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チート妖精連れのコミュ障ゲーマー、陰キャオタクとパーティを組む  作者: misaka
第二幕・後編……「いや、まじでこの人、ヤバすぎるでしょ……」

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第1話 乙鳥奏音の日常

 照明の点いていない、薄暗い部屋。赤、青、緑。無数の機器が放つ色とりどりのランプと、壁いっぱいにかけられているディスプレイの明かりが部屋を照らしていた。


 そんなどこか無機質さを感じさせる部屋の真ん中には、しかし、ベッドがぽつんと置かれている。ウサギやクマのぬいぐるみが並ぶ部屋で、彼女――乙鳥(つばめ)奏音かのんは身を起こした。


 母親譲りの美しいブロンドの髪と青い瞳。一方で目鼻立ちは日本人である父親の影響が濃く出ており、どちらかと言えば平坦な顔立ちをしている。諸外国の同年代の子供と比べると、かなり幼い印象を受けることだろう。よく通う病院では、看護師や入院患者から「お人形さんみたい」ともっぱらの噂だった。


 中学生になったのにもかかわらず、身長は120㎝の半ばをギリギリ超えたくらい。真っ白な肌は、乙鳥つばめがほとんど日の光に当たらない生活をしていることを表している。


「くわぁ……。はふぅ……」


 寝起き故に、もとより眠そうに見えるまぶたはなお一層垂れており、もはや目が開いていないのではないかと思えるほどだろう。


(いま、なんじ……?)


 乙鳥つばめが枕元にあった携帯を見てみれば、朝の10時を少し回った頃だ。寝ぼけまなこをこすって部屋の入り口を見れば、父親が置いていった朝食(栄養たっぷりのゼリーが入ったパウチ)がぽつんと1つだけ、置いてあった。


「……んしょ」


 とりあえずベッドを下りた乙鳥つばめは、部屋に備え付けてある洗面所へと向かう。洗面所の奥には風呂やトイレもあって、乙鳥が外に出なくても生活できるような部屋の造りになっていた。


 洗面所の照明を点ける乙鳥。


「ん……。まぶしい……」


 暖色系の照明の眩しさに、青い目を細める。とりあえず目を覚ます意味も込めて洗顔した後、ふと鏡を見れば、大好きな母からの贈り物である自慢の髪の毛が、縦横無尽に自己主張をしていた。


「ぬぐせ……」


 手櫛てぐしではどうにもならないと早々に悟った乙鳥は髪を整えることを諦めて、部屋の出入り口に置かれていた朝食(栄養たっぷりゼリー)を口に含んだ。


「ん……んん……んー……ちゅぱっ」


 『10秒で元気がチャージできる!』。そんなうたい文句のゼリーパウチを、小さな口をすぼめながら一生懸命に吸って、20秒ほどで間食した乙鳥。続いて、壁一面に並んだディスプレイと、父親から渡されている業務用のタブレットに目を向ける。


(今日は……お仕事なし!)


 タブレットから目線を外した乙鳥は、数あるディスプレイを順に眺めていく。30枚近く並んでいる画面のその全てには、アンリアルをプレイする人々の様子が映し出されていた。


 アンリアル内部の様子を監視し、必要に応じて適宜介入する。また、1秒に数件という速さで贈りつけられてくる各種取引の承認をすること。それが、アンリアルというゲームを小学校高学年にして開発した天才「乙鳥つばめ奏音かのん」に与えられた仕事の1つだった。


 乙鳥は画面に表所された各種数値に目を配っていって――


(……ん? 違う)


 仕事の癖でつい数値を見てしまった乙鳥だが、首を振って服を着替え始める。今日は仕事名が無い日。いわば休日だ。その他大勢のスタッフが、アンリアルの監視作業をしてくれている。


(……ママに、会う!)


 病院に居る、大好きな母との面会。寝たきりの母が絵本を読み聞かせてくれるその時間が、乙鳥は大好きだった。


 そして、もう1つ。乙鳥には大好きな時間がある。それは、自身が開発したアンリアルの中を、とあるプレイヤーと一緒に駆け回ること。


(そう言えば……)


 乙鳥は、個人的に使っている管理端末に目を向ける。そこには、乙鳥が常に気にかけているプレイヤーのログイン状況が示されているのだが……。


(未ログイン。……そっか。今日、平日)


 普通の人は学校に行っている時間であることを思い出し、ため息をつく。恐らく彼の学校が終わる午後3時までは、自分が呼び出されることはない。


「でも、逆に考える……!」


 3時までは母親との時間を過ごすことができるということ。外出着に着替えた乙鳥は靴を履いて、部屋を出よう――としたところで。ふと、自分が少しだけ臭うことに気が付いた。


(お風呂、最後に入ったの、いつ……?)


 前回、母に会いに行ったのが1週間前。その時に入ったのは確実だが、それ以降、乙鳥の中にお風呂に入った記憶がない。それだけではない。ふと部屋を振り返れば、脱ぎ散らかした服や下着はそのまま。空になったゼリーパウチ、ペットボトルも、そのままだ。


 一応、月に何度かは女性職員が乙鳥の身の回りの世話をしに来るものの、それにしたって散々な有り様になってしまっている。


「……んぅ」


 面倒くささを声と表情ににじませた乙鳥は、それでも、行き先をお風呂場へと変更し、からす行水ぎょうずい敢行かんこうする。部屋の掃除は諦めた乙鳥。しかし、母と会う手前、不潔なままではいられないと思える恥じらいはあるようだった。


 背中まで届く長い髪をしているのにもかかわらず、5分にも満たない時間で風呂から出た乙鳥。


(……ふふん、髪、濡れてたら寝癖も直る。ワタシ、天才)


 世紀の発明だというように得意げに胸を張った後、軽く身体だけを拭いて、服を着る。髪のせいで背中が濡れて少し気持ち悪いが、病院への道中で乾くだろうと判断して今度こそ部屋を出る――。


「乙鳥お嬢様!?」

「(ぎくっ)」


 自室を出て研究所の廊下に出たところで、いつも乙鳥の身の回りの世話をしている女性職員の1人に出くわしてしまった。


 女性職員は、身をすくませる乙鳥と、濡れそぼったブロンドの髪を見て大きくため息をつく。


「そのまま外出なさっては、風邪を引きます。戻りますよ?」

「……んん」

「いや、ではありません。お嬢様の健康管理と部屋の掃除がわたくしどもの職務なのです。さぁ、戻ってください」


 有無を言わせぬ口調で言って、乙鳥の自宅でもある部屋の扉を開く女性職員。しかし、一刻も早く母と会いたい乙鳥は、ゆっくり、ゆっくりと職員から距離を取る。そして、思い切って転身。駆け出そうとしたところを、背後から女性職員にひょいと抱え上げられてしまった。


「んん! んんー!」


 懸命に抵抗するも、1週間以上部屋から出ないような生活をしている乙鳥が、大の大人の腕力にかなうはずもない。小脇に抱えられたまま、部屋へと連れ戻される。


「またこんなに散らかして……。しかもこの部屋、ちょっと臭うじゃないですか。何日お風呂に入らなかったんですか?」

「…………」

「お母様に会いに行くんですよね? それなら、きちんとおめかしくらいはしないと」


 ドライヤーがある洗面所へと乙鳥を誘拐した女性職員が、洗面台の前に置かれている洒落しゃれたスツールに乙鳥を座らせ、髪を乾かしていく。もう既に乙鳥の方に抵抗の意思はなく、目をつぶってされるがままになっていた。


 そのまま、10分ほどかけて丁寧に髪を乾かした2人。服を着替えてベッドに戻ると、女性職員が乙鳥の髪を結い始める。


「今日は何時ごろご帰宅ですか?」

「……3時」

「分かりました。ではそれまでに、お部屋を片付けておきますね。それ以降の予定を聞いても?」


 女性職員の質問に、乙鳥が部屋の壁面に並ぶディスプレイを指さして見せた。


「お仕事……は、今日は無いはずなので、あの方の所へ行くんですね?」

「ん」

「……そうですか」


 今日くらいは、一緒にゆっくりできると思ったんですが。そんな女性職員の呟きを、乙鳥が気に留めることはない。


「あまり特定のプレイヤーに肩入れし過ぎないで下さいね。乙鳥お嬢様も、わたくしども同様、運営側の人間なんですから」


 女性職員の忠告に乙鳥がコクンと頷いたところで、髪の結い上げが終わる。今日は左右に作った2本の三つ編みを後ろで結ぶ、ハーフアップを組み合わせたお姫様ヘアスタイルだった。


「はい。これで大丈夫です!」

「ん!」


 解放されるや否や、そそくさと入り口で靴を履き直して、部屋を出ていく乙鳥。あきれ顔で彼女を見送った女性職員が、さて、散らかった部屋を片付けようかとベッドから腰を上げたところで、再び部屋のドアが開く。


 見れば、ほんの少しだけ開いたドアから、乙鳥が身体を半分だけ覗かせていた。


「どうしたんですか? 忘れ物でも――」

「そ、その……髪」

「髪型ですか? お気に召しませんでしたでしょうか……」


 それならシンプルにポニーテールにでも。そう言ってベッドから腰を上げた女性職員の言葉に、乙鳥は首を振る。そして、ほんの少しだけためらうようなを置いた後。


「ありがと……」


 それだけを言い残して、逃げるように部屋を後にするのだった。

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