第12話 物語には要約・スキップ機能がある
演出・脚本、共にトトリによる脚色された回想を仔細割愛して、トトリが入鳥さんをミャーちゃんと呼ぶ理由を要約すると、こうだった。
「つまり、幼稚園の時、入鳥さんが人見知りのトトリに猫の振りをして近づいて来た。その時のニオさんの鳴き声がミャーだったから、ミャーちゃんだった、と」
「あ、あれ? アニメ1話分……小説でも1章分くらいあったわたしとミャーちゃんの感動的な思い出話が、あらすじレベルにされたような……?」
手持ち無沙汰だったんだろうな。ダンジョン壁にもたれながら座って、膝の上で丸くなるにゃむさんを撫でるトトリが、どこか不服そうに言う。……けど。
「トトリ。いま、時代はタイパって奴を求めているんだって?」
「なっ!?」
そう。今はタイムパフォーマンスが求められる時代。懇切丁寧に語られる長文よりも、要点をかいつまんだ短文の方が好まれる、らしい。もちろん、最後には「人による」あるいは「個人差があります」っていう万能の注釈が付くんだけど。
俺が語る現実に唇をわななかせるトトリだったけど、キッと表情を引き締めて、抗議の声を上げた。
「古き風習を愛するオタクとしては、反対! OP・EDスキップ、倍速視聴反対だよ、小鳥遊くん!」
「ごめん。ちょっと何言ってるか分からない」
トトリが何に怒っているのか、俺には本気で分からない。ただ、俺も、どちらかと言えば“じっくり”する方が好きだ。じゃないと、タイパを求めるファスト文化の逆を行くような“斥候”なんていう役割、出来ないと思う。
まぁ、でも、とりあえず。「ミャーちゃん」の由来は分かった。
「てっきり、入鳥さんの名前の方が由来なのかと思ってた」
黒猫と書いて「くろね」。苗字も含めてかなり特徴的な名前だったから、入学式でも「なんかすごい名前」くらいは憶えていた。
「そ、それも半分は、そう、だよ? ミャーちゃんも、自分の名前が猫だって知ってから、猫の真似をしたらしい、から」
まるで入鳥さんの代わりだと言うように、黒猫のにゃむさんを撫でるトトリ。
相棒として黒猫のにゃむさんを選んだことも。コントローラーにわざわざ黒猫が描かれた物を選んだのも。極めつけは、入鳥さんのVtuber『ニオちゃん』に月数万から数十万円をつぎ込むところも。トトリの幼馴染への愛が伺える。ともすれば、異常なくらいに。
「なんでそこまで人を好きになれるんだか……」
呆れ混じりに呟いた俺の声を、トトリは質問と受け取ったのかもしれない。
「……ミャーちゃんは、命の恩人だから」
入鳥さんが“幼馴染”以上の存在であると語るトトリ。……これは、多分、重い話だ。踏み込むべきじゃない、地雷だ。すぐにでも回れ右をして、さっさとボス攻略に向かうべき。そう、頭では理解してたはずなのに。
「命の、恩人……?」
なぜだか俺は、聞き返してしまった。地雷は踏まない主義だし、ウタ姉に言われでもしない限りは、物事に対して自分から踏み込んでいくタイプの人間じゃないって、思ってたんだけどなぁ……。
そして、トトリもまた。わざわざ答える義理もないのに、俺の質問に答える。
「わたし、ね。中学の時、不登校になった……の」
予想通り、のっけから馬鹿みたいに話が重い。
けど、聞いてしまった手前、トトリが話を止めるまで、聞かなければいけないと思う。多分、この話をするのに、トトリも勇気を出しているはず……頑張っているはずだから。頑張る人を無下にするのは、俺のために頑張ってくれているウタ姉を裏切るのにも等しい行為だと。そう思うから。
「わたしのお父さん。昔、ちょっと交通事故を起こしちゃったらしくて。そのせいで、マスコミとか、いろんな人が家に来たの」
結果的に言えば、トトリが語った過去のトラウマは、それだけだった。ただ、今までのこの人の言動から、おおよそのことは察することができる。
多分、その事故以来、学校に行こうとするとマスコミに囲まれるようになったんだと思う。やっとの思いで学校に行っても、今度は同級生から好奇の目で見られるようになって。で、段々と学校に行き辛くなって、不登校。
(トトリが大人を怖がる理由も、これが原因……?)
コントローラーを買いに行った時に見せた“大人”への拒絶反応。
『し、知らない大人の人に話しかけるのなんて、無理!』
知らない人では無くて、知らない“大人”の人と言ったのが、気になっていた。けど、多感な中学生の時にカメラと好奇の目を大量に向けられて、生活が乱されたとなれば、まぁ、理解は出来そうかな。全部、俺の憶測でしかないし、共感もしてあげられないけど。
ただ、不登校になるくらいには、トトリにとって精神的なダメージが大きかったんだと思う。
「……なるほど。で、落ち込んでたトトリを外に出したのが、入鳥さん……ニオちゃんだったとか?」
「う、うん。そうだけど……。た、小鳥遊くん、察しがよ過ぎない?」
「そう? 相手を見て、相手のことを考えるようにって、よく言われるから」
主に、ウタ姉に。
それに、これまたウタ姉が指摘する俺の最大の課題――“共感する”ことについては、まだまだ出来てないはずだ。今はゲームに関することくらいしか、自信をもって他人に共感してあげられなかった。
「ふ~ん。だから、入鳥さんはトトリにとって命の恩人なんだ?」
「そ、そう。わたしに、生きる意味を……前を向く理由をくれたのがミャーちゃんで、ニオちゃん。……た、小鳥遊くんにも居る、よね? 推しの人」
水色の瞳で俺を見上げて聞いてくるトトリ。推し、については分からないけど、生きる意味だと言える人は居る。
(ウタ姉……)
従姉で、義姉で。俺を支えて養ってくれている、たった1人の家族。あの人こそ、俺の生き甲斐だと言って良かった。
けど、トトリにウタ姉の話をした覚えはない。なのに、トトリは確信をもって、俺に聞いているように見える。
(そう言えば、トトリは人を見る目だけはあるって入鳥さんが言ってたっけ)
不特定多数の好奇の目にさらされたことで養われたのか。はたまた、天性の才能なのか。人に関係するトトリの勘の良さ、あるいは人間観察力は、本物だ。
「よ、良かったら、教えて? 小鳥遊くんの、推し――」
「嫌だけど」
「即答!? わ、わたしだけっていうの、ず、ずるい……よ、小鳥遊くん!?」
「いや、勝手に語り出したの、トトリだし」
確かに聞いたのは俺だけど、話したのはトトリだ。それに、俺とウタ姉の話も、トトリの話に負けず劣らず重い話になってしまう。って言うのも建前で、実際は、自分について話すのがただただ恥ずかしい。
「よくトトリは自分のこと話せたよね。俺には無理」
「ひどいっ!?」
「いや、これに関しては本気で、褒めてる」
「……ほ、本当?」
「そう。……なんていうか。ストーキングしてきたときもそうだけど、感情とか度胸とかそこら辺が、バグってる」
「や、やっぱり褒めてない……よね!?」
俺には無いものをたくさん持っていること。負けず嫌いなところ。その2点に関して俺は、トトリをちゃんと尊敬していた。
と、そうして俺とトトリが話していた時だった。
「んー!」
そんな声とささやかな衝撃を伴って、フィーによる頭突きが俺のお腹に飛んできた。
予想外の一撃によろけた俺は、尻餅をつく。そんな俺のお腹に、なおもフィーはぐりぐり攻撃を仕掛けてくる。
「嫉妬するフィーちゃん……あざとい! 可愛すぎっ! お布施はどこにすればいい!?」
騒ぎ立てるトトリが、よだれを垂らしそうな顔でフィーを見ている。……アンリアルの表情再現度が、すごい。とまぁ、変態さんのことは置いておいて。
「ん!」
フィーが怒りの声で示してきたのは、ユニークシナリオについて書かれたメッセージボード。今はダンジョン攻略中だろうが、気を抜くな。と、言いたげな仕草だった。
「まぁ、うん。フィーの言う通りだよね。さっさとボス倒しに行こうか」
「そ、そう、だね! ……大丈夫だよ~、フィーちゃん! わたし、たかな……斥候さんにはこれっぽっちも興味ないからね~」
「(シャー!)」
「い、威嚇してる!? 猫かな!? とりあえず、可愛いっ! 斥候さん、この子、お持ち帰りしても良い……かな!?」
イェス美少女ノータッチの標語はどこに行ったんだろう?
「多分、数日後にはトトリのアカウントが消されることになるから、ダメ」
そうでなくても、サポートAIの譲渡機能はないし、可愛いくて優秀なフィーは誰にも渡さない。
「じゃ、じゃあお布施! せめてお布施だけでも……」
「トトリ。冷静に、自分が言ってること分析して。相当ヤバいから」
『ナゴフ……』
相変わらずな主人を見上げて、にゃむさんがため息交じりに鳴いた。




