第5話 好感度上げも、円滑なゲーム進行には必要
鳥取とコントローラーを買いに行った、翌日。ウタ姉との朝食を済ませた俺は、鳥取との待ち合わせよりも1時間早い、朝の9時にアンリアルへとログインした。その主な理由は……。
「フィー? フィー? 出て来てー」
「んー……」
今日も不機嫌そうな顔で現れたサポート妖精AIさんをなだめるためだった。昨日、鳥取と別れた後、当然俺はアンリアルにログインした。その際のフィーとの会話が以下の通り。
『ねぇ、フィー。明日、また、トトリってプレイヤーと会うから』
『ん!? んん!?』
『なんで、って言われても……。色々あったんだよ、色々』
『(ぶんぶん)』
『イヤイヤって言われてもなぁ……』
フィーも、相当な人見知りだ。しかも、俺から片時も離れようとしないように、独占欲が強めの性格というキャラ付けがされているんだと思う。そのせいで、俺が誰かといること。特に、女性プレイヤーと一緒に居ることを極端に嫌う傾向があった。
(まぁ、その嫉妬深さがあざと可愛くもあるんだけど……)
そんなフィーに、トトリと会うことを伝えれば、先の反応が返って来るのも当然だった。
(結局あの後、フィーは不機嫌になって消えたし……)
今日も呼び出してから姿を見せるまで、ちょっとした間があった。どう見ても、ご機嫌斜め。今の状態で探索に出ても、〈変身〉とか〈回復Ⅰ〉とかを使用してくれないと思う。
ただでさえ不安なトトリとの探索。この我がまま妖精さんの介助無しなのは、厳しいかもしれない。というわけで、俺はこのお姫様を納得させないといけなかった。
場所は、セーブポイント――死亡した時に復活する場所――でもある宿屋の一室。その端っこにぽつんと置かれたベッドの上に寝転ぶフィーを、見下ろす。
「フィー。昨日も行ったけど、今日はトトリと会うから」
「(ぷいっ)」
頬を膨らませてそっぽを向かれてしまう。ベッドの上にうつぶせになり、足をバタバタさせるフィー。それでも俺の話を聞こうとしてくれるのは、運営が仕込んだ“可愛げ”なのか。それとも、あくまでもプレイヤーを上位とするサポートAIだからか。
「で、今日の予定なんだけど……」
俺は事前に作っておいた今日の日程表をフィーへと送る。
「10時に合流。12時までイチノハラで練習。可能なら、練習始めて1時間くらいで、イチノハラの先にあるニノモリの入り口くらいは探索できるようになっておきたいかも」
寝ころんだまま頬杖をついて、日程表を眺めている妖精さん。もし協力してくれるつもりなら、今頃、フィーの頭の中には各種情報が集積されているはず。
「で、まずフィーに聞いておきたいのは、トトリとパーティを組んでも良いのかってこと」
『パーティ』。それは、アンリアルに備わっている機能の1つ。双方の合意のもと、お互いへの干渉を許可する仕組みだと言える。具体的には、同じパーティに居るプレイヤー・サポートAIへの接触が可能となり、目を合わせずともプレイヤー名が表記されるようになる。また、パーティメンバーであれば戦闘への乱入も許可される。
その上位の関係にあるのが、いつだったか触れた気がする『フレンド』機能。フレンドになればパーティの機能に加え、相手へのメッセージの送信やアイテムの交換、金銭の授受なども出来るようになる。
その他にも『クラン』とか、『ギルド』とかもあったりするけど、今は省略。
「トトリと一緒に行動する以上、出来るなら、パーティくらいは組んだ方が色々楽で――」
「ん」
一蹴。まさにその言葉がピッタリの様子で、首を振ったフィーによって却下された。
「まぁ、うん、知ってた」
「ん……」
小さくこぼしたフィーが、とあるネット記事の画面を俺に送って来る。色々と書かれている文字の羅列の中に、赤い丸印がされていて……。
「『パーティ』『必要ない』『その人』『1人で』『狩る』。えっと……トトリが1人で狩るからパーティを組む必要ないじゃんって?」
「(コクン)」
「うーん、まぁ、それはそうなのかな……」
確かに、一緒に行動するならパーティを組んだ方が良いかなって言うのはなんとなくで思ったこと。ボス攻略の全てをトトリが1人でやると言っていた以上、俺が介入する機会はない……のかな。そう言えば、いつだった、同じようにパーティとかフレンド機能について考えたことがあった気がしたけど……。
(パーティを組んだら“あの”トトリがフィーに触れられるようになるんだもんなぁ……)
可愛いモノには目が無くて。目的のためなら意気揚々と人のことをストーキング出来て。コントローラーに愛称をつけて、うっとり眺めるヤバい奴。この前も、鼻息荒くフィーに近づこうとしてたっけ。
一応、接触行為については運営がきちんと監視しているし、過度な場合はアカウント停止の処分を食らうと聞く。けど、それはあくまでもプレイヤーに対する接触行為のみ。サポートAIに対する接触は、かなりの倫理規定が緩いと聞く。
女性プレイヤーの胸を触ったかなんかでアカウント停止は効いたことがあるけど、女性型サポートAIに対する同様の行為でアカウント停止された事例は効いたことが無い。
(服を脱がせた、とか、性行為しようとした、とかでようやくだったっけ……)
とにかく、変態がフィーに過度な接触を出来るようになるリスクと、メリット。どちらの方が大きいかと言えば、間違いなく前者だ。
「うん。やっぱり、トトリとパーティを組むのはやめとこう」
早々に結論を出した俺に、フィーが「んっ」と言いながらにやりと笑った気がした。
「でも、それはそれとして。トトリと会うことには変わりないし、多分、討伐失敗の尻拭いはすることになると思う。その時にはフィーの力を借りたいんだけど?」
つまりは、前回同様、見守ることくらいはして欲しい。そう言った俺を、むっつりとした顔――デフォルトの半眼のままジィッと見つめてくるフィー。
彼女の、ファンタジーらしい色合いの深い青色の瞳を、どれくらい眺めていただろう。
「……ん」
サラサラと白銀の髪を揺らしたフィーが、小さく頷いた。それくらいは妥協してやろうという、ありがたいお言葉だろう。
「良かった。お詫び、じゃないけど。トトリと会うまで、サードの町に行こうか。久しぶりにあそこの風車、見たいんだ」
「ん!」
俺の提案に、フィーがベッドから跳び起きる。すぐに白い指輪のネックレスに変身する姿は「早く行こう!」と言わんばかりだ。
ちょっとだけ面倒くさいところもある。それでもやっぱり可愛いサポート妖精さんを連れて、俺は宿を出る。少し温かみのある外気に触れてふと思い出すのは、昨日の夜のこと。
昨晩、コミュニケーションアプリ『LinkS』で、早速コントローラー操作を試したと語っていた鳥取。意外と好感触だったらしくて、
『なんか新鮮だった(絵文字)』『(スタンプ)』『上手く出来そう!』『(スタンプ)』
と送られてきた。文字の会話だと若干テンションが高めに思えたのは、俺だけなのかな? まぁそんなことはどうでも良くて。
恐らく、鳥取が人生で初めて触っただろうコントローラー。操作方法にボタンの配置、組み合わせ。覚えることも多いし、昨日の今日で、慣れろと言うのが無理な話。
(まぁ、あと5日でボス攻略は、無理そうだよなぁ)
実際のところ、俺が示したのは、トトリがボスを単独で攻略できる手だてだけ。ゴールデンウィークまでにトトリがボスを攻略できるとは、正直思っていない。時間をかけてコントローラー操作に慣れていけば、いずれは、というのが本音だったりする。
(せめて、今週中に、スライムをサクッと倒せるくらいにはなって欲しいんだけど……)
イチノハラで『トビウサギ』を相手に、世紀の大接戦を繰り広げていたトトリ。けど、本来であれば長くても30秒くらいで決着がつく相手だ。最低限、その時間内で倒せるようにはなって欲しい。
「まぁ、気長にやって行ってもらおう」
そんな俺の期待を、1時間後、あっさりと裏切ってきたあたり。さすが、トトリだった。




