第15話 アンデッド系モンスターには、必ず弱点がある
フィーの内心(思考アルゴリズム?)を推し量るのをやめて顔を上げた俺。その視界に、ボスが放った〈炎弾〉に飲み込まれるトトリの姿が映る。
フラッシュバックするのは、初めてトトリと出会った時の光景だ。あの時も、トトリは同じように〈炎弾〉に焼かれて、全てを失った。そして今回も、全く同じ方法で、死なせてしまった。
(頑張っていたトトリを、斥候として、支えられなかった……)
申し訳なさと不甲斐なさが、俺の中に湧き上がる。
ここまでして勝てなかったとなると、いよいよトトリがボス攻略を諦めてしまうかもしれない。アンリアルを、ゲームを、嫌いになってしまうかもしれない。
トラウマらしきものを抱えていて、病んで。それでも幼馴染のために頑張ろうと前を向くトトリ。あの人の姿を、俺のために身を粉にしてくれているウタ姉と少し重ねていた。それに、ウタ姉がトトリの動画を気に入っていたというのも理由で、俺はちょっと面倒くさかったけど、トトリに付き合っていた面もある。
そのトトリが挫折するきっかけを、俺が作ってしまったかもしれない。
「ごめん、トトリ――」
「あ、危なかった~……!」
その声は、俺の背後にある寝袋からではなく、ボス部屋から聞こえて来た。反射的に見てみれば、剣を構えたトトリがいまだ健在な様子で立っていた。
(なんで……)
さっきからちょくちょく敵の攻撃を被弾していて、HPが減っていただろうトトリ。攻撃力が400ある〈炎弾〉を貰えば、確実に死だったはず。なのにどうして生きているのか。考えられる理由は、1つ。
「当たってなかった……?」
トトリが居るのは〈炎弾〉が着弾した場所の向こう側。位置関係からして、トトリが〈炎弾〉を食らったように見えただけ。つまるところ、俺の見間違い……。
見間違えて、しかも勝手に1人で感傷に浸っていた。そんな俺を、フィーがにやりとした表情で見つめてくる。
「……ん」
「やめて、フィー! そんな目で俺を見ないで!」
『斥候』『勘違い』『恥ずかしい』『笑』
「お願いだから、追い打ち止めて!」
こんな時ばかり言いたいことをきちんと言葉にして言ってくるサポートAI。恥ずかしさで転がる俺をよそに。
「せいやっ!」
トトリの奮戦は続く。敵の攻撃を避けて、盾で受け止めて、隙を見て反撃を行なう。幸か不幸か、さっき〈炎弾〉をギリギリで避けたことで、集中力が再び高まっているように見えた。
(この調子なら……!)
手に汗握る感触を確かめながら見守ること、しばらく。ついにボスのHPが25%を下回った。
『KrKr KrKr』
ボスが天井を見上げて、全身にまとっていた赤いオーラをさらに濃く、妖しく光らせる。
「え、えとえと……せ、斥候さん! ここからどうなるんだっけ!?」
慌てたように聞いてくるトトリ。
「行動速度アップと攻撃力アップ! とりあえず、今まで以上に丁寧に! 焦らないで良いから!」
「う、うん、分かった!」
「それと、今のうちに武器の交換しといて! 多分、耐久値がピンチだと思うから!」
「えっ、ぶ、武器? 耐久値? ……あ、ほんとだ。交換、交換……」
トトリの手にあった銀剣と盾が消えて、新しい銀剣と盾が現れる。それとほぼ同時に、ボスが最後の攻勢に出始める。
ここから、ソマリの攻撃力が1.2倍になって、〈炎弾〉がいよいよ一撃必殺の攻撃力を持つようになる。通常攻撃とも言える〈火球〉ですら120のダメージを出すようになるから、下手に受けられない。ここからはより一層の集中力が求められた。
〈火球〉〈雷撃〉を避けて、接近。杖による〈痛打〉をタイミングよく盾で弾いて、銀剣で攻撃。それを繰り返すこと、数度。
「〈炎弾〉のモーション! このHPになったボスには、えっと、えっと……『聖水』!」
魔導書を掲げて〈炎弾〉を使う仕草を見せたソマリに対して、トトリが青い水が入った小瓶を投げた。この投てき行為も、フルダイブ操作なら外してしまうこともある。けど、トトリはコントローラー操作で、ここはゲームの世界。
システムによって管理された軌道のもと、確実性を持って飛んで行った小瓶がボスに命中して、割れる。中に入った水色の液体が、紫色のマントに覆われた骸骨に触れた瞬間。
『Gaaaaaa……!』
ダメージこそ無いものの、絶叫したソマリが〈炎弾〉のモーションを中断させた。まるで熱湯をかけられたように、全身から湯気を立ち上らせて膝をつくソマリ。
「やたっ! ……っと、今のうちに!」
喜びの声を上げるトトリが、大きな隙を晒すボスに駆け寄って2回、3回と攻撃を加える。
――アンデッド系には聖水が有効。
これもまた、ゲームではよくある仕様だよね。他にも、アンデッド系モンスターには回復系のスキルでダメージを与えられたりする。これら、今までのゲームの王道もきちんと踏襲されているところも、俺は好きだった。
聖水の所持上限は3個。無くなれば、これまで通り少し無理をして〈炎弾〉のモーションキャンセルをしないといけない。だからこそ、敵の行動速度が上がって、〈炎弾〉を防ぎ辛くなるHP25%以下のタイミングで使うよう、トトリには言っておいたのだった。
(さすがに、最後の切り札のモーションキャンセルは出来ないだろうけど……)
回数制限こそあるものの、安全かつ確実に相手の攻撃を無効化出来て、しかも攻撃するための大きな隙を作り出すことができる。
「そっか。物理攻撃を軽減したり、浮遊していたり。特殊な性質を持つことが多いアンデッド系モンスターだからこそ、こうして共通した弱点が設定されているのかな」
よくある設定の裏にあるゲームとしての救済措置が、垣間見えた気がした。
そのまま、さらに5分ほど。
「おりゃっ!」
律儀に声を漏らすトトリの銀剣を受けて、ついにソマリのHPゲージが黄色から赤に変わった。同時に、
『KtKt KrKr』
ソマリが全身の骨を鳴らして、杖と魔導書を頭上に掲げる。最後の切り札のモーションだ。
ここから、トトリに求められるのはDPS(Damage Per Second)。1秒間にどれくらいのダメージを出せるのか、だ。
HPが10%を下回ってから、モーションが始まるまで5秒。モーションを取ってから、きっちり15秒。その間に3,600ダメージを出せるかどうか。ただし、ソマリは最後の切り札のモーション中、全てのダメージを半減する。
銀剣1回の攻撃で、トトリが出せるダメージは38。しかもそれが半減されて、19しかダメージを出せない。片手剣のモーションは全体で2.7秒だから、約3秒。長く見積もって20秒の間に出せるダメージは、19×6の114。目指す3,600ダメージには遠く及ばない。
(本来なら、複数人で挑むからどうにか出せるダメージなんだよね)
実はこの最後の作業こそ、トトリにとって最大の関門になると思っていた。コントローラー操作は良くも悪くも数値に忠実だ。どれだけ急ぎたくても、決められた時間の中で、決められた動きしか出来ない。だから、理論上無理なものは、絶対に無理だということになる。
しかし、この話をした時、トトリは毅然とした顔でこう言っていたのだ。
『わ、わたしに、考えがあるの!』
結局、今に至るまで教えてくれなかった奥の手。ゲーマーとして、少しだけトトリの言う奥の手に期待しながら。それでも、あのトトリだからなぁと言う理性にワクワクを阻害されつつ。結果、何とも言えない気持ちで見守る先。
「き、来た! 必殺技のモーション! えっと、フルダイブ操作に切り替えて……おっとと」
不穏な言葉が聞こえたかと思えば、トトリがふらついた。コントローラー操作ではありえない、人間味のある動き。それは、やはり、さっきの言葉が効き間違いなんかじゃなくて……。
(トトリが、フルダイブ操作に、切り替えた、だと……?)
どうしてこの重要な場面で、そんな、とち狂ったことを? 盛大に眉を顰める俺を、トトリが知るはずもなく。
「えっと……にゃむさん! 〈万福招来〉!」
トトリがサポートAIである黒猫に、何かしらのスキルの使用をお願いする。すると、トトリの指示を受けたにゃむさんが、
『ナァゴォ……♪』
野太い声で、歌い始めた。




