第1話 ハズレでもいいから分かれ道は両方探索する
念のために、隠し通路の入り口まで戻ってみたけど、開いていなかった。つまり、“本当のボス”を倒すかゲームオーバーになる以外の方法で、この部屋を出ることが出来ないことが確定していた。
俺を先頭に、ソマリの背後に現れた細い通路を進む。暗闇でも視界が利く〈暗視〉スキルを持たないトトリが居るため、フィーには『ランタン』に〈変身〉してもらっていた。めっちゃ不服そうだった。
「この先に、裏ボスさんがいる……の?」
背後。コントローラー操作に切り替えたトトリが、聞いてくる。
「多分。一応、お宝がある部屋に繋がってる可能性もあるけど」
ボスを倒したら宝物庫がある。これも、定番だ。
「で、でも違うって。斥候さんが思うのは、なんで?」
「このシナリオの名前と、ソマリの二つ名かな」
トトリと話しながら、先の見えない1本道を進んでいく。道中、〈罠探知〉を行なうと、所々にちゃんと罠がある。
(ボス攻略させて気を抜いたところに罠……。運営もいやらしいことするなぁ)
タイルを踏めば槍衾になってしまう罠を解除していく。
浮き上がっているタイルを外すと、ボタンが見えた。踏めばボタンが押されて罠が作動する、単純な作り。今回は解除するよりも、踏まないようにする方が良いかな。
トトリに歩くルートに気を付けるよう言いながら、先を進んでいく。
「し、シナリオは『長き夢見る姫の夢』……だよね? ソマリちゃんの二つ名は……」
「“安息を願う者”」
ゲームにおいて、二つ名が大きな意味を持つことも多い。特に、伏線的な意味合いを持つなんて、珍しいことじゃないと思う。
「俺はてっきり、プレイヤーがソマリの安息を邪魔する存在なんだって思ってた。けど、違ったみたい」
「そのヒントが、シナリオの名前の方にあるってこと……?」
トトリの問いかけに頷いて、俺は毒霧の罠を解除しながら自分の考えを話す。とは言っても、アンリアルは全年齢対象のゲーム。それほど高尚な謎かけをしてくることはない。
「シナリオ名にある『姫』は、誰だと思う?」
「それは、ソマリちゃん……だよね?」
「ん。『安息を願う』ってところと『長き夢を夢見てる』ってところ。両方とも安らかな死を願ってるって読み解けるから、姫はソマリで間違いないと思う」
人感センサーで発動する毒霧の罠を解除して、すぐ。今度は落とし穴があったから、トトリに飛び越えるように言っておく。
「けど、俺たちが倒そうとすると、ソマリは抵抗してきた」
「こ、攻撃されたら、誰でも抵抗する……よ?」
「安らかな死を願ってるはずなのに? それなら、無抵抗で倒されて、成仏する方が行動理念に合ってる気がしない?」
なのに、ソマリは抵抗した。自らの意思に反して。理由はいくつか考えられるけど、ゲーマーの俺ならこう考える。
――誰かに、操られている。
そんなふうに。
「死んだはずなのに、誰かに……それこそ、裏ボスに操られてしまって。ゆっくり眠れないから、ソマリはシナリオって形で俺たちに依頼を出してきた。『私を操ってる人を倒してー』って感じでね」
分かれ道。こういう時、両方の道を探索するのがゲーマーの矜持。どうせ両方行くことは確定してるから、適当に選んで進んでいく。もちろん、地図作り作業も欠かさない。
「な、なるほど……。裏ボスさんからしたら、わたし達プレイヤーに来て欲しくない。だから、ソマリちゃんを使ってプレイヤーを追い返してるんだ……?」
「そうしたら、死を願ってるはずのソマリが反撃してきた理由にも納得がいく気がしない? ……よし、宝箱」
仕掛けが無いことを確認して〈鍵開け〉スキルを使って宝箱を開ける。中には『暴食の盾』という名前の盾が入っていた。
(憤怒の毛皮に、暴食の盾、か……)
意味ありげな名前に高鳴る好奇心で俺が少し頬を緩める一方。背後で俺の様子をうかがっていたトトリが、やるせなさをにじませる。
「無理やり戦わされるなんて……。ソマリちゃん、可哀想……」
「どれも、俺の推測でしかないけどね。……トトリ、この盾使う? ソマリ倒したのにドロップアイテムなかったし、これくらいは貰っておいても罰は当たらないと思う」
ソマリとの戦いで、持っていた盾の耐久値を減らしているトトリ。もしこの先に裏ボスが居るなら、盾は必ず必要になる。
「い、良いの?」
「うん、まぁ、良いよ。それに……フィー『暴食の盾』」
「ん」
初めて見る武器だけど、名前が分かっていれば、フィーに〈変身〉してもらうこともできる。
光源になっていたフィーが消えて真っ暗になっちゃったけど、トトリにも俺が言いたいこと――俺に武器は必要無いこと――が伝わったみたい。
「……じゃ、じゃあ、遠慮なく」
俺がドロップした暴食の盾を、トトリが拾うのだった。
宝箱は、分かれ道の突き当りにあった。フィーには再びランタンに〈変身〉してもらって、分かれ道まで引き返す。
「そう言えば、トトリ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、なに、かな?」
「さっきのアレ、なに?」
俺の言うアレとは、トトリがソマリとの戦いで見せた異次元のダメージ“900”。驚くべきは、その数値が半減されたものだと言うこと。実際のダメージは、脅威の1,800となる。
「〈万福招来〉だっけ。詳しく聞いても?」
別に、律儀に話す必要はない。けど、トトリ……鳥取柑奈という人間は、良くも悪くも真面目で、素直だ。聞かれたことには、可能な限り答えようとする。それこそ、情報を秘匿して、話すにしてもお金を取る俺が、汚く見えるくらいに。
今回も例にもれず、あっけらかんとスキルについて開示してくれる。
「え、えと。にゃむさんのスキルで……。ジッとしてたら1秒ごとに、クリティカル攻撃の倍率が上がっていく……の」
「クリティカル攻撃威力上昇、か。10秒で1,800ダメってことは、秒数×1.5って感じ?」
「そ、そう」
さっきのダメージ計算を読み解くと、まず、戦槌の攻撃力が175。ボスの防御力が95。通常ダメージは80となる。次に弱点武器のハンマーで攻撃したからダメージ倍率1.5倍が乗って、120。クリティカルでさらに1.5倍されて180。これが、通常出せるダメージ。
(でも〈万福招来〉はクリティカル倍率を「×秒数」するから……)
あの時、トトリが溜めていた時間は10秒。クリティカル攻撃の威力は、1.5×10秒で15倍。つまり、120×15で1,800ダメージが出たってことかな。
(攻撃をクリティカルさせるのはプレイヤーの基本。ってことは、言ってしまえば、ダメージが溜めた「秒数」倍されるってことか……)
強力なスキルだけど、使いどころは難しそう。戦闘中、棒立ちが許される局面はそう多くない。普通は、よくて3秒くらいかな。……いや、それでも。ダメージが普通の3倍出るから、間違いなく強いな!?
「せ、斥候さん。ソマリちゃんが必殺技の時に動きを止めるって教えてくれたでしょ? だ、だから……」
事前にボスが動きを止めることを知っていた。だからトトリは、自信をもって〈万福招来〉を使ったと。
「スキルの持続時間は?」
「そ、そっちは、最大10分を溜めた秒数で割る……よ?」
10倍のダメージを出せるのは600秒÷10で60秒。つまり、1分間だけ。
さらに詳しく聞けば、いくつか制限もあって、クールタイム――スキルを再使用できるようになるまでの時間――が6時間と、非常に長い。
普通、パーティを組めばサポートAIのスキルをほかのプレイヤーも享受できるようになるんだけど……。
「対象はトトリだけでパーティメンバーにもかけられない、と。……で? なんであの時、フルダイブ操作に切り替えたの?」
「そ、それは……。まだ、コントローラー操作の方でハンマーを使ってクリティカル攻撃するのに自信が無くて。け、けど、フルダイブ操作なら、なんでかクリティカル攻撃になる、から!」
アンリアルでは、一応、攻撃を当てさえすれば一定確率でクリティカル攻撃になる。けど、運に頼らなくても、適切な武器を適切な箇所に当てればクリティカル攻撃は確実に発生させられる。
(なのに、トトリは……)
プレイヤースキルでは無く、確率で発生する「Critical!」の方を信じた。
一か八かの場面で、己の運に全てを任せることができる、異様な度胸。そして、それを見事にやってのけるだけの実績と、豪運。
(やっぱりヤバすぎるでしょ、この人……)
ぜひとも、努力してプレイヤースキルを磨いているゲーマー達に謝って欲しい所だった。
第2幕後半の7話目「第7話 ゲームにオカルトが介在する余地はない」のお話が飛んでいたので、更新させて頂きました。もしよろしければご覧になってみてください。




