第11話 ストーリーを先取りして探索してしまう
変化。あるいは違和感は、トトリと一緒に安息の地下に入った瞬間にあった。
神殿から地下に続く階段を下って、安息の地下と呼ばれるダンジョンに入った時。俺とトトリの眼前に、メッセージボードが表示される。そこには『ユニークシナリオ』の表記のもと、とあるクエストが提示された。
「「長き夢見る姫の夢……?」」
俺とトトリ。2人して、表示されたクエスト名を読み上げる。
『クエスト』。あるいは『依頼』。NPCやプレイヤー間で行なわれる一種の契約のようなもので、表示された内容をクリアすれば報酬が得られる。最近だと、俺がぷーさんから受けた「『憤怒の毛皮』回収依頼」がそれにあたる。
そして、そんなクエストの中でも特別なものが、ユニークシナリオと呼ばれるもの。固有と呼ばれるように、特定の条件を満たした場合にのみ受けることができる、特別なクエストのことだ。クリアすれば、特別なスキルを獲得できるようになったり、特別な武器の作り方を知れたり。とにかく、色々と美味しいんだよね。
半面、依頼を受けること自体が難しく、そもそも、発生条件が謎なことも多い。自分がなぜユニークシナリオを受けられたのか分からないことがほとんどで、情報も集めようがない。
言ってしまえば運頼みの面が大きいんだけど、こと“運”要素に関する色々がバグっている人が俺の隣にいる。
「…………」
「え、えっと? な、なに……かな、斥候さん?」
フィーにも負けないジトッとした目をする俺から、慌てたように俺から距離を取るトトリ。ここに来て再び、オワコンと呼ばれるダンジョンに新たな要素が発生した。俺は、新たな情報の出現に対する喜びよりも先に、「こんなことあるのか?」っていう怪しさを覚えてしまった。
けど、事実として、イレギュラーが発生している。俺の役割は、斥候。情報を集めることが仕事だ。
「フィー、詳細をお願い」
「ん!」
いつになく上機嫌なフィーが、俺の目の前にクエストの詳細が書かれたメッセージボードを送って来る。
今回のシナリオの内容は、この安息の地下で眠る『ソマリ』を探し出して倒せ、というもの。クリア報酬は武器『安息の魔導書』。推奨レベルは50。俺がレベル39で、トトリが41。本来なら、口が裂けても適正レベルとは言えないんだけど……。
「……え、えっと。つまりはあの隠しボスを倒せばいい、ってこと?」
「うん、そうだね」
俺たちはソマリがどこに居るのかを知っているし、ソマリのレベル、行動パターンも知っている。そして、何より、ソマリを今の俺でも倒せることを知ってしまっている。理論上、俺よりもレベルが高いトトリが倒せないはずがない。
「じゃ、じゃあ……『受注する』っと」
クエストを受けたトトリに続いて、俺もユニークシナリオを受注した。すると、どこに行けばいいのかを示す矢印が視界に表示される。示された先は、俺たちが知る隠し通路そのものだ。
(つまり、本来はこのユニークシナリオで隠し通路を見つけるはずだったってことか)
ただ、今回はイレギュラーが発生して、トトリがシナリオよりも先に偶然隠し通路を見つけてしまった、と。順序が入れ替わってしまったと考えて良かった。
「び、びっくりした。急にイベントが発生するんだもん」
「うん、俺も。ただ……」
気になることが無いわけじゃない。
俺とトトリはパーティを組んでない。にもかかわらず、同時にイベントが発生したこと。しかも、特定の条件をクリアしていなければならないユニークシナリオが、だ。
(俺とトトリの、アンリアルのプレイスタイルは全然違う。その両方が同時に発生条件を踏んだ……?)
となると、直近の行動にヒントがあると考えるべきか。だけど、ここに来るまでに特別なイベントがあったわけでもなければ、何か変わった行動をとった覚えもない。
(なんで今。俺とトトリにユニークシナリオが発生したのか)
斥候……と言うよりはゲーマーとして、気にならないわけがない。……けど、発生条件の特定の難しさが、ユニークシナリオの特徴でもある。考えるのは後回しにしようかな。
「ただ?」
「ううん、何でもない。一応、敵のレベルが上がってたりするかもしれないから、注意して進もうか」
頷いたトトリを先頭に、ガイドに従ってダンジョンを進んでいく。
安息の地下は、かなり広い。隠し通路がある第1層でも、次の階に下りる階段まで30分くらいはかかる。1回だけクリアする速さを競うRTA(Real Time Attack)をやってみたら、3分で踏破できた。けど、それは俺にはフィーが居るから。
狭い通路。並み居る敵を排除しながら進むとなると、後隙――武器で攻撃した後に発生する隙――や取り回しのしやすさを考えた武器の選定も行なわないといけない。その2つを省略できるフィーは、やっぱり、チートAIだと思う。
「ん~♪ ん~♪ んんん~♪」
俺の隣。ご機嫌に鼻歌を歌うフィーの頭を撫でてあげると、くすぐったそうに笑っていた。
それから、5分ほど。次の角を曲がれば、いよいよ、隠し通路がある通路に出るという時。
「せ、斥候さん。敵も罠も、多くない……かな?」
たった今、スケルトンを切り伏せたばかりのトトリがそんなことを聞いて来た。
ここに来るまで倒した敵は、6体ほど。罠は4つあった。けど、決して多いと言うほどでは無いと思う。むしろ……。
「むしろ、少ない方だと思うけど?」
「そ、そうなの? でも、わたしが前に来た時は1つも罠は無かったし、敵もいなかった……よ?」
そんなまさか。いくらトトリの運が良いと言っても、モンスターに1体も会わないとは考え辛いし、何より。罠は、ダンジョンの決められた場所に、決められたものが仕掛けてある。解除しても一定時間が経ったら元に戻る仕様だ。だから、さっきもトトリは不用心に罠を踏み抜いて、飛んできた弓矢で結構なダメージを受けていたわけで。
「ていうか、トトリ。今までどうやって、罠に対処してきたの……?」
「あ、あはは……。ら、ライフで受ける、ってやつ、かな」
なるほど。罠を踏んでも、持ち前の高いHPで受け切ってきたわけか。
(いや、罠を踏んでも良いように。他にも、モンスターの攻撃をある程度受けても良いように、HPを上げたんだろうな)
そこで「モンスターを倒そう!」とか「罠を見つけて解除しよう!」ってならないところが、内向的なトトリの性格を示しているような気がした。
「け、けど……。やっぱり、前は罠なんて、無かったよ?」
「う~ん? それは無い……いや、可能性があるにはあるのか」
トトリの言うことを否定しようとして、俺は自分自身に待ったをかける。
罠は決まった場所にあって、解除しなければ必ず発動する仕組みになっている。これまでトトリが踏んできた罠も、俺が前にここに来た時にあったものと同じ種類、同じ位置だった。だから、罠は増えていないと自信を持って言える。
だけど、トトリは罠が増えたと言った。それは多分、前回はたまたま、罠が発動しなかったからだと思う。つまり、誰か……俺が解除した後だったんだろうな。モンスターが増えたように感じると言った件についても、これまでは、俺が片っ端から倒してしまった後だったからか。
トトリがこれまでのアンリアルライフでモンスターに遭遇してこなかったのも、ひょっとしたら同じ理由なのかも。他のプレイヤーがモンスターを倒してしまって。モンスターが再出現する前に、トトリは運よくその道を通ってきた。
こう考えれば、トトリの言葉を理解できる。理解は、できるんだけど……。
「もしそうだとしたら、やっぱり、トトリの運の良さって気持ち悪いよね」
「きゅ、急に、ひどい!? ……けど、ミャーちゃんにも同じこと言われた、な」
ミャーちゃん。入鳥さんか。
「そう言えば。なんでトトリって、入鳥さんのことミャーちゃんって呼ぶの――」
「気になる!?」
「あ、ううん、やっぱりいいや」
食い気味なトトリの反応で、俺はすぐにこの話からの撤退を決意する。
「そうだよね、ミャーちゃん、可愛いしかっこいいもんね。うんうん、小鳥遊くんが気になっちゃうのも分かる! だってわたしもミャーちゃんのこと大好きだもん! あ、なんでミャーちゃんがミャーちゃんなのか、って話だったよね?」
「えっと、トトリさん? 俺の話、聞いてる? 別にニオさんのことはどうでも良い。それにゲームで実名はやめて――」
「そう、あれは幼稚園の時……」
俺の話など全く聞いていないらしいトトリが、過去の回想を始める。こうなったトトリを止められるのって、入鳥さんだけじゃないかな。今ほどあの人がこの場にいないことを恨んだことは無かった。




