第13話 グッパーくらい地域性があるゲーム
4月って、思っている以上の速さで過ぎるんだなぁと思う今日この頃。気づけば、ゴールデンウィークが来週に迫っていた。ついでに言うと今週末が、先延ばしにしていた鳥取への返事の期日でもある。月曜日から再び学校生活で鳥取の姿が視界の端に見切れるようになって、返事を催促されているのがよく分かった。
(結局、改善策みたいなのは見つからなかったなぁ……)
俺は運動場に並ぶ生徒の列で1人、晴れ渡った青空を見上げる。運動着に着替えた俺たち六花高校1年生は、現在、運動場で体育教師の説明を受けていた。8クラス約400名がずらりと並ぶのは、入学式以来だと思う。
「え~、ね。本日はね、1年生の健康促進デーと言うことでね。え~……」
以下略。俺に必要な情報は多分、今日が身体測定と体力測定の日であることと、2人1組で回ることくらいかな。午前中が身体測定。午後からが体力測定。回る順番は自由みたいだし、空いているところから順に必要項目を埋めるようにとのことだった。
(まぁでも。汗かくし疲れるから、シャトルランはみんな最後にしそう)
なら俺は最初の方に行こうかな。そんな、作戦とも呼べない予定を立てていれば、やたら「え~」が多かった体育教師の説明は終わっていた。
そこからなし崩し的に始まった、身体測定。身長や体重、視力はもちろん、検尿、胸部レントゲン検査なども行なわれる。全体で見れば数時間かかるけど、1人頭の所要時間は20分前後。空いた時間は自由時間で、自習、部活の軽い自主練、遊び……。
上級生たちは通常授業があるから、その人たちの邪魔にならない程度に、思い思いに過ごすよう言いつけられていた。
「で、俺たちはトランプなんだ?」
慣れた手つきでトランプを混ぜるケンスケを見ながら、俺は逆向きに座った椅子の背もたれに寄りかかる。これから俺たちは『大富豪』と呼ばれるトランプゲームに興じようとしていた。
大富豪のルールをざっくりと言えば、前の人たちが出したカードよりも数字が大きいカードを場に出していって、先に手札を0枚にした人が勝ち。結構単純なルールだから、幅広い世代に愛されるカードゲームだと思う。ついでに大富豪では3が最弱で、2を最強の数字として扱う。理由は、知らない。
千木良の机を囲んで、俺を含めた男子4人が熾烈な資本主義ゲームを繰り広げることになる。
「なんだ、コウ。不満か?」
参加者全員の前に順にカードを配りながら、ケンスケが俺の方を見た。表情などから察するに、別に俺の質問が癇に障ったとかじゃなくて、“間”を埋めるための問いかけだと思う。
「ううん。こういうの高校生っぽくてむしろ好きかな」
「ん? もしかして小鳥遊の中学って、結構厳しかった感じ?」
そう俺に話を振ってきたのは、ケンスケ経由で友達になったバスケ部の男子、法月理人。さらっとした髪は明るい色に染められていて、目鼻立ちも整っている。高校でもバスケをするだけあって、ついさっき測った身長も187㎝あるらしい。
長い手足とルックスに恵まれた、正真正銘のイケメン。1年G組の女子なら、多分、全員が顔と名前を一致させることができる。そんな男子生徒だった。
「厳しかったかは分からないけど、少なくとも学業に関係ない私物を持ち込んだら全校集会だった。法月たちの中学は?」
ケンスケと法月。同じ中学出身の2人が、俺の問いに顔を見合わせる。
「少なくとも休み時間ならトランプくらい許されてたよな、ケンスケ?」
「そうだな。あ、でも野球部がゴム持ってきてたときはさすがに怒られた」
「あった、あった! ゴム事件! 結局持ってきてたやつは3日くらい、停学食らってたよな?」
同じ出身同志だからこそできる、思い出話。内容はまぁアレだけど、多分、こういうのも普通なんだと思う。
「俺の学校なら全校集会どころか保護者会レベルだなぁ、それ。……南雲の中学はどんな感じだった?」
「え、ぼぼぼ、僕!?」
急に話を振り過ぎたかも。手札とにらめっこをしていた南雲に話を振ると、危うく手札を取りこぼしそうになっている。
「僕は私立だったから。そのへんは結構緩かったかも」
「生徒の自主性に任せるってやつだ? 私立ってそういうの厳しそうってイメージあったけど」
「そういえばクニハルは中学、私立だったよな」
南雲の返答に、俺、ケンスケが順に相槌を打ちながら手札を整える。
「まぁでもクニんところ男子校だろ? 大抵のことは笑い話になってそうだな」
法月の言葉に「まぁね」と南雲が答えたところで、全員の準備が整ったらしい。全員が目で準備完了を示し合って、いよいよ大富豪が始まる。
「確か、ダイヤの3持ってる人からだよね? じゃあ俺からで――」
「「「……え?」」」
場にダイヤの3を置いた俺の言動に3人が固まる。
「じゃんけんじゃないのか、コウ?」
「……あれ? 俺が中学で同級生の人とやる時は、確か、ダイヤの3からだったはずなんだけど……」
「まぁまぁ、ケンスケ。今回は小鳥遊ルールってことで。じゃあ次おれな、4っと」
「じゃあ次僕だ。5飛びっと」
「「「5飛び?」」」
南雲の意味不明な言葉に、今度は俺とケンスケ、法月の言葉が重なる。
「あれ、違った!? 5飛び……。5出した人の次の手番の人をスキップするんだけど……」
「な、なるほど……。じゃあオレの番がスキップされるから、コウの番だな」
今度は俺の知らないルールが、南雲とケンスケによって追加される。そう。この時の俺は……俺たちは、大富豪ってゲームが抱える“多様性”と言う名の障害に気付けずにいたんだ。
「あ、うん。えっと、や、8切り……。8を出したら、場のカードを強制的に流せるんだけど……」
「「「それは、そう」」」
あ、8切り、もしくは8流しは共通ルールなんだ。ほっと胸をなでおろしつつ、俺は色んな意味で攻め時だと判断して、11のカードのペアを切る。
「イレブンバック。普通は大きいカードを出すんだけど、11を出したら、今度は小さいカードを出していかないといけなくなるやつ」
「「!?」」
「あ、それは僕も知ってる」
妙技イレブンバックに驚くケンスケと法月。一方で、南雲の中学にはイレブンバックがあったらしい。自然と受け入れてくれる。
もう、この辺りから、俺たちは大富豪が抱える多様性問題に次々と翻弄されていくことになる。
「階段」
「「!?」」
「縛り」
「!?」
「とりあえずジョーカーで流して――」
「スぺ3返し」
「「!?」」
「革命」
「「「それは、あった!」」」
「救急車」
「「「なにそれ!?」」」
知らないルールが出るわ出るわの大渋滞。第1戦が終わる頃には、全員がルールの把握にいっぱいいっぱいになっていた。
特に翻弄されていたのはケンスケと法月。2人の知る大富豪には、8切りと、同じ数字を4枚出せば、永続的にイレブンバックの状態になる「革命」のルール。そして、前に出した人と同じスート(マーク)を出すと、以降は同じスートのカードしか出せなくなる「縛り」のルールくらいしか、無かったらしい。
「ダイヤの3持ってるやつが最初で、なぜかジョーカーにスペードの3が勝って……」
「9が3枚で救急車? 6が3枚でろくろ首?」
あまりの文化の違いに椅子から崩れ落ちたケンスケと法月が、うわごとのように呟きながらルールを確認していた。
「ただいま! って、男子、何やってるの?」
身体測定を終えて戻って来たらしいクラスの元気な女子(ごめん、名前は覚えてない)が、惨状とも呼べる俺たちを見て首を傾げている。とはいえ、質問に答えないのも失礼を重ねることになりそう。ってことで、俺が答えることにした。
「大富豪って言うトランプ」
「あ、私も知ってるよ! あれでしょ、王様だーれだってやつ!」
「いや、多分それ、違うやつ……」
「あれ、違うっけ? ま、いいや! 私も混ぜて混ぜてー!」
近くにあった椅子を持ってきて俺たちと同じ机を囲む、名も知らない女子。
「よろしくね!」
そう言って、俺に満面の笑みを向けてくる。ルールを知らないゲームに飛び込んだり、男子だけの空間に混ざりに来たり、色々とすごい人だなぁ。小柄だし、愛嬌もあるから人好きしそうだ。
「ふぅ。身長伸びててよかったー……って、神子ちゃん? 何やってるの?」
「あ、姫苺ちゃん! あのね――」
この後、神子って呼ばれてたこの女子の保護者ポジションらしい千木良を始めとした女子数人も次々にゲームに混ざって。
気付けば午前中は大富豪大会になっていた。
(……って、あれ? 何か忘れてるような?)




