどしく話すし、言うまでもなく人見知り。でも、NPC相手なら驚くほどの積極性を見せる。
そして、今回ボス攻略で求められる特殊勝利の中には、ボスを説得するというものもある。
トトリという狂人と、ハザという狂人。マイナス同志を掛け合わせたらプラスになるように、トトリとハザは気が合うかもしれない。
(案外このまま、攻略しちゃったりしないよね……?)
期待半分、不安半分で俺は事の成り行きを見守る。
……。
…………。
………………。
「長くない!?」
かれこれ10分くらい、トトリとハザが話し込んでいる。
戦闘での攻略を念頭に置いたプレイヤーなら、戦闘前の会話で10分なんて、まず間違いなく我慢できない時間だ。その証拠に、ほら。いつの間にか現れていた戦闘狂の妖精さんが、
「んー! んー!」
早く行こう、ボスを倒そうとボス部屋の方向へ俺を引っ張っている。
「ちょっと待ってね、フィー。多分、もちょっとだと思うから」
ひょっとして、ひょっとするのか。トトリが説得して、ボス攻略達成か。そう思っていたら、トトリの表情が厳しくなった。続いて感情が爆発したのか、
「ひどいっ! どうしてそんなことを!」
叫ぶ声が聞こえてくる。
「ソマリちゃんに謝ってください!」
恐らく、ソマリの扱いについて聞いたんだろう。本気で怒っているように見える。けど、あのハザがソマリの扱いについて悪びれていなかったこともまた事実。
結局、激高したトトリがハザに攻撃……しようとして。
「あれ、武器……。あっ、斥候さんに預けてたんだった――」
数えきれない食器たちによって、串刺しにされたのだった。




