第2話 ここでやめる選択肢はないでしょ
かなりの数があった罠を突破して、分かれ道を何度か行き来して。20分ほどかけて探索を終えた俺たちは、ついに、明かりが漏れる部屋の前まで来ていた。恐らく、この先の部屋に踏み込めばボス戦が始まる。
けど、その前に。集中力には限界があると知った俺は、トトリと共に休憩する時間を取っていた。
「えっと、今は……11時半過ぎか」
「わわっ、ほんとだ。ミャーちゃんと別れたのが9時過ぎくらいだったから、2時間も経ってる……」
今日は5月の1日。悲しいことに、俺たちには明日も学校がある。
「一応聞くと、どうする?」
「ど、どうするって言うと……?」
「一応、ここでログアウトして、続きは明日って方法もあるけど」
俺は、ゲームで夜更かしすることに慣れている。けど、トトリはそうじゃないかもしれない。場合によっては明日に持ち越し、なんて言う選択肢もある。そう言ってみた俺を、きょとんとした顔で見て来たトトリ。
「ここでやめる選択肢、ある……の?」
ノリなのか、素で言っているのかは分からない。けど、トトリが言ったことは、まさに俺の胸中そのものだった。
(……まぁ、依頼主が良いなら良いか)
トトリの言葉に俺も内心でにやりとしつつ。
「了解。それじゃ、裏ボス前に水分補給とトイレに行っとこう」
「う、うん! え、えっと……じゃあ10分後くらいに」
言ったトトリが半透明になって、休止状態になる。続いて俺も「システム、スリーブ」と言って、一時的にアンリアルからログアウトした。
シナプスを外すと、見慣れた自室が迎えてくれる。
「……10分も要るかな?」
ゲームの小休憩としては長い気もするけど、まぁ良いか。
俺はそそくさと自室を出て、1階のキッチンへ向かう。今は23時半。リビングに明かりは点いてなくて、ウタ姉はもう、自室に戻っているようだった。
(俺が部屋を出ても反応が無かった……。寝るにはちょっと早いし、今頃、動画鑑賞タイムかな……?)
冷蔵庫にある冷えた水を飲んで一息つきながら、姿の見えない義姉のことを考える。
基本、俺が部屋を出て足音を立てれば、ウタ姉は必ず「どうかしたの、コーくん?」と顔を出してくる。何がすごいって、俺が足音を殺しても、ドアを閉める音に細心の注意を払っていても、耳ざとく駆けつけてくるところ。ウタ姉の本人談では、
『気配だよ、気配。弟を思うお姉ちゃんパワーのなせる業です』
とのことだった。
とはいえ、さすがに寝ていたり、あるいは音が聞こえない状態……それこそ、イヤホンをしながら動画を見ていたりする時は、反応がない。他には……・
(そう言えば、ウタ姉もシナプス、持ってるんだっけ)
いつだったか「これでコーくんと一緒に遊べるね!」と言って、新品のシナプスを見せてもらったことがある。けど、その時にはもう両親は居なくて、ウタ姉は勉強にバイトと大忙し。気付けば機を逸してしまっていた。
自称ミーハーなウタ姉のことだから、一大ブームを築いているアンリアルをプレイしてる可能性も無きにしも非ず。いや、プレイしてる可能性が高い。けど、ゲームをやり込むような……と言うか、何かに深く熱中するような性格ではないんだよなぁ。
(良くも悪くも、広く浅く。それがウタ姉のモットーだったもんね……)
限られた時間の中で色んな物事を知るには、まずは触りを知る方が大事だから、とか本人は言ってたっけ。
「……今度、ウタ姉も誘ってみようかな」
今の俺ならアンリアルの面白い所を余すことなく教えられるし、ゲームの中ならウタ姉を介護することもできる。あと、単純にウタ姉とゲームがしたい。
ちょうど今はウタ姉もバイトをしてないし、少しなら時間の余裕もあるはず。
アンリアルで、義足を気にせずに動き回るウタ姉と一緒に、モンスターを狩っていく……。
「やば、ちょっとワクワクしてきた」
むしろ、今までどうして考えなかったんだろう。その理由は、ちょっと考えてみて、分かった。
(そもそも俺に、誰かと一緒にゲームをするって考え方が無かったんだろうな……)
誰も、何も気にせずに、1人でコツコツソロプレイ。それが楽しかったから、誰かと一緒にゲームをするなんてこと考えなかった。けど、ここ数日、トトリと一緒にゲームをしてみて。対人関係の面倒くささを除けば、ソロプレイとは違った楽しさ――誰かの頑張りや努力を見届けられること――があることに気付けた。
(で、ウタ姉に感じる面倒くささなんてあるはずもないから……)
残るのは、ウタ姉と一緒に楽しくゲームが出来るという事実だけ。……うん、最高過ぎる。
でも、誰かと一緒にアンリアルをプレイする機会が少なかった俺に、ウタ姉を介護するなんてこと、出来るかな? いや、多分、無理だ。初めて何かをして上手くいくと思えるほど俺は自分の器用さを信じてない。
(けど、事前に練習が出来たら……?)
情報を集めて、シミュレートを繰り返して。策を尽くして挑戦することには慣れているし、少しは上手くいくだろうと自信を持つことも出来る。
そして、幸いなことに、俺には“誰かと一緒にゲームをする”経験を積むことのできる練習相手が居る。ちょうど今、その人――トトリと裏ボスに挑もうとしているところだ。
「トトリからのお願い、聞いといて良かったかな」
他人に興味を持つよう、ずっと俺に言い聞かせてくれたウタ姉。その延長線上で行なったトトリとのボス攻略が、巡り巡ってウタ姉とゲームをするという新しい目標を作ってくれた。
時計を見ると、もうすぐ休憩を始めて10分が経とうとしている。
「そろそろ戻らないと。またトトリに小言を言われちゃう」
水の入ったボトルを冷蔵庫にしまって、俺は自室へと引き返す。
長時間使っていても疲れない。そんな売り文句で売られていたゲーミングチェア(中古)に座ってシナプスを装着すれば、もうそこはアンリアルの世界。
目の前に表示されている「スリーブモードを解除しますか?」の文言にイェスと答えると、目の前が真っ暗になり、一瞬で全身の力が抜ける。続いて明かりの漏れる部屋を前にした視界と、乾燥した空気の匂いが鼻に抜けた。
「ふぅ……」
その場で軽くストレッチをして、操作感に違和感がないことを確認する。
ふと正面を見れば、未だに半透明なトトリの姿がある。……遅刻はせずに済んだかな。
(そうだ。トトリが居ない、今のうちに……)
「フィー、出て来てー」
俺が言うと、銀髪と白いワンピースを揺らすフィーが姿を見せた。
「ん?」
「ちょっと相談って言うか、お願いがあるんだけど」
どうしたの? と青い瞳で聞いてくるフィーに、俺はソマリとの戦いで考えていたことをフィーにお願いする。
「トトリとパーティ、組んでも良い?」
裏ボス戦。初見だし、どうせ勝てないことは分かっている。だけど、最善は尽くしておきたい。そのためにも、円滑なアイテムの受け渡しや、サポートAIのスキルを共有するために。トトリとパーティを組んでおきたい。
ただし、これに関してはフィーの同意が必須だ。フィーの意思を無視してパーティを組むこともできるけど、その場合、この妖精さんはプレイヤーへの支援を行なわなくなるだろう。それだと、パーティを組む大きなメリットの1つ“サポートAIが持つスキルの共有”が消えてしまう。
「出来るならフィーの同意の上でパーティを組みたいんだけど――」
「んー!」
俺の言葉を遮って、食い気味に反応して見せるフィー。眉を吊り上げ、頬を膨らませ。全力で首を振るこの妖精さんの言いたいことは、俺でなくても分かるだろうな。
頑なにノーと言い続けるフィー。このサポート妖精に設定された性格アルゴリズムによる面もあるんだろうけど、一概にフィーが悪いとは言えないのが面倒くさい。
「……トトリ。フィーに嫌われ過ぎでしょ」
好感度があるかも分からないし、あったとしても好感度にマイナスがあるかどうかも分からない。けど、これまでのトトリの言動が、フィーの態度を硬化させているのは間違いないと思う。誰だって、自分を見てハァハァする人を警戒しないわけがない。
「せ、セーフ! ……だよね?」
折良く? 折悪く? 戻ってきたトトリの自業自得に足を引っ張られる形で、今回もトトリとのパーティ結成は先送りになってしまった。




