第16話 戦う相手の情報を覚えておくのは当然
「――鳥取。今度の休みって、空いてる?」
尋ねた俺を、無言のまま見つめてくる鳥取。誰もいない、静かな下足室。そこに置かれたベンチに座る、俺と鳥取。鳥取の膝の上には、丸くなって眠るにゃむさんがいた。
「土日、どっちでもいいよ。なんなら、両方付き合ってあげてもいいけど?」
つっかえることなく、すらすらと話す鳥取。貼り付けたような笑顔が崩れることはない。言葉も上滑りしていて、まるで旧時代のAIが発する音声のように、感情が乗っていないように聞こえる。
「良かった。じゃあ、バイトが無い土曜で。んで、日曜に試すってことでどう?」
「……試す?」
この時、ようやく鳥取の表情が動きを見せた。コテンと首を傾げた鳥取が、眉根を寄せる。
「そうそう。土曜にコントローラー買って。日曜に、コントローラー操作を試して欲しいんだ」
「……。……うん? こ、コントローラー?」
戸惑ったように言う言葉に、さらに疑念という感情が乗り始める。確認するような鳥取の発言に頷いて、俺はキャラクター「トトリ」がソロでもボス攻略できる可能性を示した。
「鳥取には、アンリアルのコントローラー操作を試して欲しいんだ。相手は……『グリズリー』とかでどう?」
「アンリアルの、こんとろーらーそうさ……? な、なに、それ? 魔法の、呪文?」
初めて知りました、と言わんばかりの鳥取の様子には、なぜだろう。安心感すら覚える。
「鳥取、もしかしてアンリアルがコントローラーに対応してること、知らない? っていうか、コントローラーって分かる?」
「ば、ばば、馬鹿にしないで欲しいな!? あ、アレ、だよね。こんなかんじの、ボタンが付いてるやつ……」
両手で空中にコントローラーの形を描いた鳥取。
「合ってる。で、アンリアルってコントローラーでも遊べるんだけど知って……無かった感じかな」
俺の言葉に大きく目を見開いている鳥取のその姿だけで、初耳だということが十分に分かった。
「鳥取ってさ。キャラクリの時に色々と盛ってるよね? 胸とか、あと身長とかも」
「(ギクッ)」
「やっぱり……」
鳥取の理想を追い求めて出来上がった「トトリ」というキャラクター。その身体や骨格は、現実の鳥取とは少しずつ違う。鳥取がゲームの中で異様にどんくさかったのは、現実とゲームの間にある手足の感覚の違いに翻弄されていたからだった。
ウタ姉とのお買い物デート。あの時、慣れない義足で転んでしまっていた女の子と同じことが、鳥取の身に起きていたんだと思う。
「でも、キャラクターを弄るのは嫌だよね……」
「う、うん。絶対に嫌」
可愛いモノが大好きで、面倒なことに頑固者の鳥取。自分のキャラクターも愛しているがゆえに、その完成された見た目を変えるようなことはしないことも分かる。
「となると、キャラクターの操作方法を変えるしかないよね」
「な、なるほど……?」
「別に鳥取がフルダイブ型の操作にこだわりが無いんなら、一回だけ、コントローラー操作も試して欲しい」
でも、一口にコントローラーと言っても、その種類は多岐にわたる。手や指の大きさ、利き手、ボタンの大きさや感触に至るまで、人によって好みが分かれる。
そして、AIが発展して多くの仕事をAIに任せられるようになった現代。人々が必死になって仕事をする機会も減って、余暇が増えた。自然、一昔前よりも、娯楽の比重が重くなって、ゲームもその最たる1つになっている。何が言いたいのかと言えば、昔よりも、コントローラーの選択肢が飛躍的に増えてるってこと。
「土曜日に店頭にあるやつ色々試して、合わなかったらオーダーメイドも出来るはず。でも、ハズレのメーカーもあるし、性能含めて結構ピンキリなんだよね。」
「だ、だから最初、わたしにお金があるか、確認した……の?」
「え、それ以外になくない? だって俺と鳥取、ボス攻略の話するためにここに居るんでしょ?」
パチパチと、瞬きをしてみせた鳥取。やがて大きくため息を吐いたかと思えば、膝の上で眠っているにゃむさんを撫で始めた。
「そ、そう、だよね。うん、そうだよ。だって、小鳥遊くんだもんね……」
ほんの少しだけ口の端を緩め、優しい顔で微笑んでいる。今、なんとなく馬鹿にされたような気もするけど、話が進まないから流すことにしよう。
「それに、鳥取って手先、器用な方なんじゃない?」
「えっと、そうだけど、どうして……。あ、わ、わたしが陰キャでオタクだから」
あ、自覚はあるんだ。っていう驚きは置いておいて。
「隠し通路の扉開けたとき、たまたま裁縫用の針を持ってたから開けたんでしょ?」
「う、うん……。よく覚えてる、ね?」
嘘か本当か、鳥取はたまたま転んだ先に隠し扉に通じる扉があって。たまたま持っていた裁縫用の針でもって、扉を開けたと語った。
「その言葉を信じるんなら、少なくとも裁縫用の針を持つ理由があったはずなんだ。となると、趣味とかで裁縫やってたのかなって」
「あ、合ってる。滝鉄の鎧も、自分で作ってるし……」
俺の場合は、ぷーさんを始め、何人か生産系スキルを持つ人の伝手がある。だけど、人と話すのが苦手な鳥取が、生産系のスキルを持ってる人たちに自分から話しかけるとは思えない。となると、それらのスキルを自前で用意していると考えるべきだ。
別にゲーム内で物を作るのには手先の器用さななんて関係ない。必要なものを用意して、スキルを使えば一発で出来上がる。なのに裁縫針を持ってたってことは、それこそもう趣味でしかない。そう俺は判断したのだった。
「げ、ゲームだとインベントリに収納できるから保管場所要らないって思ったんだけど……。な、なんでか、あんまり上手にできなくて」
苦笑するトトリ。当然と言えば当然で、指の長さや腕の長さが現実のものと違うんだもんね。歩くことすらままならないのに、精密な動きが必要になる裁縫なんか、出来るはずもなかった。
とは言え、裁縫を趣味としていることは分かった。手先が器用なんだったら、コントローラーの操作に向いているかもしれない。そう言った俺に、鳥取はふんすっ、と鼻を鳴らして「や、やってみるね」と両手のこぶしを握ってみせたのだった。
「で、でも、意外、かも。小鳥遊くん、わたしの話、聞いてないし、信じてないって思ってた、な?」
「いや、大体合ってるけど」
「合ってるの!?」
『ニャゴゥッ!?』
思わず出てしまったのだろう鳥取の大声に、にゃむさんが飛び起きてどこかへ消えて行く。しばらくにゃむさんが消えた方を見て固まっていた鳥取。だけど、やがてにゃむさんを乗せていたスカートを叩きながら、
「じゃあ、どうしてわたしの話、覚えてた、の?」
改めて、聞いて来た。初対面の時の印象が印象だし、およそ全ての話を話半分で聞いていたのは、嘘偽りのない事実。……でも。
「戦う相手の情報を覚えておくのは、ゲーマーとして当然だから」
何度も話を聞いたり挑戦したりするのは効率が悪い。きちんと相手を見て、話を聞いて、動きを覚えて、対策を立てる。その方が、どう考えても効率的だと思う。それに、誰と、どんな話をしたのか。ウタ姉にきちんと報告するためには、話の内容をある程度記憶しておかないといけなかった。要は癖ってやつかな。
「た、戦う相手……。ちょっと、ショック、かも」
「いや、人のことストーキングしといて第一印象が良いわけないから」
「あ、う……」
とりあえず、お互いに確認したいことは確認できたと思う。俺は話の終わりも兼ねてベンチから立ち上がる。ただでさえカロリーを使う鳥取との会話。今日は体力測定で身体も動かしたし、さすがに疲れた。
「もしコントローラー操作でも改善できなかったら、いよいよお手上げってことで」
「わ、分かった!」
ベンチに座ったまま、俺を見上げる鳥取がこぶしを握る。
「あ、そうだ。土曜の待ち合わせとかもしないといけないし……」
アンリアルでフレンドになっていなかった後悔を、生かさない手はない。俺はポケットから携帯を取り出して、鳥取と連絡先を交換しておく。
「それじゃ、また土曜日」
「あ、う、うん! ……明日も学校、あるけど」
そう言えば、そうだった。つい心の距離が出てしまったかもしれない。
「ば、バイバイ……?」
なぜだか疑問形で言って手を振った鳥取に見送られて、俺は放課後の下足室を後にする。
後日。鳥取とは、土曜日の午後2時、前にウタ姉と行ったショッピングモールで待ち合わせることになった。
※第二幕もこれにて一区切りです。次話からトトリとのボス攻略が本格的に始まります。引き続き楽しんで頂けたのなら幸いです。もしここまでの評価やご感想、アドバイス等がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。




