第7話 ゲームにオカルトが介在する余地はない
迎えた、三連休の3日目に当たる4月29日月曜日。学校を明日に控えたこの日は、バイトが無い日。つまり、ほぼ全日、アンリアルにログインできるということ。今日も昨日に引き続き、鳥取……いや、トトリのボス攻略に向けた準備となる。
というわけで、ウタ姉と朝食を済ませて。
「今日もゲーム?」
「うん、そう」
「ふふっ、そうなんだ。ちゃんと“楽しむ”こと。忘れちゃ『めっ』だよ? なんてね♪」
という、それはもうありがたいお叱り(?)をウタ姉から貰った後。俺は、アンリアルにログインした。
昨日と同じ、宿のベッドの上で身を起こす。
(トトリとは9時待ち合わせまであと30分。何をして時間を潰そうか、)
昨日、トトリは良くも悪くも期待を裏切ってくれた。コントローラーを使ったキャラ操作は特に問題なかったし、初心者にしては上手い方だったと思う。これは、嬉しい誤算だ。
(お金はあるみたいだし、レベルも装備もきちんとしてた)
じゃあ今日は前哨戦と行こうかな、なんて考えてたら。ぽんっと音を立ててフィーが姿を現した。背中に届く白銀の髪に、どこか眠そうな印象の青い目。背中から美しい羽を生やし、白いワンピースを揺らす妖精さんは今日も可愛くて、
「んー……!」
当然のように、ご機嫌斜めだった。昨日と今日。2日続けてのトトリと会うことにご立腹みたいで、ふくれっ面のまま、ベッドにちょこんと座る。
「フィー。今日は前に行った『グリズリー』と戦おうと思う」
「ん、んん!?」
え、そうなの、みたいな感じかな。でも、喜んでるってことは、多分、勘違いしてそう。
「一応言っとくと俺じゃなくてトトリがね」
「ん……。んーーー!!!」
違うんかいー! みたいにベッドの上で地団太を踏むフィー。これは昨日よりもなだめるのが大変そう。
「だから、とりあえず前に行った湧き場にガイドしてほしんだけど……」
「(ぷいっ)」
「うん、まぁ、そうだよね。うーん……」
大体の位置は分かるし、トトリにはにゃむさんが居る。スキル面ではともかく、AIとしての性能はフィーとそう変わらないだろうし、その辺りはトトリ自身にやってもらおう。事前の情報収集も、ボス攻略の1つの楽しみだと思うし。
(……いや、でも、あえて何も調べずに、全く知らない状態で挑むのも結構乙なんだよね)
むしろ俺はそっちの方が好きかも知れない。だからこそ、危険を冒して、まだ誰も知らない未踏の地の情報を集める斥候なんてものをしてるわけで。
(うーん、でもやっぱり、徹底的に作戦を立てて、ボスをメタって。倒した時の爽快感も捨てがたい……)
この辺は本当に個人の好みになると思う。どっちが多数派なんだろ?
「(じぃー……)」
「あ、ごめんフィー。……そう言えば、この前学校で――」
ずっと話しかけてたらサポートAIの好感度が上がるっぽいことは、これまでの傾向から確認済み。他愛ない会話をしながらゆっくり時間をかけてフィーのご機嫌を取ってから、俺は昨日と同じくファーストの町の噴水広場へと向かった。
それから30分後。俺とトトリはグリズリーを探すために、セカンドの町を取り囲むように存在する森『ニノモリ』にやって来ていた。
道中襲い掛かって来るのは少しレベルが上がったトビウサギやスライム。他にも、黒い毛並みの狼『ウルフ』を始めとした肉食動物たちも出現するようになる。
俊敏でしなやかな動きで攻撃を仕掛けてくるウルフ。少し前のトトリなら、最低でも討伐に10分以上。ひょっとすると敗北する未来も見えるんだけど、
「ひょい、からの、ほいやっ!」
回避モーションからの鮮やかな斬り返しがウルフを捉え、ポリゴンに変える。
「トトリ、上手くなってない?」
「え、えへへ、そうかな~?」
頬を掻く“照れ”のエモート――主に戦闘に関係のない様々な感情や挨拶を表現する動作――を行ないながら、はにかむトトリ。
「き、昨日ね。斥候さんと別れた後も、練習したから……かな? ねー、にゃむさん?」
『ナゴォ♪』
足元にすり寄って来たにゃむさんに、話しかけている。
(練習、か……)
そう聞くと、ちょっとだけ嬉しくなる。トトリが、本気で、ボスを倒そうとしてくれていることが分かるから。
上手くいかないところを何度も練習して、出来るようになる。レベルなんかもそうだけど、努力が目に見えやすいのもまた、俺はゲームの魅力だと思う。きっと今、トトリは自分のキャラ操作技術の上達をしみじみと実感してるんだろうなぁ。
「にゃむさん、にゃむさん、にゃ~む~さ~ん♪」
少しの間フルダイブ型の操作に変えたらしいトトリが、変な歌を歌いながらにゃむさんを抱き上げて撫でている。その時、俺はふと、黒い毛並みのにゃむさんのでっぷりしたお腹に、白い毛で奇妙な模様があることに気付いた。
ぱっと見は、ただの楕円形の模様。なんだけど……。
「小判……?」
近づいてよく見てみたら、小判みたいな形をしているような? そんな俺の視線に気付いたらしいトトリ。
「う、うん。にゃむさんは、幸運を呼ぶ黒猫さん……なんだよ?」
にゃむさんのお腹を俺に見せながら、トトリが自身のサポートAIについて改めて教えてくれる。
「幸運の、黒猫……?」
「そ、そう、なの。固有スキル? も〈招福〉、だから……」
黒猫って、どちらかと言えば不吉なイメージがあるんだけど、どうやらにゃむさんは違うらしい。〈招福〉についての説明は「運が良くなる!」とだけ書いてあるそうだけど、なるほど。
(トトリの運の良さの理由が分かった気もする……)
ドロップアイテムもそうだし、レアモンスターに会ったり、隠し通路を見つけたり。様々な幸運をこのデブ猫様が持ってきているのだとしたら、少しは納得できる――。
(……あれ? そう言えば、ドロップアイテムが無い)
いや、ドロップアイテムなんて無いのが、アンリアルだと普通だ。ホイホイ落とすと、アイテムの価値が乱高下するから、その辺りはかなりシビアに調整されている。
けど、こと、トトリに限って言えば、ほぼ確定ドロップなんだよね。実際、初めてイチノハラでメタルスライムを倒した時も、トビウサギを倒した時も、トトリが倒したモンスターはアイテムを落としていた。けど、昨日、今日と、トトリが倒したモンスターはアイテムを落としていない。
そのことをトトリに確認してみると、この人も同じ事を思っていたみたいだ。
「そ、そう、なの。一昨日からアイテム、全然落ちなくて……」
アンリアルをプレイしていて初めての現象だと言って、苦笑している。
「一昨日から……。フィー、運営からお知らせとか来てる?」
俺の声に反応して、胸元のネックレスが光る。やがて、俺の眼前に「NO」が強調されたネット記事が現れた。
「運営から情報修正のお知らせは、無し」
ということは、トトリの運の良さに今さらながら修正が入ったということではなさそう。というより、そんな、特定のプレイヤーだけが不利益を被るような修正を、アンリアル運営がするとは思えない。
一応、秘密裏に運営が内部データを弄った可能性もある。けど、もし露見すればアンリアル最大の強みである信用と信頼に揺らぎが生じる事態になる。アップデートを控えた大切な時期に、そんなことをするとは思えない。
「となると、可能性は……」
俺は、森の中、無警戒ににゃむさんと戯れるトトリに目を向ける。トトリがコントローラー操作を始めたときから落ちなくなったドロップアイテム。逆に、フルダイブ型で遊んでいた時は、必ずと言って良い程のドロップ率を誇っていた。
それに、にゃむさんは固有スキルを持ってるってトトリは言った。〈変身〉の固有スキルを持つフィーと同じ。つまり、にゃむさんもまた最高レアリティのサポートAIだということになる。一発でフィーを引き当てた俺が言うのも変だけど、トトリも相当に運が良い。
(フルダイブ型の操作の時だけ、鳥取の運の良さが表れる……とか?)
キャラに魂が乗り移るみたいなものだから、現実での鳥取の運の良さがゲーム内にも持ち込まれてる……?
「うん、無いかな」
そんなオカルト、信じる方がどうかしてる。ゲームは全て、データで出来ている。オカルトの入り込む余地なんてない……はずだよね。
「どうかした、の? 斥候さん?」
「ううん、何でもない。それじゃあ本格的に、グリズリーを探そっか」
「う、うん! えっと……」
再びコントローラー操作に変えたらしいトトリ。両手を握る“頑張る!”のエモートをしながら、表情を引き締めていた。




