第10話 ウタ姉とトトリが似ている……だと?
ショッピングモールでの買い物を終えて、最寄りのバス停でバスを待つ。街灯が灯り、もう夜と言って良い時間帯。昼食の時の出来事を思い出した俺は、隣をそつなく歩くウタ姉に、改めてNLSの難しさを聞いてみる。
「やっぱり、NLSって難しいの?」
「まぁ、ね。自分の手足が自分のものじゃないんだもん。みんなは普通、意識なんかしないで足が動いてるでしょ? でもNLS着けてる子は、常に『歩く』って意識しないといけないから」
何かをしながら歩く、なんて言うのは俺たちにとっては当たり前。だけどNLSを使ってる人たちにとっては、常に足を動かすことに意識を割かないといけない。
「確かに、大変そうかも……。そう思うと、全く違和感なく動いてるウタ姉ってすごい人?」
「おや、気付かれてしまいましたか、コーくんや。そうです、実は私、凄いお姉ちゃんなのです」
鼻高々、と言わんばかりに胸を張るウタ姉。……可愛い。
「あ、もちろん、私が使ってるNLSは特別製だし、高性能だからって言うのもあるよ」
「あ~、なんか入院した時の同室の人がどうとか言ってたやつ?」
事故の後、しばらく入院生活をしていたウタ姉。その時、同室だった女性が居た。俺もお見舞いの時に何度か顔を合わせたけど、名前は憶えていない。ただ、外国人で、きれいな人だったことだけは覚えている。
「そうそう、ツバメさん。なんかすごい人だったらしくて、このNLSもその人のご厚意で着けてるから……」
定期的な検診やデータの提供など、いくつかの条件のもと、無償で貸してもらっているウタ姉のNSL。買えば保険料込みで最低でも数十万。借りても月々数万円はするNSL。「つばめ」さんというその女性には、感謝しかない。
(って、あれ。こんな感じのこと、つい最近も思ったような……?)
「いつだったっけ――」
「コーくん! バス来てる、急いで!」
いつの間にか、バスが来ていたらしい。俺が慌てて飛び乗ったところでドアが閉まり、ゆっくりと動き出す自動運転バス。中は帰宅する人で結構混んでいた。
次のバス停までは、5分くらいかな。自動運転のおかげで、事故でもない限り渋滞は発生しない。基本的には時間通りにバスは発着する。それこそ電車と同じくらいの正確性を持って、自動運転バスは人々の足の役割を担っていた。
と、出入り口のドアを背もたれにして携帯を取り出したウタ姉。ワイヤレスのイヤホンをつけて、趣味の動画鑑賞タイムに入るみたいだ。少しの間、動画を漁っていたみたいだけど、ふと思い出したように。
「コーくん、コーくん」
手をちょいちょいと動かして、小声で俺を呼ぶ。その動作と距離の近さにドキッとしつつ、顔を寄せると、
「これ、見てみて。昼間、ニオちゃんの関連動画で出て来たんだけど……」
そう言って、俺の方にとある配信者の動画を見せてきた。俺が動画の話について行けるように、色々と教えてくれようとしているのかな。とりあえずイヤホンの片方を受け取って、ウタ姉と一緒に動画を見る。
「ウタ姉。これは?」
「昼間見たときに見つけた、ちょっと面白い子。アンリアルの動画だし、コーくんも見やすいかなって」
サムネイルもない、どことなく初心者感のある動画。タイトルは「アンリアルをプレイしてみます!」というシンプルなもの。どうやらウタ姉は、俺が最も興味を持ちやすいアンリアル関連の動画をセレクトしてくれたみたいだった。
『これで、大丈夫なのかな……? あ、これで画角とか選べるんだ……』
もう動画が始まっているのにもかかわらず、何やらぼそぼそと言っている配信者。声からして、女性だ。そうでなくても、ウタ姉が見る配信者って結構、女の人の方が多いんだけど。本人曰く、身構えなくて良いから、らしい。あと、
『どうせ見るなら可愛い子の方がいいでしょ?』
とも言っていたはず。男性配信者の場合はビジュアルもさることながら、声や話し方なんかで“推し”を決めるそうだった。男女いずれの場合も、別段、プレイングの技術は気にしない勢らしい。
俺がウタ姉の視聴スタイルを思い出してる間も、動画は進む。アンリアルの録画機能にまだ慣れていないっぽくて、望遠、魚眼、俯瞰、あおり。次々に画角が変わっていく。
「ここ。ちゃんと初心者っぽいでしょ? 今どき擦れてない子って珍しいから、それがまず可愛くて」
くすくす、と可笑しそうに笑いながら、動画の推しポイントを語るウタ姉。その間も動画の中では遠近感を変えたり、特殊効果を入れてしまって慌てている声が流れている。
(……って、あれ? この声も、どこかで聞いたことあるような?)
今日はやけに既視感が多い。しかも今回は、わりとすぐに、かつ鮮明に思い出すことが出来た。ちょくちょく映る、水色の髪や瞳。自身なさげなのに、妙に芯のある声。
『わっ!? ちょっ、にゃむさん!? いま配信の準備中で……』
近すぎてぼけている画面の中、真っ黒なシルエットと黄色の瞳が、カメラを覗いている。……この、にゃむさんの存在。
『ナァゴゥ』
『ん? これ……? あっ、この『自動調節』って奴にすればいいんだ』
あおり視点で、ついに配信に最適なボタンを見つけたらしい配信者。
『こ、こここ、こんにちは! きょ、今日から配信をしようと思っている、と、トトリ、です! よ、よろしくおねがいしましゅ!』
「緊張、からの甘噛み。はい、可愛い!」
微笑ましいと言うように笑うウタ姉。けど俺は、それはもう食傷気味の顔をしているに違いない。
(この人、どれだけ俺の生活を侵蝕すれば気が済むの……?)
いや、まぁ、確かに。トトリは配信をしていると言っていた。だからと言って、まさか俺とウタ姉との間にまで入って来るとは。しかも相変わらず挙動不審な話し方してるし。
「映るまではちゃんと話せてたのに……」
「ね? めちゃくちゃ緊張してるし、多分、人見知りする子なんだと思う。……うふふっ!」
多分、動画編集なんて一切していないだろう、トトリの動画。無言のまま、初心者用のマップ『イチノハラ』へ向かう様子が流れている。
「ここも。普通はつなぎのお喋りとか、何ならカットする場面なのに……」
画面の中の鳥取は、腕に抱いたにゃむさんとしか話していない。視聴者への配慮など、一切なし。
「猫ちゃんと画面に向かって話すときのギャップが良いよね。もし狙ってるんだとしたら、私は好き」
「えっと……。なんでウタ姉は、この人の動画を?」
色々動画を見ているだろうウタ姉。ここまでひどいやつは無くても、初心者の動画もたくさん見て来たはず。なのにどうしてトトリの動画を面白がっているのか。
その答えは、バスが次のバス停に停まって、再び動き出した頃に返って来た。
「似てたから、かな?」
「似てる? この人とウタ姉が?」
違い過ぎてむしろ共通点を見出す方が難しいような。そんな心の内が、顔から漏れていたのかもしれない。俺の顔を見たウタ姉が苦笑して、動画と共に共通点を教えてくれる。
「例えば……ここ」
そのシーンは、動画映えする戦闘シーン……じゃない。モンスターを探しながら、トトリがにゃむさんと一緒に散歩している場面だ。と、次の瞬間、トトリが何もない場所で転ぶ。相変わらず、どんくささが極まっている。
「ここが、ウタ姉と似てるの?」
「まぁ、そうかな。フルダイブ型ゲームのキャラ操作に慣れてないこの子見てると、リハビリしてた頃の自分を思い出すんだよね」
何かを思い出すように遠い目をしているウタ姉。今でこそ普通に生活できてるけど、それはきちんとNLSを使いこなしているから。そして、使いこなせるようになるためには、ある種の才能と、懸命な練習が必要になる。
「身体が言うことを聞いてくれなくって。思い通りに動かせなくって。あの時、実は結構、イライラしてたんだよ? 『なんで~!』って」
「……そうなんだ」
俺が知る病室でのウタ姉は、いつも笑顔だった。だけど、やっぱり、俺が知らないところで苦労していたらしい。
「でも、トトリちゃんは転んでも笑顔で、楽しそうにアンリアルをプレイしてるの。だから、かな。つい応援したくなっちゃった」
そう言って、ウタ姉は笑う。実はトトリが初心者じゃ無いこと。むしろ廃人プレイヤー達にも引けを取らないプレイ歴を持っていることは、黙っておいた方がいいやつ……だよね?
『ふんぎゃっ』
画面の中。初心者用モンスター『トビウサギ』相手に世紀の大接戦を繰り広げるトトリ。配信者とは思えない泥臭さのある姿を、
「ふふっ! 頑張れ~!」
「はぁ~……」
ウタ姉と俺、それぞれが見守っていた。
それにしても、まさかこの日の出来事が、トトリがボス戦に挑むためのヒントになるなんて。この時の俺は思いもしなかった。




