第13話 “緊張する”のは、その人が――だから
薄暗い隠し通路から続く、階段の下。ボス部屋の前にある小さな踊り場で、俺とトトリ、フィーとにゃむさんは車座になっていた。
ボス部屋から漏れてくるかがり火の明かりに照らされて、ソマリ攻略に向けた作戦会議を行なう。
「――ボスの行動パターンはこんな感じ」
「な、なるほど……。HPが4分の3以下でボスが移動開始。〈炎弾〉も使うようになる……?」
合ってる? と言いたげな目で聞いて来たトトリに頷いて、俺は改めて、判明している情報を伝える。
「そう。2分の1以下で〈火球〉が1つ増えるのと〈雷撃〉を使うようになる」
「ら、〈雷撃〉……。避けられない魔法、だよね?」
「前のトトリなら、ね。けど、今なら多分、避けられるんじゃないかな」
俺は、〈雷撃〉の避け方――ボスの魔導書が黄色に光った瞬間にその場から逃げること――についても、トトリに教えておく。
「や、やってみる……ね! 他にも〈炎弾〉の時はボスが持ってる本を攻撃……。HPが10%以下で、必殺技……。わ、分かった!」
グッとこぶしを握って、理解を示すトトリ。
「たった今トトリが言ったことを覚えてたら、即死ぬことは無いと思う。それに……」
俺が背後にある階段を見ると、段の1つ1つに『寝袋』が3つ置かれている。実はこのアイテム、使い切りのリスポーン地点になる、便利アイテムなんだよね。つまり、もし死んでしまっても、設置者であるトトリはこの寝袋で蘇生することができる。
ただし一長一短ある。もしダンジョン内に設置した寝袋で蘇生した場合、デスペナルティで全てを失った状態でダンジョン内を徘徊しなければならなくなってしまう。もし装備もアイテムもない状態でモンスターに出会ってしまえば、死は確実。1個1,000Gの寝袋が、無駄になることになる。
だから、近くに武器やアイテムを工面してくれる仲間が居ないと寝袋は効力を持たない。ソロ行動がメインの俺が使うことは、ごくごくまれだった。
「う、うん。死んじゃっても、寝袋があるもんね」
「そうそう。だからまずは、ボスの攻撃とコントローラー操作への慣れも兼ねて、装備無し、アイテム無しでソマリに挑戦してみて」
「ぐ、グリズリーに挑戦した時と、一緒……?」
トトリの確認に、俺は頷いて見せる。幸い、トトリはコントローラー操作だ。フルダイブ操作と違って、敵の攻撃を受けても痛みは無い。だから遠慮なく、死ぬことを前提とした作戦を立てることができる。
「インベントリのアイテムをここにドロップしてもらって、俺が回収。トトリは『長剣』だけ持って、ボスに突撃」
頷いたトトリが『長剣』以外、インベントリ内にあったアイテムを全てその場に落とした。この状態になったアイテムは誰でも拾うことが出来て、所有権も完全に移動する。ついでに、誰も拾わなければ5分で消滅する仕様になっていた。
(それにしても……)
多種多様なアイテムを落としたトトリ。ボス攻略のメイン武器となる『銀剣』数本や『戦場の盾』、スペアの鎧はまだ分かるんだけど……。
(ナイフとか、弓とか。何に使うんだろ? ……戦槌もあるし)
武器の練習でもしていたのか、トトリが普段使わないような武器も、落としたアイテムの中にはあった。それら余計に思える武器も拾っておきながら、俺は一応の忠告をしておく。
「……グリズリーの時も思ったけど、俺が猫糞する可能性もあること、分かってる?」
猫糞、つまりは泥棒。もし今、トトリのアイテムを全て拾った俺が逃げても、何ら罪には問われない。言葉巧みに相手を騙して、貴重なアイテムを盗み取るプレイヤーも、残念ながら存在する。
無警戒に俺にアイテムを全て預けたように見えるトトリに聞くと、トトリはきょとんとした顔で水色の目を何度か瞬かせた。
「……? でも、斥候さんはそんなこと、しない……よね?」
「それは、そうなんだけど……」
信頼なのか、お人好しなのか。あるいは、考え無しのいわゆる「アホの子」なのか。いずれにしても、トトリは俺を全く疑う様子を見せなかった。
俺が全てのアイテムを回収したことを確認して、長剣1本を手にしたトトリが立ち上がる。続いて手元を操作したかと思えば、配信用の録画を開始し始めた証となる赤いマークがトトリの名前の横についた。
「そ、それじゃあ、行ってくるね」
「ん。けど、様子見だからね、様子見」
「わ、分かってる……よ? けど……」
「けど?」
かがり火が照らすボス部屋を前に、振り返ったトトリ。そこには、普段見せている気弱そうな表情は無くて、代わりに、不敵な笑みが浮かんでいる。
「倒しちゃっても、良いんだよね?」
回復用のアイテムもなく、武器も長剣1本。一応、にゃむさんは居るけど、それ以外に仲間もいない。そんな状態にもかかわらず、自信満々に、ボスを倒すとのたまうトトリ。
(やっぱり、この人。負けず嫌いなんだ……)
ダメもと。だけど、だからこそ、負けたくない。きっとそう言いたい――
「だから、わたしのかっこいいとこ見ててね、フィーたん!」
どうやら違ったみたい。ただ単に、フィーに良い所を見せようとしたかっただけらしかった。
「(ふいっ)」
「塩! 対応がしょっぱいよ、フィーたん! でも、それが良い!」
「ん~……」
「やめて、トトリ。フィーがガチ目に怖がってるから」
「そ、そんな~」
俺の背後に逃げて来たフィーを庇いながら言うと、トトリが悲痛な声で嘆く。けど、すぐに背筋を伸ばしてコントローラー操作に切り替えると、
「……よしっ」
小さな声で意気込んで、ボス部屋へと足を踏み入れる。その顔は、さっきまでフィーを追い回していただらしのない顔と違い、ひどく真剣だ。
(緊張、してるんだろうな……)
小学校の運動会だったっけ。クラス対抗リレーに出た時、初めて“緊張”をした。その時、入場門前で俺の様子をカメラに収めていた養父・卓さんに、言われたことがある。
『いいかい、コウくん。大人になると、緊張することなんて滅多になくなる。だから、その緊張している気持ちを大切にするんだ。それは君が――』
本気だから。真剣に、物事に向き合って考えているからだと、そう卓さんは教えてくれた。そして、今、トトリも緊張している。頑張ろうとしている。変わりたい、変わることができると、大切な幼馴染に教えるために。
「頑張れ、トトリ」
声をかけた俺を、振り返ったトトリが、驚いたような表情を見せる。けど、すぐに破顔して、
「え、えへへ……が、頑張るね!」
頬を掻く“照れ”のモーションを使いながら、応えてくれた。
自身の成長を見せるため。ついでに、推しの「ニオちゃん」へのご祝儀のために、ソマリへと挑むトトリの挑戦が始まった。
……5分後。
俺が見つめる先で、トトリとにゃむさんがポリゴンになって消滅する。さらに、その数秒後。
「なんとなく、行ける流れだったような!?」
寝袋で起き上がったトトリが、わけのわからないことを叫ぶ。その余波でフィーが身体をびくぅっと硬直させて、俺の背後に隠れた。
「ボス攻略を舐めないで。あれで攻略出来たら、アンリアルがヌルゲー過ぎる」
「あぅ……。け、けどぉ~……」
使い切りのアイテムである寝袋がポリゴンになって消失して、初期装備のトトリの姿が完全に露わになった。
悔しそうに嘆くトトリに俺は頬を緩めつつ、預かっていたアイテムを全てドロップして、渡していく。パーティやフレンドになれば、アイテムをわざわざ落とさなくてもお互いのインベントリ間でやり取りができるんだけど……。
(トトリの、フィーへの執着がすごいからなぁ)
今はまだ、保留で。けど、もう俺自身に抵抗はない。うちのサポート妖精さんの様子を見ながら、トトリとフレンドになることも考え始めていた。
「どう? 大体の感覚はつかめた?」
「う、うん。〈炎弾〉は見れなかったけど、この前、ボスが使ってた魔法……だよね?」
トトリの言う「この前」は、俺とトトリが初めて会った時だろうな。あの時、トトリは〈炎弾〉をまともに食らって、ゲームオーバーになっていた。
「そう言えばトトリさ。あの時、ボスのHP、めっちゃ減らしてなかった?」
〈炎弾〉は、ボスのHPが75%を下回ると使用する技。つまり、あの時のトトリはボスのHPをそこまで減らしていたことになる。しかも、今と違って、フルダイブ操作で。
(この人がゲームでもぼっちだってことは、ここ最近の言動からも分かるし……)
フルダイブ操作もままならなくて、仲間もいない。そんな状態で、どうやってボスのHPを減らしたのか。かねてからの疑問を投げかけてみると。
「そ、そう! め、めっちゃ頑張った!」
全身、完全防備に着替えたトトリが、それはもうシンプルな答えを返してくるのだった。




